第57話 亡国の王子、約束する。
「知らない天井だ」
目が覚めると、見知らぬ天井だった。
顔が痛い。
めちゃくちゃ痛い。
なにこれ!?
俺、寝起きでいきなり顔面が痛い人生なんて送ってたっけ?
「おう!目が覚めたか!」
「ひぇっ」
耳元で聞こえたでかい声で一気に意識が覚醒した。
顔を横に向けると、ベッド脇の椅子にグスタフ殿下が座っていた。
その少し後ろには騎士が一人立っている。
さっきの練兵場にもいた気がするが、よく見ると服装もしっかりしているし、第三皇子宮の偉い騎士さんかな。
……って、そんなことより。
「ここは?」
「うち専属の医務室だ!」
「……ああ」
そういえば。
俺、練兵場で――。
「約束は守る」
グスタフ殿下が、すごく静かな笑みを浮かべていた。
この人、こんな顔も出来るんだな。
「グスタフ殿下」
「お前は、俺に一撃を入れた」
あ、届いてたんだ。
いや、でもあんなの一撃に入るのか?
子どもに叩かれた方がまだ痛いんじゃないかってくらいの。
「……あれ、数えていただけるんですか?」
「数える!」
即答だった。
「誰も勝負ありとは言っていなかったからな!」
「いや、でも、あれは」
「俺が抱えてからだな!」
「だったら」
「だが、お前は寝なかった!」
グスタフ殿下の声は楽しそうで、それでいて妙に真っ直ぐな声だった。
「剣は普通レベルだし、魔術も面白かったが、俺には届かなかった」
「……はい」
「倒れて、抱えられて、気を失いかけても、お前は諦めなかった」
「……」
「なら一撃だ」
グスタフ殿下が、にやりと笑いながら言うその言葉に、なぜか少しだけ胸が詰まった。
「ちなみに殿下」
隣に立っていた騎士が、静かに口を開いた。
「我々としては、あれを一撃と数えるかは非常に判断に迷うところですが」
「当たっただろう!」
「当たりました」
「なら一撃だ!」
「……承知しました」
あ、諦めた。
この人、たぶん長年こうやってグスタフ殿下の相手してるんだろうな。
お疲れ様です。
「いい根性を見せてもらった!」
「恐縮です」
褒められてるんだよな?
たぶん。
「風魔法で足場を作ったのも悪くない!まあ、アレは蹴り上げた瓦礫で同じこと出来るからお前もがんばれ!」
「あ、はい……」
普通は出来ねぇよ!
それ出来るの化け物たちだけだから!
昔、「こう、ですよ」とローラントに手本見せられた時、俺と兄上と近衛騎士団揃って「は?」って言ったんだから!
「で、だ」
グスタフ殿下が、今度は少しだけ真面目な顔になる。
「約束どおり、お前の条件を飲んでやる」
「……はい」
「相手の素性は問わんし、場所もこっちで用意する」
「お願いします」
自分で言っといてなんだが、条件を成立させる場所を用意する当てなんてなかった。
最悪、帝都外の森とかになる想定すらしてた。
「こいつらは俺の直属だ。当日は周囲を完全に封鎖させる。他の奴は近づけん」
隣の騎士が静かに頷く。
「今日見ていた連中にも、約束については口外禁止を命じた」
「……」
「俺が直接命じた。あいつらは喋らん」
その言葉は、自信にあふれていた。
……すごいな。
思っていたより、ずっときちんとしていた。
失礼な話だけど、少し驚いた。
この人は、戦いの話になると子どもみたいに目を輝かせるが、世界最強の帝国、その第三皇子なのだ。
自分の配下に命令し、秘密を守らせ、場を整えられる立場にいる。
「条件を守るには、そんなところでいいか?」
「あ、はい」
十分すぎる。
むしろ、ここまでしてもらえるとは思っていなかった。
俺のへろへろの拳一発にしては、あまりにも大きすぎる対価だ。
「そうか。ただし、弱かったら怒るぞ!」
「それは大丈夫です」
「俺と戦った今もそう思うか?」
いや。
まあ。
大丈夫だと思います。
そこだけは。
「私の知る限り、最強です」
「そうか!楽しみだな!」
グスタフ殿下の顔がすっごい楽しそうになる。
子どもか。
「では、詳しい場所や日時は――」
「うむ、こいつとやっておけ!俺は練兵場に戻る!」
隣の騎士が小さく頭を下げる。
相当信頼されてる人なんだな。
「ガハハ!本当に強かったら礼もする!何が欲しいか考えておけ!!」
「はい。ありがとうございます」
「おう!」
豪快に笑いながら、グスタフ殿下が医務室を出ていく。
バタン。
静かになった。
「……」
「……」
俺と、残された騎士だけになる。
あの人、本当にいるだけで騒がしいんだな。
「……大丈夫ですか、ロビン殿」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「いえ」
騎士は小さく首を振る。
「我々は、グスタフ殿下が楽しそうなので従っているだけです」
「……そうなんですか?」
「もちろん、それだけではありませんが」
騎士が少し穏やかに笑う。
「戦場では誰より前に出る。退く時は最後まで残る。部下には無茶を言うが、自分はその十倍無茶をする」
「想像できます」
「でしょう?」
なんとなく、この人たちがグスタフ殿下へ忠誠を誓っている理由が少し分かった気がした。
そう思った瞬間――
「だから」
ぐいっ、と襟元を掴まれて身体を引き起こされる。
さっきまで穏やかだった騎士の目が、まるで別人みたいに鋭くなっていた。
「あの方が望んで、強者と正面から戦った結果なら」
低い声。
医務室の空気が、重く沈む。
「俺たちは口を挟まん」
「……」
「たとえ負けようが、命を落とされようが、それはあの方が自ら望んだ勝負の結果だ」
胸倉を掴む手に、少しだけ力が入る。
「だが」
怖い。
でも、俺は、ここで目を逸らしたらダメだ。
「これが勝負ではなく、罠だったなら」
「……」
「あの方が許しても」
決して大きな声ではなかった。
だからこそ、余計に怖かった。
「俺たちは許さん」
当然だ。
俺は、素性不明の相手と、誰にも見られない場所で、皇族を戦わせようとしている。
この人たちからすれば、殺意を向けて当たり前だ。
むしろ、ここまで許してくれている方がおかしい。
「国境を越えようが、名を変えようが、世界の果てまで追ってでも、必ず見つけ出して、貴様を殺す」
冗談の色は、一切なかった。
脅しじゃない。
俺には分かる。
この人たちは、きっと本当にやる。
グスタフ殿下が笑って許しても、その背中を守る者たちは絶対に許さない。
それが、彼らの忠誠なのだ。
「約束します」
この忠誠と信頼は裏切れない。
いや。
これを裏切るようなら、今回この戦いを成立させた意味がない。
「私が連れて行く騎士は、正面からグスタフ殿下と戦います」
ローラントなら。
絶対に卑怯なことはしない。
俺が何も言わなくても、真正面から剣を振るう。
「何に誓う」
神に誓えるほど、信仰心も篤くはない。
第七皇女宮の秘書官としてなら、こんなことを誓ってはいけない。
でも。
ここに来たのは、ロビンで。
これを決めたのは、アルバートだ。
だったら。
「……俺の、名前に」
「名前?」
「今、名乗っているこの名前に誓います」
アルバートの名は出せない。
ロビンの名も、本当の意味では借り物かもしれない。
それでも。
五年間、俺を生かしてくれた名前だ。
「俺は、ただ一人のロビンという名前の男として誓います」
「……そうか」
「はい」
しばらく俺の顔を見つめていた騎士が、ようやく手を離す。
「ならいい。今回の秘密は、我々が必ず守る」
痛む身体を少しだけ起こし、頭を下げる。
「ありがとう……ございます」
「礼は不要だ」
騎士は淡々と答える。
「俺たちは、グスタフ殿下が交わした約束を守るだけだ」
良かった。
これでローラントに渡せる。
五年間、行き場を失っていた剣を全力で振るえる場所を。
――用意できる。
「ゴホン、ところで」
「はい?」
なんだろう、急に騎士がそわそわしだした。
「その、なんだ。そんなに強いのか、その騎士は?」
「……」
切り替え早くないですか?
数秒前に「お前を殺す」とか言ってませんでした?
目がめちゃくちゃ輝いてません?
まあ、答えるけど。
「強いです」
騎士の顔が、ぱあっと明るくなった。
「くぅ……!」
「はい?」
「見たかったぜ!!」
「そこ!?」
今の流れで!?
「いや、だってグスタフ殿下より強いかもしれない騎士なんだろ!?見たいに決まっているだろ!」
「秘密を守る話は!?」
「守る!全力で守る!絶対に誰にも見せない!でも、見たかった!」
「正直すぎる!」
なるほど。
この人たちがグスタフ殿下の直属なの、すごく納得した。




