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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第三章 第三皇子グスタフ

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第56話 亡国の王子、一撃を狙う。

「よし、好きに打ち込んで来い」


 グスタフ殿下が、木剣を片手にぶら下げたまま、無造作に立っている。


「……」


 なんですか、その余裕。


 いや、余裕で当然なんですけど。


 周りで見ている騎士たちの顔も、揃って微妙な色をしているし。


 同情半分、諦め半分、ほんの少しの警戒。


 わかる。


 俺もそっち側にいたら同じ顔をする自信がある。


 普通に考えれば、一撃なんて絶対に無理な実力差だもん。


「どうした!?待っててやるから早く来い!魔術でもなんでも好きに使え!」


 グスタフ殿下が豪快に笑う。


 俺が何をやっても負けないと確信している顔だ。


 腹立つなぁ。


 いや、実際負けないんだろうけど。


「……本当に、魔術もよろしいのですか?」


「構わん!」


「後で文句を言いませんか?」


「言わん!」


「第三皇子殿下が、正式に許可したということで」


「おう!」


 よし、言質は取った。


 周囲の騎士たちが「そこ確認する余裕あるんだ……」みたいな顔をしている。


 あるわけないだろ。


 確認しないと怖いだけだ。


 マーリンの証言から鑑みると、たぶんこの距離だと俺が一音発する間に死ねる。


 だから、これは戦いですらない。


 付き合ってもらっているだけだ。


 ……。


 けど、こんだけ待ってくれるなら、ほんのちょーっとだけ?


 ほんのほんのほんの少しだけ?


 ドロシーさんがドロテア殿下とは別人である可能性くらいは?


「いきます」


「来い!」


 普通に正面から剣を振っても絶対無理。


 それ当てられる技術があるならローラントにため息を吐かれてない。


 長々と戦えば、体力面でもどうせ負ける。


 ――なら。


 一撃に全部賭ける。


「≪エアロ≫」


 足元で風が弾けて、一気に身体を前へ押し出す。


 普通に走るよりずっと速く。


 昔、魔術の師に「殿下は適性が偏っておられますね」と呆れられた、俺の数少ない取り柄。


 走り込みの最中にこっそり使ったらローラントに倍走らされたけど。


「おおおっ!」


 周囲の騎士たちから声が上がった。


 文官にしては動ける、と思ったんだろう。


 ……でも、一瞬で迫った真正面。


 グスタフ殿下の顔には、つまらなそうな色が浮かんだのが見える。


 真正面から加速して斬り込むだけだと思われた。


 そりゃ、そうだろうな。


 俺だってそう思う。


「悪くはない!」


 左側から、グスタフ殿下がぞんざいに振った木剣が近づいてくる。


 彼からすれば、適当に払っただけ。


 ――その一瞬の油断だけが、勝機だった。


「≪エアロ≫」


「お?」


 もう一度、風を纏い、今度は上に跳ぶ。


 グスタフ殿下の木剣が、さっきまで俺の胴体があった場所を通り抜ける。


 怖い怖い怖い!


 軽く振っただけでこれかよ!


 でも、避けた!


 そのまま飛べば数メートルは上がる勢いを無理矢理制御して身体を捻る。


「≪エアロ≫」


 足裏に風を圧縮し、一瞬だけ空中に足場を作る。


 昔、ローラントに教わった一番自信がある技。


 兄上には「見た目だけは派手だな」と笑われたけど、ローラントにも「まあまあです」と言わせた技。


 何度も何度も泣きながら練習させられたせいで身体が覚えた技。


「おお!」


 空中に逆さに立つような姿勢で、ほんの一瞬グスタフ殿下を見下ろし――踏み込む!


 見える顔は、さっきまでのつまらなそうな表情じゃない。


 でも、グスタフ殿下の木剣は、さっき俺を払おうとした側へ流れている。


 さすがにその適当すぎる体勢から剣は間に合わん!


 いける!


 天地が逆さになった視界の中。


 全体重を乗せて一撃を――。


「あ」


 え。


 何、その「あ」と思った瞬間。


 顔面に衝撃が走り、世界が回った。


 なんか俺、飛んでない?


 何が起きたのか、理解する前に、体が地面を転がっていた。


「ロビン殿ぉぉぉぉぉっ!?」


「殿下!やりすぎです!」


「す、すまん!思ったよりいい剣が来たせいで、つい反射で!」


 遠くで声がする。


 顔が痛い。


 なんか全身痛い。


 でも、生きてるっぽい。


 あとちょっとだった気がしたんだけどな。


 あとほんの、少しだけ。


 悔しいなぁ。


「おい!細いの!無事か!?」


 地面が揺れるような足音が近づいてくる。


 なんで、こんな痛い思いするようなことやってるんだっけ。


 ローラントのため?


 それは本当だ。


 ……でも、それだけじゃない。


 俺だって。


 この野郎に、一発くらい入れてやりたかった。


「返事をしろ!」


 無茶言うな。


 もう、声なんて出ない。


「まずい!エルが泣く!」


 身体が持ち上がった。


 よく見えないけど、今俺を抱きかかえてるのはグスタフ殿下?


 この人は、王都の門を破った人だ。


 けれど今、この人は俺を医務室へ運ぼうとしている。


 俺を助けようと。


 エレオノーレ殿下を泣かせないように。


 変な話だ。


 帝国だから全部憎いとか。


 シャーウッドだから全部正しいとか。


 そんなふうに切り分けられたら、きっと楽だった。


 でも、俺はもう知っている。


 世界はそんなに都合よく分かれてくれないらしい。


 帝国には、エレオノーレ殿下がいる。


 リズがいる。


 ヘレナさんがいる。


 ドロシーさんがいる。


 麦穂亭でアンナちゃんが笑っている。


 ケイが、生きてる方が格好いいと言った。


 ギルさんやマーリンや常連のみんなが楽しく酒を飲んでいる。


 仲良くなった門番や侍従や食堂のおっちゃんがいる。


 世話になった宿屋のおっちゃんがいる。


 ローラントもいる。


 大工になったオリヴィエもいる。


 ……新しく生まれた子もいる。


 まだ、生きている人たちがいる。


 死んだ人は戻らない。


 あの日は消えない。


 俺は、帝国を許したわけじゃない。


 忘れたわけでもない。


 怒りも、悔しさも、なくならない。


 それでも。


 今を生きている人まで、死なせたくなかった。


「細いの!?寝ていいぞ!あとは俺に任せろ!」


 寝たら駄目だ。


 まだ一撃入れてない。


 あの日もそうだった。


 気がついた時には、教会だった。


 ここで終わったら。


 俺が一撃を入れられずに終わったら。


 ローラントの剣は、行き場を失う。


 シャーウッド王国民の誰かが、勝てると勘違いして死にに行く。


 俺は、何もできなかった王子のままになる。


 また。


 何も守れなかったと思いながら生きることになる。


 嫌だ。


 それは嫌だ。


 ロビンとして生きてきた。


 普通に暮らしたかった。


 書類を片付けて、本を読んで、酒を飲んで、たまにお菓子を買って帰るだけの生活がよかった。


 でも。


 アルバートとして考えた俺が。


 生きていてほしいと、言った。


 なら。


 せめて、今くらいは。


 動け。


 腕。


 格好よくなくていい。


 王子らしくなくていい。


 勝てなくていい。


 ただ、約束に届けばいい。


 動け。


 今だけでいいから。


 頼む。


 腕が少しだけ浮く。


 一撃。


 たった一撃でいい。


 それがあれば。


 ローラントに、剣を振る場所を渡せる。


 あの人が五年間抱えてきたものを、全部ぶつける場所を。


 それで。


 死ななくていい人間が、少しでも増えるなら。


 別の形の未来を見る人間が、一人でも増えるなら。


 俺は。


 もう少しだけ。


 がんばらないと。


 ぽす。


「……は?」


 ほんの少し浮いただけの拳が当たった情けない音と間の抜けた声が聞こえた。


 なら、動いたのかもしれない。


「……ぃ……」


 いちげき、です。


 約束です。


 ローラントに、戦う場所を。


「おい?」


 ……どうだ、見たか兄上。


 そこで。


 俺の意識は完全に落ちた。

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― 新着の感想 ―
亡国王子、かっこいいなぁ!と思える内面描写でした。 無双ものでは読めない葛藤、ありがとうございます。 毎話楽しみにしています。
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