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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第三章 第三皇子グスタフ

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第55話 亡国の王子、お願いをする。

「ちょっとグスタフ第三皇子にお会いしてきますね」


「ダメ」


「早い!」


 いつものように寝転がってお菓子を食べていたエレオノーレ殿下は、俺の報告を一秒で却下した。


「早いも遅いもないわ。ダメ」


 殿下が拗ねたように唇を尖らせる。


 相変わらず、人前では完璧な皇女なのに、今は完全に長椅子の主である。


 可愛いけど、今日は誤魔化されるわけにはいかない。


「殿下」


「ダメ」


「……殿下が俺を鍛錬に参加させるって言ったんですよ」


「……」


 ピタリ、と殿下の動きが止まった。


 計算通り。


「言いましたよね?」


「……言ったけど」


「なら、俺がグスタフ殿下へご挨拶に行くのは自然では?」


「……」


「殿下?」


「リズ」


「はいはい」


 呼ばれたリズが、お茶を用意しながら殿下に顔を向ける。


「なんか言って」


「エルの負けでしょ」


「リズ!?」


 おお、意外にもリズが味方に回ってくれた。


 今度、何かお礼をせねば。


 こないだ観劇に行きたがってたから、チケットでも手に入れてきてあげようかな。


「だって、放っておいたらグスタフ殿下の方から突然来るかもしれないわよ?」


「……それは嫌」


 そうそう、リズの言うとおりだ。


 ある日突然、第七皇女宮の扉が開いて、『エル!細いのを鍛えに来たぞ!』とか言われたら、俺は泣く。


「でも、ロビン?」


 リズの目が急にこちらを向く。


「ん?」


「本当に、目的はそれだけ?」


 リズ、お礼は無しな。


「……ついでに、グスタフ殿下にお願いがあって」


「へえ、どんな?」


「個人的な」


「……ふうん」


 言えない。


 これは、正規の手続きでやってはいけない。


 新人秘書官が勝手にやったことで、第七皇女宮は何も知らないっていう形は絶対に崩せない。


 ……頭のどこかを「いつまで新人のつもりなの?」って言ってくる黒髪黒目がよぎったが、今は関係ない。


「そもそも」


 エレオノーレ殿下が長椅子にきちんと座り、こちらを見てくる。


「あなた、最近何か隠してるでしょう?」


「……仕事に支障は出してません」


 一日だけボロボロだったのは許してほしい。


「何か悩み事があるなら相談しなさい」


「お気遣いありがとうございます。さすが、お優しいですね、エレオノーレ殿下は」


「褒めてもダメ」


 ダメか。


 いや、さすがにダメだとは思っていたけど。


 普段からこの鋭さを仕事に向けてくれれば、第七皇女宮はもう少し平和になると思う。


 いや、でも、仕事に向けた結果、俺の仕事が増えると困るので、やっぱりほどほどでお願いします。


「……ちょっとした、個人的なお願いをしてくるだけですので」


 エレオノーレ殿下が、俺をじっと覗き込む。


 ……この瞳、本当に綺麗だけど隠し事がバレそうで怖いんだよなぁ。


「……わかった」


「え?」


「行ってきていいわ」


「いいんですか?」


「ダメって言っても行きそうだもの」


「そんなことは」


「あるでしょ」


「……ちょっとだけ」


「あるんじゃない」


「すみません」


 言えないことがある分、それ以外は素直でいたかった。


「本当に、気を付けて」


 エレオノーレ殿下が、珍しく真面目な声で言った。


「私は、あなたが何を隠しているか聞かない」


「……はい」


 正直、罪悪感はある。


 信頼を向けてくれているのに、殿下にもリズにも、肝心なことは何も言っていない。


 こういうことはこれが最後にするので許してほしい。


 ……たぶん。


「ただし」


「はい」


「夕方までには帰ってきて」


「子どもの門限みたいになってません?」


「返事」


「はい」


「あと、怪我しない」


「努力します」


 会いに行くのがグスタフ殿下なので確約はできません。


「リズ、何か持たせてあげて」


「もう用意してるわ」


「早い」


 殿下が声をかけると、リズが机の引き出しから小さな包みを取り出していた。


 いつの間に。


「胃薬、止血薬、打ち身用の軟膏、あと非常用の甘い焼き菓子」


「お守りみたいに焼き菓子渡すのやめて?」


「よく効くわよ」


「何に?」


「精神に」


「それはそうかもしれない」


 悲しいことに、全部使いそうな気がする。


◇


「どうせ練兵場だろうなぁ……」


 第三皇子宮へ行くという選択肢もあった。


 けど、グスタフ殿下が昼間から室内で机に向かっている姿がまったく想像できなかったので練兵場に向かってみる。


 案の定。


「せぇぇぇい!」


「ぐわあああああああっ!」


 ちょうど騎士が一人、空を飛んでいた。


「おー」


 もう驚かなくなってきた自分が怖い。


「まだだ!もう一度来い!」


「はい!」


 元気だなぁ。


 俺なら今ので帰る。


「ん?」


 練兵場に入ると、グスタフ殿下が、大剣を肩に乗せたままこちらに気付いた。


「おお!エルの細いのではないか!」


 どうも、「細いの」です。


 いや、名前を覚えられるより安全だからもうこのままでいいけど。


「はい。本日は少々お願いがございまして」


「なんだ!鍛錬に来たのか!?」


「いえ、本日は――」


「そうかそうか!ちょうどいい!今一人空いたところだ!」


 聞けよ!?


「お願いがございまして」


 周囲の騎士たちが、ちらちらとこちらを見ている。


 その視線の温度が、完全に「可哀想に」だった。


 たぶん、俺が鍛錬に貸し出されることはもう聞いてるんだろうな。


「お願い?なんだ!?言ってみろ!」


「はい」


 さて。


 ……ここからだ。


「グスタフ殿下より強い騎士と、立ち会っていただきたく存じます」


 一瞬。


 練兵場から音が消えた。


「おおおおおおおお!!」


 次の瞬間。


 ものすごく嬉しそうな声が練兵場に響いた。


「本当か!?」


 食いついた!


 いや、食いつくとは思ってたけど想像以上だな!


「私の知る限りでは最強の騎士です」


 俺は今でもそう信じている。


「誰だ!?どこの騎士だ!?すぐ行けるか!?」


「話を聞いてください!」


「剣を持っていくべきか!?素手か!?」


 顔が近い!


 めちゃくちゃ嬉しそう!


「二つ、条件があります」


「そいつが本当に強ければ大半の要望は聞いてやる!金か!?地位か!?領地か!?」


 話が早すぎてちょっと怖い。


 でも――ここからが本番だ。


「その騎士が何者なのか、素性を問わないでいただきたい」


「……ほう?」


 周囲の騎士たちの顔が変わり、グスタフ殿下の顔からも笑みが消える。


 当然だ。


 ものすごく怪しい。


「そして、私以外、他の誰にも見られない場所と状況を用意していただくことです」


 今度こそ、練兵場の空気が完全に変わった。


 騎士たちから警戒と緊張が向けられているのがわかる。


 そりゃそうだ。


 第三皇子に、誰にも見られない場所で、素性を明かせない相手に会えと言っている。


 普通に考えれば、暗殺の準備にしか聞こえない。


「細いの」


「はい」


「そんな怪しい条件を、俺が聞き入れると思うのか?」


 すごく怖い。


 この人がその気になれば、俺は今すぐ捕まるか、死ぬ。


 でも、ここで目を逸らしたら終わりだ。


「思いません」


「ならなぜ言った!」


「他に方法が思いつかなかったからです」


 ここで嘘をついたら、たぶん終わる。


 そして。


 ――覚悟は決めてきた。


「この勝負を成立させるために、私に差し出せるものであれば、なんでも差し出します」


 我ながら、正気ではない申し出だと思う。


 でも、他に用意できるものがなかった。


 アルバートでもなく、第七皇女宮秘書官でもない、ロビンにしかこの交渉の場に立つことは出来ない。


 でも、どれだけ考えてもロビンに用意できるのはロビン自身しかなかった。


 だから、ここだけはグスタフ殿下が信じてくれる可能性があると見込んだ自分に賭けるしかなかった。


 ちなみに、ローラントには「俺にいい考えがある」としか言ってない。


「……細いの」


「はい」


「お前、文官のくせに、妙に良い目をしているな」


「恐縮です」


「今、怖いだろう」


「はい」


「逃げたいだろう」


「心の底から」


 周囲の騎士の誰かが少し笑った気配がした。


 気持ちはわかるよ。


 でも、仕方ない。


 ローラントには、帝国相手に全力で剣を振るう場が必要だ。


 そして、そんな都合のいい相手と場所を用意しようと思ったら、天秤の反対側に俺が飛び乗るしかなかった。


「――面白い」


 そう言って、グスタフ殿下の表情がニヤリと変わる。


「おい、誰かこいつに着替えと剣を貸してやれ!細いから小さめでいい!」


「はっ!」


 周囲の騎士たちが、ものすごく素早く動き出す。


 ……まさか。


「グスタフ殿下?」


「俺と一対一で模擬戦だ」


「……」


 いや、予想はしていた。


 グスタフ殿下に怪しい条件を飲ませるなら、何かしら試されるとは思っていた。


「差し出せるものはなんでも差し出すと言っただろう!?」


「言いましたけど」


 まあ、最悪の場合として予想していた命や忠誠を要求されなかっただけマシだと思うしかないか。


「ならまず、お前の覚悟を見せろ」


 グスタフ殿下の表情が、すごく楽しそうな顔になる。


「俺に一撃でも入れたら、その怪しすぎる条件を呑んでやる」


「……一撃」


 マーリンが一キロ欲しがって、ケイが即逃げる相手に?


 間違いなく帝国最強候補の人に?


 でも。


「わかりました、よろしくお願いします」


 やるしかない。


 正直あり得ないほどの好条件なことに変わりはないんだから。


「心配するな!エルに泣かれたら困るからな!殺さないように手加減はしてやる!」


「基準がそこなのはやめていただきたいのですが」


「仕方ない!大サービスで骨もなるべく折らんようにする!」


「なるべく!?」


 サービスのラインそこですか!?


 あ。


「ちなみに一撃も入れられなかった場合は?」


「心配するな!入れられるようになるまで、毎日俺が鍛えてやる!」


「――」


 ゆっくり周囲を見ると、さっきまで俺に警戒の目を向けていた騎士たちが本気で哀れなものを見る目をしていた。


 ……こんな場所で毎日鍛錬なんてしたら死んでしまう!


 ローラント!


 お前をグスタフ殿下と戦わせる前に、俺が死ぬかもしれない!!


 なんとしてでも今日、一撃入れないと!!

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