第54話 亡国の王子、決めた。
「そろそろ抑え込むのも限界です」
「だろうな」
驚きはなかった。
むしろ、よくここまでもったと思う。
「昨日の集まりでは、ついに『ローラント団長が動かないなら、自分たちだけでも動く』という声が出ました」
「最悪だな」
「はい」
ローラントが静かに頷く。
「帝都に集まっている者たち全員が過激派というわけではありません。むしろ、日々の暮らしを守りたい者の方が多い」
「だろうな」
「ですが、襲撃を主張する者たちは『今動かなければ機を逃す』と」
「誰かがそう言ってるんだろうな」
「おそらくは」
誰かが「怒り」や「後悔」という火種に、丁寧に油を撒き、丁寧に風を送っている。
あとは、勝手に火が点くのを待てばいい。
燃えるのはシャーウッド王国民だ。
「……お決めに、なられましたか?」
ローラントの声には、覚悟があった。
アルバートが「復讐しろ」と言えば、剣を取る。
アルバートが「死ね」と言えば、この人は死ぬかもしれない。
そういう目をしている。
……忘れたかったけど、何度も夢に見たから忘れられなかった目だ。
「一つ、考えがある」
この数日、ずっと考えていた。
たぶんだけど、俺が何か抱えていることには、エレオノーレ殿下にもリズにも気づかれている。
でも、言えない。
言えるわけがなかった。
「それを考えたのは、誰ですか?」
ローラントが俺から目を逸らさずに聞いてくる。
正直、逃げたい。
でも。
「考えたのはアルバートだ」
「であれば」
ローラントが、ゆっくりと椅子を離れ、俺の前に膝をつく。
「私は従います」
「まだ内容聞いてないだろ」
「殿下が決められたのであれば、どのような内容でも従います」
その信頼は重くて困る。
というか、殿下と呼ぶな。
「ロビンは、シャーウッド王国民がどうなろうと、復讐がどうなろうと、知らないふりをしてもいいんだよ」
下級官吏のロビンとしてなら、シャーウッド王国民の暴発なんて、治安当局か偉い人たちに任せればいい。
その後は知らないふりして、書類整理して、本を読んで、酒を飲んでいればいい。
「殿下……」
「だから、俺はアルバートとして考えた」
でも、それは出来なかったから考えた。
「はっ」
「俺は別に、帝国を許したわけじゃない」
「……はい」
「あの日のことを思い出して腹が立たないわけじゃない」
グスタフ殿下を初めて目の前で見た時。
思っていたほど怒りが湧かなかった。
でも、それは何も感じなくなったという意味じゃない。
五年経った。
色々な人と会った。
ただ、それだけだ。
「でもさ」
「はい」
「生きていてほしいんだよ」
「……」
ローラントが、ほんのわずかに目を伏せた。
「自分で、心の底から何度も何度も何度も考えて、それでも消せない復讐心を否定できるほど俺は聖人じゃない」
「……はい」
「それでも、大工になってもいい、下級官吏になってもいい、ケーキ屋になってもいい。復讐で死ぬ人より、子どもが生まれたって笑う人が多い未来の方が見たい」
「……」
「忘れろって話じゃない。許せって話でもない」
俺だって忘れられない。
帝国を完全に許したとも言えない。
でも。
「生きてる方が格好いいらしいからな」
良いこと言うじゃないか、ケイ。
「ですから、彼らを止める、と」
「うん」
カッコいい王子の決断なんかじゃない。
シャーウッドの地に生きる人もいて、新しい生き方で生きている人もいて、まだ引きずりつつも前を見ている人もいる。
そんな中で、誰かが復讐で死ぬのを俺が見たくない。
そういう、ただのわがままだ。
「わかりました。殿下がそうおっしゃるなら私が責任をもって説得を――」
「いや」
「……?」
「それだけだと、たぶん駄目だ」
ローラントが首を傾げる。
うん、そうなるよね。
「こんなことを言っておきながら、なんだけど、俺が考えたのはローラントに本気で戦ってもらうことになる策なんだよね」
ピン、と部屋の空気が張った。
目の前の男から放たれる圧が一気に強くなる。
「ローラント」
「はい」
でも、今は逃げられない。
すごくすごく逃げたいけど、今ここだけは逃げられない。
「先日、『全霊を尽くして彼らに生きろと言うために、未練と復讐心の置き所を示してほしい』と言ったな?」
「言いました」
じゃあ、それを用意するのが、俺の――アルバートのなすべきことだ。
自分で「死ぬ人を見たくない」とか言っておいて、ローラントを死地に送り込む策しか思いつかない時点で父上や兄上には呆れられそうだけど。
「シャーウッド王国最強の騎士の未練と剣を全力でぶつけられる場を俺が用意する」
「ありがたきお言葉!」
俺は今でも、ローラントが最強だと信じている。
というか、あれだけ俺と兄上をボコボコにしたんだから最強じゃないと困る。
五年前、王都の門の前で「一番強い者が出てこい!」って言ってたのに戦えなかった男がいて、今俺の前に王国最強がいるんだから。
「グスタフ第三皇子の、五年前の希望を叶えてやろうじゃないか」
「……は?」
なんだ、そんな顔すんなよ、ローラント。
あー、写真機買って持ってくればよかった!




