第53話 亡国の王子、聞いてみる。
「……珍しいですね」
教会の図書室へ入って、思わず呟いた。
「なにが?」
ちょうど本を整理していたヘレナさんが、首を傾げる。
「ドロシーさん、まだ来てないなって」
いつもなら大体この時間には、本の山の向こうから黒髪眼鏡が生えているのに。
「あらあら」
「なんですか」
「なんでもないわよ?」
じゃあ、その微笑ましいものを見るような顔やめてください。
「別に待ってるわけじゃないですよ?」
「何も言ってないでしょう?」
「……」
「うふふ」
絶対遊ばれてる。
まあ、でもドロシーさんも昨日、あの夜会に出てたわけだしなぁ。
うちの上司も疲れ果てて、今日は長椅子でずっと平べったくなっていた。
いや、ある意味いつも通りなんだけど、声がなんとなく甘えてた。
夜会ってなんであんなに疲れるんだろうな。
「まあまあ、折角来たなら、ロビンくんも少しだけ手伝って」
「はい」
ヘレナさんから渡された本を棚へ戻す。
何度も来ているうちに、この図書室のどこに何があるかも大体覚えてしまった。
「そういえば、ヘレナさん」
「はいはい、なあに?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
偶然とはいえ、二人きりならちょうどいい。
「恋愛相談?」
「違います」
「あら、残念」
なんで残念そうなんですか。
恋愛相談したことないでしょ。
「最近……帝都の教会に、どの国の人がよく来るとかって知ってます?」
「んー?」
ヘレナさんが、持っていた本を棚へ入れながら少し考える。
「大聖堂の状況まで詳しくはないけど、来る人の出身国なんて聞かないし、知ってても教えられるわけないじゃない」
「ま、それもそうですよね」
ですよねー。
教会は、来る人の事情を詮索しない。
俺が一番その恩恵を受けてるんだから、当然の答えだ。
聞くだけ聞いてみようかと思ったけど、失敗したな。
「でも、どうしてそんなこと聞きたいの?」
「……まあ」
そりゃ聞かれるよね。
でも、「各国の勢力が帝都に集まり、皇族襲撃を計画している可能性があるんで気になって☆」なんて言えるか。
「シャーウッド王国の人とか、よく来てたら知り合いもいるかな、と」
「あらあら、まあまあ」
一応用意しておいた言い訳を口にすると、ヘレナさんがものすごく嬉しそうな顔をした。
「そうねぇ。ロビンくんの知り合いとも会えるかもしれないものね」
「……」
もう会ったんですけどね。
しかも、死んだと思ってた近衛騎士団長に。
会った瞬間、歩き方について怒られたけど。
「誰か探している人がいるなら、その名前の人がロビンくんを探してないか、くらいなら聞いてみるわよ?」
「んー……いや、今のところは大丈夫です」
ヘレナさんを信用してないわけじゃないけど、この人を余計なことに巻き込みたくない。
「そう?」
「はい」
「でも、嬉しいわ」
「?」
何が?
「こっちに来る前は、私が『誰か知り合いを探してみる?』って聞いても、『別にいいです』って拗ねてたじゃない」
「拗ね!?……てたんですかね」
いや、拗ねてたかもしれない。
あの頃は、誰かを探すこと自体が怖かった。
もし探して、誰も見つからなかったらどうしよう。
それに、もし見つかっても俺は名乗りたくない。
もし、俺がアルバートだと名乗ったら、責められるかもしれないし、すべての責任を背負って復讐の先頭に立たなくてはならないかもしれない。
……だから、探さない方が楽だったんだと思う。
「ロビンくんも大人になったわねぇ」
ヘレナさんの表情が、親戚のお姉さんみたいな顔になってる。
うわ、なんかヘレナさんにそんなこと言われると、すごい恥ずかしい。
「……まあ、ちょっとだけ、その。生きてるなら、それで良いかなって思えるようにはなりまして」
「そう思えるようになったなら、よかったわね」
「はい」
昔の知り合いが生きていることは、そのまま復讐する仲間が増えるってことを意味しないし、どうしても俺の正体を知らさなければならないってことも意味しない。
大工になってもいい。
子どもが生まれて喜んでてもいい。
普通の下級官吏をやっててもいい。
……たぶん。
「もしも、昔喧嘩したままで会い辛いとかなら、なおのこと一度きちんと向き合ってみるのが良いかもね」
ヘレナさんが穏やかな表情で俺を見つめている。
喧嘩……ねぇ。
「でも、それって会っても恨み言をぶつけあったり、もっとひどい喧嘩になったりする可能性もありますよ?」
「当たり前じゃない、人間関係だもの」
そう言って、ヘレナさんは楽しそうに笑う。
「それでも、会えるならあった方がいいわ」
「そういうものでしょうか」
「ええ。どんな想いも相手に伝えずに抱え込んでいると、拗れたり変な形で爆発したりして後悔を生むものよ」
「……」
「会ったとしても喧嘩になっちゃうかもしれないけど、きっと後悔は少なくて済むわ」
「……そう、かもしれませんね」
ローラントに会ったせいで、走らされそうになったり、殿下呼びされて考えることが増えたりしてるけど。
それでも。
――会わなければよかった、とは思っていない。
「ふふ。会えるか会えないか、は神の思し召し次第といったところかもしれないけどね」
「……でも逃げたくなる相手っていません?」
皇族とか。
「あら、逃げることと向き合わないことは別よ?」
「そうですか?」
「ええ、ロビンくんは昔からよく逃げるわりに逃げるのが下手くそだから、わかりづらいかもだけど」
「あれ!?なんか俺貶されてます!?」
「だって、良く鬼ごっこで子どもたちに捕まってたじゃない」
「そういう問題ですか!?」
なんか違う気がしますよ!?
それにアレは子ども相手だから手加減してただけです!
「うふふ、で?」
「はい?」
ヘレナさんの顔が、急に楽しそうなものに変わった。
嫌な予感がする。
「誰に会いたいの?」
「え?」
「昔の恋人とかかしら?」
急に話の格が下がった!?
さっきまで人生訓みたいな話をしてたのに!
「だって、ロビンくんももういい年でしょう?」
「関係ないですよね!?」
「昔の知り合いに会いたい、なんて言われたら気になるじゃない」
「恋人とは一言も――」
「あら、面白そうな話してるわね」
ガチャッと、最悪のタイミングで図書室の扉が開いた。
黒髪黒目の令嬢(仮)が現れた!
なんでよりによって今なんだよ!
「ひどいタイミングで来ますね!?」
「何よ、失礼ね」
ドロシーさんが眉をひそめながら、当然のように定位置へ座る。
「で、ロビンの恋人ってどんな人なの?」
「随分食いついてきますね!?」
今まで俺が何話しても、大体「ふーん」で本読んでたじゃん!
「いいじゃない。他人の恋愛話って、聞いてみたかったのよ」
「聞いてみたかった、って」
「本で読むのとは違うでしょう」
「実験動物か何かですか、俺は」
「近いわね」
「認めた!」
この人、たまに本気で失礼だな!?
「あらあら、まあまあ。じゃあ、お茶を持ってくるわね」
「何か話す前提で進めないでもらえます!?」
ヘレナさんが、鼻歌でも歌いそうな足取りで図書室を出ていく。
完全に裏切られた!
「で?」
ドロシーさんの目が、なんだか妙に輝いている。
いつもの本を語る時と似ているが、対象が俺の架空の恋愛事情なので非常に迷惑である。
「で、じゃないですよ」
「恋人いないの?」
「いません」
俺の人生にそんな甘酸っぱい青春はありません!
ずいぶん昔に、一度だけ会った許嫁はいたけどね!
それ以外に王族に恋愛する暇なんてなかったし、許嫁は恋人とは言わないはず!
「本当に?」
「本当に!」
「実は婚約者がいたりとか」
「……いません」
国が滅んだ時点で婚約解消してるはず。
「今、少しだけ目が泳いだわ」
「気のせいです」
「そう」
ドロシーさんは、「ふむ」と小さく頷いた。
俺、この人のこんな楽しそうな顔初めて見たな。
この様子見たら、第五皇女宮の秘書官たち驚くぞ。
「つまり、いるのね」
「どういう推理ですか」
「恋愛小説でよくあるわ。否定が早い時ほど怪しい」
「恋愛小説を現実の尋問術に使うのやめてもらえます?」
「尋問ではないわ。読書感想会よ」
「俺が本扱いされてる!」
この人、下手な尋問官より怖い!
その時、廊下からヘレナさんの楽しそうな声が聞こえた。
「お茶持ってきたわよー。私にも聞かせてー?」
「ちょうどいいところに」
「よくない!」
おかしい。
俺は疲れた心を休めるために教会へ来たはずなのに、どうして恋愛小説の参考資料みたいな扱いを受けているんだ。




