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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第三章 第三皇子グスタフ

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第52話 亡国の王子、囲まれる。

「本当に全員来てるんですね」


「そうね」


 思わず零した俺の感想に、エレオノーレ殿下が小さく答えてくれる。


 完璧な皇女の顔と半歩後ろの俺にしか聞こえない声で。


「久しぶりに全員揃うと、それだけで会場の空気が変わるでしょう」


「変わりますね」


 少し視線を動かせば、ドロテア殿下が静かに挨拶を受けている様子や、ジルベルト殿下が貴族令嬢たちに囲まれているのが見える。


 なにより、貴族たちの視線が明らかに落ち着かない。


 誰がどの皇族に挨拶へ行くか。


 どの順番で回るか。


 それを見て、他の誰かがどう判断するか。


 ……この場全部が、腹の探り合いでできている。


 あ、でもご飯が明らかにいつにも増して豪華だ。


 よく見るとオスカー殿下の周りの人たちはご飯食べてる!いいなぁ!


「おお、エル!」


 地鳴りみたいな声が会場に響く。


 その声だけで誰かわかってしまうのも嫌だが、周囲の貴族たちがさっと道を空けて、その隙間をグスタフ殿下がズンズン歩いてくる。


 ……なんというか、森で大きな魔獣と遭遇した小動物たちの動きに近い。


 カミラ殿下やジルベルト殿下が、空気だけで上手に道を作るのとはまた違う感じである。


「元気だったか、エル!」


「グスタフ兄様。お久しぶりです」


 エレオノーレ殿下が完璧な礼を取る。


「そうか?そうだったかもな!ガハハ!」


 さてはグスタフ殿下、あなた妹に会った時期を記憶してないでしょ!?


 そのまま、グスタフ殿下がでかい手をエレオノーレ殿下の頭に乗せた。


 ……おお。


 意外と髪型を崩さないように気を遣って撫でている。


 手はでかいし動きも豪快なのに、指先だけ妙に丁寧だ。


 この人も皇族ってことだなぁ。


「ん?」


 グスタフ殿下の視線がこちらへ向いてしまった。


 やめてください、俺はただの秘書官です。


 そのまま妹君だけ撫でていてください。


「おお!エルの細いのではないか!」


「はい。先日はお声がけいただき、ありがとうございました」


 覚えられてしまった細いのです。


「エル!」


 グスタフ殿下が、こちらを指さしてエレオノーレ殿下を見る。


「お前のこれ、今度訓練に参加させろ!」


 俺、これ扱いなんだ。


 いや、それは別にいいんだけど、エレオノーレ殿下。


 信じてますよ?


 ここはきっぱりと、「私の秘書官に余計なことをしないでください」と断ってくださいね?


「……グスタフ兄様」


 エレオノーレ殿下の声が、少しだけ低くなる。


「彼は『私の』秘書官です」


 そう、その調子!


「ん?ああ、お前のだな?」


「はい」


「知ってるぞ!」


「……」


「だから、お前に許可を取っている!」


「そうですね」


 ……あれ。


 なんか、今、エレオノーレ殿下の機嫌がよくなった気がする。


 いや、表情は完璧に無表情のままなんだけど。


 でも、なんか。


「いいでしょう。今度、日程を調整しましょう」


「殿下!?」


 どうして!?


 信じてたのに!?


「ガハハ!話が早いな!」


「はい」


「エルのためにも、鍛えておいてやろう!」


「はい。ほどほどにお願いしますね」


「任せろ!」


 任せていいんですか、それ。


 グスタフ殿下のほどほどと、一般的なほどほどは、たぶん単位が違うと思うんですけど。


「安心しろ、細いの!」


 痛い!


 グスタフ殿下が俺の肩をばしんと叩くが、たぶん手加減されてるのにすごく痛い。


 手加減されて痛いの、何?


「最初は軽くでいい!」


「その軽くが怖いのですが」


「大丈夫だ!死にはせん!」


「基準がそこなんですか?」


「鍛錬だからな!」


 ローラントですら、死を前提とする鍛錬はしてませんでしたよ!?


「グスタフ、そこまでになさい」


 こちらも声だけでわかりますが、カミラ殿下!


 深紅のドレスを大胆に着こなし、ゆっくりと、それでも人目を奪うように歩いてくる。


 今日もお綺麗ですね、助けてください!


「おお、カミラの姉貴!」


「……カミラ姉様」


 グスタフ殿下が勢いよく振り返り、エレオノーレ殿下は表情こそ変わらないものの、ほんのわずかに声に警戒が混じる。


「ロビンくんを壊したらエルが泣いちゃうわよ」


「なにぃ、そうなのかエル!?」


「泣きません」


 グスタフ殿下が慌てたようにエレオノーレ殿下を見るが、よく見てください。カミラ殿下笑ってます。


 完全にからかいモードですよ、その人。


「それにしても」


 カミラ殿下の視線が俺へ向いた。


 向かないでほしかった。


「あなた、本当に色々なところで話題になるわね」


「恐れ入ります」


「褒めているのよ?」


「ありがとうございます」


 褒めている声じゃないですよね、遊んでる声ですよね?


「エルも」


「なんでしょう」


「ちゃんと見張っていないと、あなたの秘書官、あっという間にどこかへ持っていかれるわよ」


「……彼は物ではありません」


「そうね。だから自分で歩いていってしまうかもしれないわね」


 カミラ殿下は上品に笑うが、エレオノーレ殿下が無表情のままちょっと機嫌悪くなってるし、グスタフ殿下は既に興味を失ったのか、傍のテーブルの肉をいつの間にか手に取ってる。


 あの……皇族が三人もいらっしゃると、立ち位置にすごく困るので散ってもらえませんか。


 あと、その肉俺も食べたいです。


 カミラ殿下は、エレオノーレ殿下の反応を見て満足そうに笑うと、視線を会場の奥へ向けた。


「ま、今日はエルも周りを見ておきなさい」


「周りを、ですか」


「ええ」


 カミラ殿下の視線を追うと、少し離れた場所で銀髪碧眼の男性が貴族たちに囲まれていた。


 順番待ちの列すらできている。


 ということは、以前にも遠目に見たが、あれが――第一皇子ハインリヒ・フォン・ライヘンバッハだろうな。


 整った礼装に皇族らしい銀の髪と青い瞳。


「エル、ハインリヒ兄さんが帝国を継ぐと思っている者は多いわよ」


 カミラ殿下が視線をエレオノーレ殿下に戻し、何かを探るように言う。


「……ハインリヒ兄様は長兄ですし、悪い人ではありませんから」


 うーわ、殿下は表情を変えないまま返すが、明らかに含みのある回答。


 怖い。


 あの、音量落としてるのはわかるんですが、その会話、俺には聞こえてますよ?


 いなくなって良ければ早めに言ってくださいね?


「そうね。たしかにハインリヒ兄さんは悪い人ではないし、あそこに人が集まるのは自然なことよ」


「はい」


「そして、自然なことほど利用しやすい、と考える者もいるかもしれないわね?」


「……」


 カミラ殿下!目だけ笑ってないです!めっちゃ怖いです!!


 エレオノーレ殿下も空気がミシミシいってますよ!?


 ほら!何話してるか聞こえてない周りがめっちゃこっち見てますって!


「ガハハ!なんだ、エルもカミラの姉貴も難しい話して!俺は誰が帝国を継いでも異論はないぞ!だが、俺の部隊は俺のものだからな!」


 グスタフ殿下が肉を齧ったまま大きな声で二人の会話に割り込む。


 そんな大きな声で言うことじゃないです!


 でも空気の温度は少し戻りました、ありがとうございます!!


 ……いや、かなりの数の貴族たちが一斉にこっちを向いたから、別の意味で空気は悪化してますけどね!?


「ふふ、この辺にしておきましょうか、エル」


「はい」


「なんの話だ!?」


「グスタフはこっち。今日は最後までいるって約束したでしょ」


「ぐ、ぐぬう。だが約束は守る!よし、ドロテアとジルベルトはどこだ!」


 そのまま二つの台風が離れていった。


 なんとなく周囲からほんの少しの同情と、多量の好奇の視線が突き刺さっている気がする。


「殿下」


「なに」


「本気でもう帰りたいです」


「ダメ」


 ……やっぱり、夜会って嫌いだ。

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