第49話 亡国の王子、最強を聞く。
「なーあ」
麦穂亭でいつもどおりエールを半分ほど飲んだところで、俺は隣のマーリンに声をかけた。
朝から第二皇女宮へ行って、実務担当者交流会とかいう名の情報交換会に参加して。
――色々考えすぎて疲れたので飲んでいる。
これは、正しい下級官吏の姿である!
「んー?」
「帝国最強って誰?」
「また、何か面倒くさそうで面白そうな話を振るね、君は」
ギルさんがなぜか嬉しそうに笑うが、あなたはもう少し書類やってあげてください。
「そうですか?」
「そうだよ」
でも、そんなに変な質問だろうか。
帝国で暮らしている男の子なら、誰でも一度は気になる話だと思うんだけど。
「なんかあったんか?」
ケイが串を咥えたまま聞いてくる。
そういえば、コイツも相当強いはずだから是非聞いてみたい。
「半分は興味。あと半分は今日、グスタフ殿下に会ってさ」
「「「ああ……」」」
三人の声が綺麗に重なった。
納得が早い。
「まあ、あの人に会った後なら帝国最強が気になるのもわかる」
マーリンが、納得した顔でノッてくる。
「だろ?」
「魔導局で一番強いのはたぶん俺だけど」
「さらっとすごいこと言うな」
いや、強いだろうとは思ってたけど、この酔っ払い、そんなに強いのか。
「グスタフ殿下と戦ったら瞬殺される」
「なんだ、弱いじゃん」
「違ぇよ!あの人がおかしいんだよ!」
マーリンが杯を思い切り机にたたきつける。
おい、アンナちゃんに怒られるぞ
「俺は魔術師なの!近距離であの人と戦ったら、詠唱する前に首飛ぶわ!」
「怖いこと言うなよ」
「開始距離をすっげー離してもらえたら、ワンチャンある」
「どのくらい?」
「そうだな。俺が魔導局に用意した陣の上で、せめて一キロくらい――」
「ごめん、聞いた俺が悪かったけど、怖いから具体的に想定すんな」
皇族相手に一キロ先から先制攻撃する想定をするな。
「いや、ちょっと面白くなってきた」
「お前ら魔術師の『距離取れればいける』って話、だいたい途中から街が一個消し飛ぶんだよ」
「広範囲殲滅魔法じゃないと当たらんもん」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
魔導局の開発班長が、皇子相手に勝ち筋を検討し始めないでくれ。
俺が悪かったから。
「ちなみに」
ギルさんも、面白くなってきたという顔でケイを見る。
「ケイがグスタフ……殿下と戦ったらどうなるんだ?」
あんた、今一瞬「グスタフ兄さん」とどっちにするか悩んだろ。
いや、もうどっちでもいいんだけど。
「即逃げる」
「判断早いね」
「戦ったら死ぬと分かってる相手と戦ってどうすんだよ、逃げるが勝ちだ」
「格好悪っ」
「いやいや、生きてる方が格好いいに決まってんだろ」
「それはそう」
ギルさんとケイが楽しそうに同意して杯を打ち合わせる。
……。
……『生きてる方が格好いい』、か。
「まあ、俺は逃げるけど、うちの騎士団ならガウェイン卿かランスロット卿なら勝てるかもな」
しれっと最強候補いる騎士団に所属してる時点でケイも普通じゃねぇだろと言いたい。
「あ、そのガウェインって人と模擬戦するって今日グスタフ殿下言ってたぞ」
「ああ、夕方にやってたぞ。アレは見物料金取れるすげー戦いだった」
そんなに凄かったのか。
「マジか、今日城行きゃよかったー」
「どっちが勝ったんだい?」
マーリンが本気で残念そうにしていて、ギルさんが興味深そうに身を乗り出す。
うん、まあ帝国最強候補二人の模擬戦って、危なくないなら普通にちょっと見たいよね。
「微妙、と言いたいけど……グスタフ殿下かな」
「ほう」
「ただ、ガウェイン卿はクソ真面目だから、皇族相手ってこともあって、一瞬躊躇してたからな」
「グスタフ殿下、その躊躇に怒りそう」
「怒ってた」
「やっぱり」
「『俺を皇子だと思うな!敵だと思え!』って」
「無茶言うなぁ」
いくら模擬戦とはいえ、第二皇女直属の騎士が第三皇子を全力でぶっ飛ばすのも色々困るだろ。
……そう考えると、グスタフ殿下と本気で戦える相手って、この国にどれくらいいるんだろうな。
「じゃあ、やっぱりグスタフ殿下強いんだな」
「それは間違いない」
ケイがしみじみと頷く。
「帝国最強って一人に決めろって言われると揉めるだろうけど、候補には絶対入る」
「へぇ」
なるほど。
やっぱり、そのレベルか……
「じゃあ、一つ他の酒場で聞いた面白い話を教えてあげようか?」
ギルさんが笑って、杯を置いた。
「グスタフ殿下は、酒場に『強い喧嘩自慢がいる』って噂が立つと、一人で街に現れることがあるんだよ」
「自由すぎる」
皇子が何してんの?
なんで酒場の喧嘩自慢を訪ね歩いてるんだよ。
「この国、真面目な皇族の方が少ないんじゃねぇか?」
「「……」」
マーリンの言葉に、俺とケイの視線がギルさんに刺さる。
「なんで俺を見るんだい?」
「「「別に、何も」」」
「失礼だなぁ」
すっごく楽しそうに笑ってるあなたもその真面目じゃない側ですよ?
俺の上司はちゃんと真面目です。
人前では。
「で、まあ話を戻すと、先日、北区の……まあ、客層の悪い酒場に自称喧嘩自慢が二十人ほど集まったらしいんだけど」
ギルさんが続けるが、なんかすでにオチが見えた気がする。
「まさか」
「一人で全員叩きのめしたらしいよ」
「やっぱり」
ケイとマーリンも驚いてないから、今回が初めてとかいうレベルの話ではない可能性も高い。
「しかも素手で」
「追加情報いらないです」
なんなの、あの人。
今日の交流会で「身体が鈍る!」とか言ってたけど、普通に街で運動してるじゃん。
「実際、護衛つけてても『お前たちは手を出すな!』って言われるらしいぞ」
ケイも呆れ果てたような顔で噂を教えてくれる。
「なんのための護衛なんだよ」
「周囲の人間をグスタフ殿下から守るため?」
「なるほど」
「なるほどじゃない」
皇族の護衛ってそういう仕事じゃないよね?
「その後どうなったんです?」
「見込みある奴は、直轄の私的部隊に誘って帰った」
「余計に怖い!」
なんだその生き物。
「麦穂亭に来たら、ケイが担当ね」
「逃げるって言ってんだろ!」
見かけたくないなぁ……
「あれ~?なんか物騒なお話してます~?」
「「「「してません」」」」
背後から聞こえた声に、全員の背筋が伸びた。
アンナちゃんが、にこにこ笑いながら首を傾げている。
今日も笑顔が可愛いね、あはは。
「グスタフ殿下が~、とか~、叩きのめした~、とか聞こえた気がしたんですけど~」
「気のせい」
「空耳だな」
「今日のおすすめ料理の話だよ」
「そうそう」
「みなさ~ん?」
にこ~っと。
アンナちゃんの笑顔が深まった。
「麦穂亭は~、暴力禁止です~」
「「「「はい」」」」
「全員エールおかわりでよろしいですね~?」
「「「「はい」」」」
アンナちゃんは満足そうに頷くと、料理を置いて去っていった。
「帝国最強って」
「言うな」
「やめとけ」
「本人に聞こえるよ」
グスタフ殿下が敗北を知ることができる相手がここにいるのかもしれない。




