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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第三章 ???

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第48話 亡国の王子、交流する。

 第二皇女宮は、第七皇女宮とはだいぶ違っていた。


 まず、人が多い。


 そして建物が綺麗。


 明らかに予算がうちより多いのがわかる。


 ……流石、皇位継承権上位。


「本日は第二皇女宮主催の実務担当者交流会へお越しいただき、ありがとうございます」


 進行役の第二皇女宮の秘書官が、にこやかに笑う。


 爽やかな笑顔なのに、目は笑っていない。


 ……この人、たぶんカミラ殿下に「情報拾ってこい」とか無茶ぶりされてるんだろうな。


 かわいそうに。


「ざっくばらんに、各宮の実務担当者同士で交流していただければ幸いです」


 皇城内で各皇宮の実務担当者が集められて、第二皇女宮の中庭で交流会。


 しかも、少し離れた場所に日傘を立てたカミラ殿下が優雅に眺めている。


 そんな状況で、ざっくばらんに話せと言われても困る。


 ざっくばらんとは何かという哲学について語る?


「せっかくの機会ですから、各宮で最近あったことなど、差し支えない範囲で共有できればと思います」


 うん、つまりこれを正しく宮廷語に翻訳すると、「みんな情報収集して来いって言われてるでしょ?問題ないことだけでいいからお互い晒そうぜ!」になるわけだ。


 帰りたい。


「最近と言えば、第七皇女宮に第五皇女が監査に入られた、と伺いましたが」


 第四皇子宮の秘書官が、「思い出した」というような顔で言ってくる。


 上手だなぁ、その顔!


「はい。おかげさまで、無事に」


「結果は?」


「問題なし、でした」


「それは何より」


 ……探られてるけど、当然か。


 第七皇女宮が第五皇女宮とどういう関係になったのか、知りたい人は多いだろう。


「ドロテア殿下が定期的に確認に来られるとか」


「ええ、まあ」


「それはまた……大変ですね」


「本当に大変です」


 これは本音なので、言ってもエレオノーレ殿下にもたぶん怒られない。


「逆に、第五皇女宮の方は最近いかがです?」


 進行役に振られた第五皇女宮の人が、少し困った顔になる。


「そうですね。先日、ドロテア殿下から全職員へ訓示がありまして」


「訓示?」


「『職場環境に不満があるなら全員言うように。黙って辞められるのが一番困る』と」


「おお」


「素晴らしいのでは?」


「素晴らしいんですが」


 彼は少しだけ遠い目になった。


「言えると思いますか?」


「「「……」」」


 全員が目を逸らしてしまった。


 だって、あの人が目の前に立って「不満を言いなさい」って言ったら、全人類が「特にありません」って答えるじゃん。


 ……だから、匿名にしろって言ったのに!


「それで、何か意見は出たんですか?」


「誰も何も言えなかったのですが、翌日の朝には匿名の意見箱が設置されてました」


「良い改善ですね」


 第一皇子宮の秘書官が感心したように頷く。


「はい。大変ありがたいのですが」


「ですが?」


「殿下が毎朝かなり真剣な顔で意見箱を開けるので、投函する側も緊張するという問題があります」


 あー。


「でも、良い変化では?」


「はい。少なくとも、以前より相談はしやすくなりました」


 よかった。


 ドロシーさんはちゃんと聞いてくれたらしい。


 今度、教会で会ったらそれとなく「みんなが見てない時に開けるようにしましょう」と教えてあげよう。


「変化と言えば、ジルベルト殿下が少しだけ真面目に執務をこなしてくださるようになりました」


 第六皇子宮の人が、しみじみと言った。


「おお!」


「ジルベルト殿下が!」


「はい、先日など、自分から書類を二枚もご覧になりました」


「「「……」」」


 ……ジルベルト殿下。


 あなたの部下、涙ぐんでますよ?


「あ、いや。でもジルベルト殿下は、正式決定前の噂とかをどこからか仕入れてくださるので、そういう面では仕事がしやすいのですよ」


 あ、それは気持ちがわかる。


 うちも、どこからか情報仕入れてくるリズって人がいて、仕事楽になったり逆に増えたりします。


「ま、まあまあ」


 進行役が笑いながら手を叩く。


「こういう雑談も交流の一つですから」


「まあ、そうですね」


「ああ、雑談レベルの噂ですが、みなさんに一つ共有を」


 第一皇子宮の秘書官が、思い出したように口を開いた。


「最近、皇族の方々に対して、よからぬことを企む者が帝都に集まっているという噂を耳にしました」


 ……へけっ?


「そうなのですか?」


「具体性のあるものではありません。第一皇子宮が治安当局を所管してますので、一応レベルで報告があったものです」


「まあ、この手の噂は毎年どこかで立つものですからね」


「たしかに。ただ、皇帝陛下のご体調が優れない今ですからねぇ」


「ああ、『十年前に滅んだナバラ王国の残党が集結している』という噂程度であれば、第四皇子宮でも聞きました」


「先日、ジルベルト殿下が『アーデン連邦の元公爵夫人を見かけた気がする』と言ってましたね」


 みんな、「怖いですね」「用心しましょう」くらいの温度で流している。


 そりゃそうだ。


 帝都は世界最大級の都市で、皇族を恨む人間なんて、それこそ滅ぼされた国の数だけいる。


 その上、何が怖いって、これ全部『噂』で『差し支えない範囲』なんだよねぇ。


 ……誰かが故意に噂を大きくしている?


「それでは、次は――」


「カミラの姉貴!」


 そんな思考と、交流会の流れをぶった切るようなでかい声が中庭に響き渡った。


 あ、第三皇子宮の秘書官が天を仰いでる……ってことは。


「ガウェインと模擬戦をやらせてもらえるというのは本当か!?」


 グスタフ第三皇子殿下のご登場である。


 なんで?


「……グスタフ」


 あ、カミラ殿下の表情が……笑っているけど、少し怖い。


「今日はここに入るなって言ってなかったかしら?」


「そんなことより姉貴!」


「そんなことではないわ」


「ガウェインだ!ガウェインと戦えるのか!?」


 すごい、あのカミラ殿下の話をまったく聞いていない。


「はいはい。今日の夕方、練兵場に行くよう言ってあるわ」


「ありがとう、姉貴!」


 グスタフ殿下の顔が、お気に入りの玩具を買ってもらった子どもみたいになってる。


「ここ最近、軍の出番がなくて身体が鈍って仕方ないんだ!」


「お父様の体調が悪いうちは、我慢なさい」


「分かってはいる!」


「なら我慢なさい」


「だが身体が鈍る!」


「だからガウェインを呼んであげたのでしょう」


「そうだった!さすが姉貴!」


 カミラ殿下によるグスタフ殿下の扱いが完全に大型犬のそれである。


 なんとなく、普段の関係性が透けて見えるな。


「模擬戦の礼になんでも言うことを聞こう!」


「いつも言ってるでしょ。そう簡単に『なんでも』とか言わないの」


「でも姉貴!」


「じゃあ、こないだから言っているように、次の夜会は最後まで出なさい」


「ぐっ……!」


「ほら。『なんでも』とか言うから」


 カミラ殿下は呆れているが、グスタフ殿下が本気で悔しそうな顔をしている。


 夜会が、模擬戦一回と釣り合っているらしいが、夜会に出たくない気持ちはわかる。


「……だが、約束したからには仕方ない!次の夜会は、最後まで出よう!」


「はい、よくできました」


「ところで、これは何の集まりだ?」


 グスタフ殿下が、ようやく俺たちの方を見た。


 はい、さっきから全員起立して待っておりました。


「おお、うちの秘書官もいるではないか!いつもご苦労!」


「ありがとうございます」


 第三皇子宮の秘書官が頭を下げる。


「全皇宮の実務担当者の交流会よ」


「ほう!なるほど、よく分からんが大事なのだろうな!」


「大事よ」


「そうか!」


 カミラ殿下の説明に対して、グスタフ殿下の返事はとてもいい返事だった。


 たぶん、伝わってないと思う。


「ん?先日会ったエルの秘書官の細いのではないか!」


「……どうも」


 覚えられてた。


 ただし、「細いの」なので、ぎりぎりセーフだと思う。


「もっと肉を食えと言ったろう!」


「……お気遣いありがとうございます」


 言われてません。


 周りの秘書官たちが、なんとも言えない顔でこちらを見ている。


 同情の視線を向けるくらいなら助けてほしい。


 でも、俺も逆の立場なら関わらないようにすると思うので仕方ないよね。


「グスタフ。あなたがいると交流会にならないから、もう行きなさい」


 カミラ殿下、止める気があるならもっと早く止めてくれません?


 扇で口元お隠しですが、目元が笑ってますよ?


「うむ、では先に練兵場に行ってるとする!秘書官たちも仕事頑張れよ!」


 グスタフ殿下が豪快に手を上げ、そのまま大股で去っていく。


 嵐みたいな人だな。


 姿が見えなくなるまで見送ると、誰からともなくため息が漏れた。


「……申し訳ございません」


「いえ、お気になさらず」


 本当に疲れ果てた声の第三皇子宮の秘書官の声に、全員がほぼ同時に答えた。


 この人も大変だな。


「グスタフ殿下は、いつもあのような感じで?」


 第六皇子宮の秘書官が、おそるおそる尋ねる。


「今日はかなり良い方です」


「「「あれで?」」」


 声が揃った。


「はい、殿下の機嫌次第では……そうですね」


 第三皇子宮の秘書官がとても穏やかな笑みを浮かべるが、目だけが死んでいる。


「『ガハハ!秘書官とはいえ七人も同時にかかってくれば少しは退屈しのぎになるだろう!』と言って、我々全員が練兵場へ連れて行かれていたと思います」


「……」


「……」


「……」


 それは嫌だなぁ。


「それは……」


「大変ですね……」


「お身体は大切にしてください」


「必要でしたら、魔導局が新発明した怪我薬を優先的に回せないか検討してみます」


「うちからは、労災関係の資料を整理して第三皇子宮に届けるように言っておきます」


「皆さん……!」


 ――この日。


 最も同情を集めたのは、間違いなく第三皇子宮だった。


「今度、みなさんで飲みにでも行きましょう」


「ぜひ」


「完全防音個室の良い店知ってます」


「あ、うち交際費に余裕あるので経費で落とせます」


「さすが、第一皇子宮ですね」


 その結果かどうかはともかく、秘書官同士の仲は少し深まった気がする。


 ……カミラ殿下。まさか、ここまで計算してたんですか?


 いや、してそうで怖いな!

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