第47話 亡国の王子、理由をつけられる。
「あれ?」
朝出勤してみると、昨日帰る時の記憶より、明らかに書類の山が低くなっている。
もしかしてと思ってリズを見ると、小さく首を振り、視線を長椅子に寝そべる銀色の生物に向けた。
……マジか。
「エレオノーレ殿下」
「なに?」
「お気遣いいただきありがとうございます」
「……」
もぞぞとエレオノーレ殿下の顔の向きが変わり、じっとこちらを見つめてくる。
……なんですか。
「昨日」
「はい」
「私のお菓子食べた」
「はい、ありがとうございます」
「定時で帰った」
「はい、助かりました」
おかげで騎士団長との待ち合わせに間に合いました、とは言えない。
「お土産ないの?」
「あ」
忘れてた!?
ローラントと話した帰りにでも何か買おうと思ってたのに、すっかり忘れて教会寄って帰って寝たわ!
「……ないの?」
「えーと……」
「ないんだ」
「きょ、今日は必ず何か買ってきます!」
そんな本気で悲しそうな顔しないでほしい。
手元に高そうなお菓子あるでしょ!
「じゃあ、これ」
スッと何かの本を差し出される。
「これは?」
えーと……『帝都人気菓子店百選』?
「それの二位のお店が、皇女宮で仕入れたいって言っても『お店来た人優先です』の一点張りで」
「職人ですね」
この店、すごいな。
あ、一位は皇城御用達って書いてある。
「食べたい」
「わかりました、買ってきます」
俺もちょっと食べたい。
「あ、ロビン。私も仕事やってあげたわよ」
「もちろん、二人分買ってくるよ」
リズの分も買ってくるけど……一人二個ずつにした方が、喧嘩しなさそうだな。
うん、考えることは多いが、こういう馬鹿みたいなやり取りをしていると少しだけ気が楽になる。
――でも、このケーキの写真美味しそうだな。
コンコン。
そんな菓子談義をしていると、ノックの音がして、長椅子の物体が消えた。
元・長椅子の物体は一瞬で着席し、無表情を装備して、エレオノーレ殿下になる。
相変わらず速い。
「入りなさい」
「失礼いたします。エレオノーレ殿下。第二皇女宮から、全皇宮宛の文書です」
入室してきた文書係が一礼して封書を差し出すが、「第二皇女宮から」のところでエレオノーレ殿下がほんのわずかに不機嫌になったのを俺は見逃さなかった。
リズが受け取り、確認してから殿下へ渡す。
「確かに」
文書係が退室すると、殿下の表情が一瞬で嫌そうな顔に変化した。
そんな、蓋を開けた瞬間に爆発する魔導具でも見るような顔しなくても。
「開けないんですか?」
「開けたくない」
「燃やします?」
「燃やしたい」
「燃やさないでくださいね?」
第二皇女宮からの正式文書を燃やしたら、さすがに怒られると思いますよ。
「リズ」
「はいはい」
エレオノーレ殿下は封筒をつまみ上げると、自分では開けずにリズへ差し出した。
「読んで」
「たまには自分で読んでよ」
「私が読むと腹が立ちそうだから」
「だいたいの場合、代読しても怒るでしょ」
そう言いながらも、リズが封を開け、目を通して……表情が消えた。
「リズ?」
「……読むわね」
リズが咳払いを一つ。
「『各皇子宮および各皇女宮は、明日、第二皇女宮において行われる実務担当者交流会へ一名を派遣すること』」
「実務担当者交流会」
ふむ。そこまで変な話ではないどころか良いことだと思う。
皇族ごとに宮があり、それぞれに秘書官や文官や侍従がいるのだから、横の繋がりを作るのは実務上意味があると言える。
部署間調整をする時、名前と顔を知っているだけでもかなり違うからね。
「『なお、参加者については、以下の条件を満たす者を優先すること』」
リズが読み進めていくうちに、その声のトーンが少しずつ面白がるものに変わっていった。
なんだよ。
「年齢二十五歳以下の男性。秘書官またはこれに準ずる実務担当者。配属後一か月以上一年未満である者」
カミラ殿下?
「あと、下級官吏試験を経て採用された者であることが望ましい、って書いてある」
「……エレオノーレ殿下」
「なに?」
「これ、第七皇女宮に俺以外該当者います?」
「いないわね」
エレオノーレ殿下が、深く長いため息をつく。
「でも、これ全皇宮対象ですよね?」
「ええ」
「まさか、俺を呼ぶためだけに?」
そこまでする?
「それ『だけ』ではないわね。カミラ姉様は、こういうところだけ無駄にちゃんとしているもの」
「無駄にちゃんと」
その二つって並んでいいの?
「全皇宮の実務担当者同士の交流会は、実際に意味があるわ。連絡調整も早くなるし、現場の不満や問題も拾える」
「なるほど」
「さらに、自分のところに呼んで、各宮の担当者からぽろっと面白い情報が拾えれば儲けもの」
「なるほど……」
「ついでに私に対する嫌がらせとからかいが入ってるだけ」
「なるほど?」
実利と情報収集と趣味を一枚の文書にまとめてくるな。
カミラ殿下は間違いなく有能なのに、その有能さを妹をからかうために使うのはやめてほしい。
「しかも、名目が正しいから断りづらい」
「最悪ですね」
「最悪よ」
エレオノーレ殿下が心底嫌そうに頷いたが、気持ちはよくわかる。
兄上もこういう遠回しなからかい方が好きな人だった。
……思い出すと普通にムカつく面もあるな!?
その時、リズがもう一枚、文書の間に挟まっていた別の紙を見つけた。
「あら、エル」
「何?」
「私信も入ってるわ」
なんか、花柄のやたらと可愛らしい手紙だな。
「…………なんて書いてあるの?」
「『エルへ』」
あ、リズがすごい笑顔になってるから絶対碌な事書いてないぞ、アレ。
「『理由がないと貸さないってことは、理由があると貸さざるを得ないってことよ』」
「……」
「『お姉ちゃん、ちゃんと理由を作りました。偉いでしょ?』」
「……」
「以上です」
「……」
エレオノーレ殿下が無言で指先を手紙へ向けた瞬間、リズはいつの間にか用意した皿の上に手紙を放る。
「≪ファイア≫」
「あ」
手紙が小さな炎を上げて燃えた。
あーあ、やっちゃった。
というかリズ慣れすぎだろ。
「殿下、証拠隠滅は」
「私信よ」
「そうですけど」
「私信は燃やしていいの」
「そういう決まりありましたっけ」
「今作ったわ」
立法が早い。
「ちなみに」
「何?」
「行かないって選択肢は?」
エレオノーレ殿下とリズが、同時にこちらを見た。
その目は――とても優しかった。
うん、優しいけど、答えは決まっている目だよね、それ?
「「ないわね」」
「ですよねー」
知ってた。
全皇宮から一人ずつ出す正式な交流会なのに、第七皇女宮だけ『出しません』なんて言ったら、角が立つ。
「それに、カミラ姉様が、正攻法で来ているうちに従っておかないと本気で危険よ」
「え、これ正攻法なんですか?」
これで正攻法なら、正攻法じゃない時はどうなるんだ。
考えたくない。
「カミラ姉様基準では、かなり」
「ちなみに、正攻法じゃないとどうなるんです?」
「知りたい?」
「やっぱりいいです」
怖い。
エレオノーレ殿下がスンっと真顔になったのが特に怖い。
「まあ、諦めなさい」
リズが俺の肩を叩く。
「他の皇宮の実務担当者と知り合えるのは、ロビンにとっても悪くないわよ」
「それはそうだけど」
「仕事の情報交換もできるし」
「うん」
「第二皇女宮のご飯、美味しいわよ」
そうなの?
「それは大事だな」
「でしょ?」
行くか。
エレオノーレ殿下は、クッションを抱えたまま、不満そうに文書を睨んでいる。
「絶対、引き抜かれないでよ」
「交流会ですよね?」
「返事」
「……はい」
明日は第二皇女宮か。
でも、カミラ殿下も情報収集を狙ってるんだったら、もしかしたら何か有益な噂が聞ける……かも?
……念のため、胃薬持っていこうかな。
「リズ、胃薬ある?」
「はい、これ効くわよ。胃薬常用し始めたら一人前の秘書官ね」
「ヤダよ、そんな一人前!」




