第46話 亡国の王子、悩む。
「……ローラント」
「はい」
「まず、顔を上げてくれ」
「ですが!」
「今すぐ、ここで綺麗な答えを出すことは俺にはできない」
できるわけないだろ、そんなこと。
いや、父上や兄上ならできたんだろうけど、俺には無理!
「……申し訳ございません」
「ただ、少なくとも今の状況で『よし、復讐しよう』とは言わない」
決起すれば死ぬ。
その上で、実際に動いた人間とその家族や周辺の人だけではなく、各地にいるシャーウッドの民の立場も悪くなる。
それくらいはわかってるのに、簡単に踊らされて決起するなんて選択肢はとれない。
死んだ人たちのことは忘れられないけど、生きている人たちには死んでほしくない。
というか、誰かの思惑どおりってのもムカつくし。
「でも、俺にも復讐したいって気持ちがゼロとは言えない」
「……ですよね」
一方で、「じゃあ、復讐したくないの?」と問われたら……これもまた難しい。
でも、俺は今日、王都の城門を突破してきた男を見た。
なのに、その時に湧いたのは憎悪でも復讐心でもなく、正体がバレたらどうしようという焦りだった。
……我ながら、薄情なもんだと思う。
「わかった、俺にも少し考える時間をくれ」
「……よろしいのですか」
「よくはない」
正直、関わりたくない。
でも。
知らないふりができるほど、『アルバート』を捨てきることもできていなかった。
「例えばさ、俺がみんなの前に出て行って、『第二王子アルバートです、生きてました!復讐なんてやめよう!平和に暮らそう!』って言ってもなぁ」
やらないけど。
「逆効果でしょうね」
「下手すると旗印として仰がれて終わりだよな」
「……まあ、私が黒幕でも、そう指示しますね」
「しかも、かつての近衛騎士団長もセット」
死んだはずの亡国の第二王子が、帝都で生きてました!
しかも近衛騎士団長を筆頭に旧王国民が集まってます!
はい、反乱軍の出来上がり!
俺が黒幕でも小躍りする。
「今は私だけなのでともかく、集まった時点で終わりでしょうな」
「だよなー」
それに俺だって、本音を言えば自分がもう一度『アルバート』をやる選択肢は取りたくない。
「とりあえず、ローラントはみんなを暴発させないように」
「できるだけ抑えられるようには頑張ってみます」
「その言い方怖いなぁ……」
「確約はできません。彼らの怒りは本物ですので」
「だよな」
それも分かる。
煽られてるからって、元々の怒りまで偽物になるわけじゃないんだよなぁ。
「申し訳ございません。殿……いえ、ロビン殿が普通に暮らしたい、という気持ちもわかるのですが」
「まあ、ローラントが一人で抱え込むのがしんどかった気持ちもわかるし、俺も完全に無関係ってわけじゃないからいいよ」
ローラントの顔が、少しだけ柔らかくなった。
「ありがとうございます」
「礼はまだ早い。俺、めちゃくちゃ逃げたいからな」
「そこは昔から変わりませんが……強くなられましたね」
「うるさい」
包みの中に残っていた最後の串焼きを取って、口に放り込む。
ローラントに褒められると、なんか照れくさいんだよ。
「今日のところはいったんこの辺にしておきましょうか」
「そうだな」
今日はもう、串焼きだけで胸焼けしそうになるほど、情報量いっぱいだったな。
「緊急時の連絡は……そういえば、ロビン殿は今どこにお住まいで?」
「皇城内の使用人宿舎」
「皇城内?」
「うん」
「……殿下」
「殿下やめい」
「いくら第七皇女がかつての許嫁とはいえ、婚前交渉はほどほどになさいませ」
「違うからな!?」
なんでそうなる!?
使用人宿舎だぞ!?
俺の隣の部屋、リズだぞ!?
いや、隣の部屋が美人メイドってのもそれはそれで問題があるような気もしてきたな!?
「はぁ……これは、ロビン殿の恋人を見繕うまでは私も死ぬに死ねませんな」
「余計なお世話だ!」
五年ぶりに再会して、俺の恋愛事情まで心配し始めやがった。
「はぁ……まあ、そういうわけだから基本的に連絡は俺から取る。どうしても緊急なら第七皇女宮秘書官宛に偽装して出してくれ」
「わかりました。では、走り込みの訓練の呼び出しにでもしましょうか?」
「それ自然な偽装になってるか?」
「本当に訓練すれば偽装になるでしょう」
「ついでみたいに訓練させようとするんじゃないよ!」
油断も隙も無いな!
◇
「……疲れた」
連絡方法の詳細を詰めて、宿を出る頃には夜も遅くなっていた。
本当に疲れた。
昨日も疲れた。
今日も疲れた。
多分、明日も疲れる。
もうダメかもしれないな?
「教会寄って帰ろ」
麦穂亭に行くほどの元気もないし、今の状態でマーリンたちに変な絡み方されたくないし。
困った時の教会。
困った時のヘレナさん。
南区からだと少し遠回りになるが、今さらだ。
石畳を歩き、見慣れた小さな教会の前に着くと、幸いまだ灯りがついていた。
「あらあら、ロビンくん」
扉を開けると、ちょうど掃除道具を片付けていたヘレナさんが、こちらを見て目を丸くした。
「今日は随分お疲れね」
「色々あって、疲れました」
「あらまあ」
ヘレナさんが困った子を見るような顔で笑う。
たぶん俺、今かなり分かりやすく疲れた顔をしているんだろう。
「ドロシーちゃんも奥にいるから、先に行ってて。お茶持ってってあげるわ」
「はい」
ドロシーさんもいるのか。
まあ、いてもおかしくはないか。
「お菓子もいる?」
「お願いします」
「ふふ、素直でよろしい」
こういう会話だけで少し楽になるから、やっぱりヘレナさんってすごい。
俺が知らないだけで、教会のシスターは何か相手を楽にする秘術とか使ってるのかもしれない。
そんなわけのわからないことを考えながら、図書室へ向かい、扉を開けると、黒髪眼鏡が本を読んでいた。
「こんばんは」
「……あら」
椅子に座って本を読んでいたドロシーさんが顔を上げた。
「本は読み終わったの?」
「一日しか経ってませんが!?」
「遅いわね」
「遅いの!?」
昨日貸した本を今日読み終えてないだけで遅い扱いされるの、だいぶ厳しい。
「というか、返すのはいつでもいいって言ってくれませんでしたか?」
「言ったわ」
「ですよね?」
「でも、いつでもいいのと、遅いかどうかは別の話よ」
「それはそう!」
言い返せない正論を出すのやめてほしい。
「で?」
「はい?」
「今日はどうしたの?」
ドロシーさんが、本を閉じてこちらを見た。
いや、ドロシーさんが……本を閉じた、だと?
「……ちょっと、面倒な相談を受けまして」
実は、亡国の近衛騎士団長に会って、シャーウッド王国民が暴発しそうだという話を聞きました!
言えるか。
しかも、下手すると襲撃対象になりかねない人になんて言えるわけがない。
「あなた、いつも面倒事を抱えてない?」
「なぜか集まってくるんですよ」
「そういう顔をしているからでしょ」
「どういう顔ですか」
「断れなさそうな顔」
「……」
否定できない。
最近、貴族からの相談事が増えている。
先日なんて猫探しを頼まれたりした。
我ながら何をしてるのかと思わなくもないけど。
「まあ、いいわ。詳しいことは言いたくないなら聞かない」
ドロシーさんが、また本を開いて視線を戻す。
……優しさが不器用なところ、姉妹だよなぁ。
そこへ、ヘレナさんがお茶を持って入ってきた。
「まあまあ。今日も仲良しね」
「そう見えます?」
「仲良くはありません」
「うふふ」
二人で反論するが、ヘレナさんはにこにこしながら、俺とドロシーさんの前にお茶とお菓子を置く。
強い。
でも、ありがたいので、素直にお茶を一杯頂く。
「……落ち着く」
「あらあら」
「お爺ちゃんみたいね」
「今日はもうお爺ちゃんでいいです」
考えなければならないことは、山ほどある。
黒幕の思惑次第ではあるが、たぶんいつまでも悩んでいられない。
「ところで、ロビンはこれもう読んだ?」
「あ、その本は読みました。好きです」
「あら、それは私も読んだわ」
けど、ちょっとくらい。
ちょっとくらい、平和な話だけする時間があることくらい勘弁してほしい。




