第45話 亡国の王子、近衛騎士団長の話を聞く。
「あの日、ローラントは王都にはいなかったんだよな」
「……はい」
帝国からの宣戦布告が届いてすぐに、兄上に「ローラントは?」って聞いたら、なぜか目を逸らしながら「いや……今は王都にいない」って言われて不在を知ったんだけど。
しかも、布告後わずか数日で帝国軍は王都にたどり着き、ローラントはその時には帰ってきていなかった、はずだ。
「本当に……本当に申し訳ありません」
「いや、すまん。俺の言い方が悪かったが、責めたいわけじゃないんだ」
「ですが」
「どこにいたんだ?」
「帝国との国境沿いの街に」
「……ふむ?」
どういうことだ。
「開戦の一週間ほど前のことです」
手で示すと、ローラントも向かいの椅子に座り、静かに話し始める。
「陛下から、『帝国側の要人が極秘で王都へ訪問する。その護衛を引き継いで来い』と命じられました」
「帝国側の要人?」
「はい。機密性と重要性が高いとのことで、私は近衛騎士団の一部を連れ、国境沿いへ向かいました」
「うーん……当然と言えば当然だけど、俺は知らないな、それ」
当時の俺は第二王子とはいえ、国政の全てを知らされていたわけではない。
ましてや極秘の外交案件だ。
「……でも、タイミングが良すぎるな」
「はい、お察しのとおり謀略でした」
「何か確証が?」
「あります」
ローラントの声が低くなる。
「待ち合わせ場所として指定された街は、帝国との国境沿いに位置するシャーウッド王国の辺境伯領でした」
「うん」
「その辺境伯が、帝国へ寝返っておりました」
「……は?」
思わず串焼きを持つ手が止まった。
辺境伯。
でっぷりしたお腹が特徴の、愛想のいい笑い方をするおっさんだった。
王城に来るたび、珍しい土産物をくれたことを覚えている。
「奴は帝国軍を素通りさせ、我らを機密保持の名目で自らの別荘に留め置きました」
「……」
「我らが開戦の知らせを知ったのは、帝国軍が領地を通り過ぎてしばらくしてからです」
……。
なるほど。
完全に嵌められてる。
王国最強の近衛騎士団長と、その配下の一部を王都から引き離す。
その上、進軍経路を確保し、布告と同時に電撃侵攻。
……よく出来てる。
「でも、あの辺境伯は戦死したって、戦後に聞いた気がするんだけど」
「あ、うちの部下が斬りました」
「辺境伯斬ったの!?」
一応、貴族!
裏切ったとは言え、簡単に斬っちゃダメだよ!?
「申し訳ありません」
ローラントが頭を下げる。
「本来であれば王に諮り、正式に裁くべきところでしたが、激高した部下が斬りかかりまして」
「……ローラント」
「はい」
「わざと止めなかったな?」
「……」
「おい」
「間に合いませんでした」
「嘘つけ」
王国最強が、目の前で部下が剣を抜くのを止められないわけないだろ。
「まあ……俺がどうこう言える話でもないけどさ」
「面目次第もございません。あまりにも堂々と裏切った自慢をされまして」
「そんなに自慢されたの?」
「それはもう、大層な得意顔で『ブハハ、帝国では侯爵位を約束されているのだ!』とか『お前らも時勢を読んで、儂に仕えろ!』とか妄言を吐いておりました」
うわぁ……あのおっさん、そんなにバカだったのか。
ただ、そのおっさんが生きてたら何か情報が取れたかもしれないんだけどなぁ。
「それで?」
「はい。すぐさま王都へ向かいました」
ローラントもあの時のことを思い出しているのだろう。
表情がさらに重くなる。
……あの時の事を思い出すと、どうしてもな。
「ですが、帝国軍は道中の街をほとんど無視し、王都だけを狙って進軍しており、物凄い速度でした」
「……」
それは知ってる。
その結果として、王都以外には被害がほぼなかったことも……知ってる。
「我々が追いついた時には――」
ローラントが一度、目を閉じる。
「…………王城は、既に燃えておりました」
「……そっか」
「王族は全員命を落とした、と聞きました」
「うん」
「生き残っている者を探し、助けられる者だけでも助けて……そのまま各地へ散りました」
「……」
「もし、あの日、私が王都に残っていれば」
「それは言うな」
「しかし」
「ローラント」
「……はい」
「俺だって、生き残った」
自分で言いながら、少しだけ苦笑する。
「それを恥じるのは、もうだいぶやった」
「……」
「ローラントも、それでいいだろ」
「……はい」
しばらく、静かな時間が流れた。
……串焼きが完全に冷えてしまうな。
「で、その後は?」
俺だって、ローラントを責めたいわけではないので続きを促す。
「まあ、各地を巡りつつ、商会の馬車の警護などをして過ごしていました」
「急に雑になったな」
「そこはあまり面白い話でもありませんので」
「いや、商会の馬車の警護に王国最強がついてるのはだいぶ面白いけど」
ローラントも苦笑しながら串焼きを一つ手に取る。
うん、食べよ食べよ。
「ありがたいことに評判も良く」
「そりゃそうだろうな」
「一度、襲ってきた山賊を全員叩きのめしたことがありまして」
「うん」
「その山賊たちから弟子入りを望まれて困りました」
「何やってんのマジで!?」
なんで山賊が襲った護衛に感銘受けて弟子入りするんだよ。
「『まずは真面目に働け』と言って追い返したところ、本当に近くの町で働き始めたそうです」
「なんか物語になりそうなことしてんな……」
実は意外と五年間、人生満喫してない?
「まあ、そのような生活をしながら、かつての部下と会ったり情報収集したりしつつ、各地を旅していたのですが」
ローラントの表情が、また少し引き締まる。
「最近、少々妙な噂を耳にしまして」
「……その噂ってのが、今日の本題だな?」
「はい」
串焼きはちょっと冷めてきたけど、まだ美味しい。
「皇族襲撃を計画するシャーウッド王国民が、帝都に集まっている、と」
「……うわぁ」
急に美味しくなくなった。
聞きたくなかったなぁ。
「最初は私も、噂に尾ひれがついたものだと思いました」
「俺もそう思いたい」
「ですが、念のため帝都へ入って噂の元を探してみたところ……」
「本当にいた?」
「はい」
「そっかぁ」
いちゃったかぁ。
知りたくなかった気持ち半分、何か起きる前に知れて良かった気持ち半分くらいの気分である。
「元々は、帝都へ流れてきた王国民同士で仕事や住居を紹介し合う程度の集まりだったようです」
「互助会的なもんだな」
そういうのの存在は認識してる。
シャーウッド王国に限った話ではない。
帝都という世界的に見ても巨大な都市には、各国のそのような組織があるし、教会で紹介してもらえる場合もある。
「ですが最近、『他国の者も同時に蜂起する』『武器を融通してくれる者がいる』など、妙に都合のよい話が流れております」
「ふむ……ちなみに何人くらいいるの?」
「積極的な者は十数名。周辺まで含めれば数十人程度でしょうか」
「全員元兵士?」
「いいえ。元兵士もおりますが、商人、職人、官吏だった者もいます」
「勝てるわけないじゃん」
「はい、私もそう言っておりますが……若い者ほど、本気です」
「勝てないのに?」
「勝てないことを知らないのです」
ローラントの声には、怒りよりも疲れがあった。
「ローラントは、どう見てる?」
「誰かが、彼らを決起させようとしているように見えます」
だよね。
その読みには俺も賛成だ。
「目的は?」
「分かりません」
「帝都で王国民を暴発させることで得をする奴がいるってことか」
「恐らくは」
嫌な話だ。
王国民の恨みを利用して、勝ち目のない蜂起をさせる。
帝国側からすれば、反乱分子をまとめて処分できるし……場合によっては政治的に使えるカードになる。
「私が止めれば、まだ聞いてはくれます。ですが、逆に『ローラント団長さえいれば勝てる』と言う者もおります」
ローラントの顔は、苦しそうだった。
王国最強と呼ばれた師の顔は、五年前より少し老けて見えた。
「ですが、このまま決起すれば、彼らは死にます。シャーウッド王国民の立場も悪くなるでしょう」
それは、そうだ。
帝都で王国民が皇族襲撃なんて起こせば、帝国は必ず締め付けを強める。
それがわかっていてなお、ローラントが苦しむのは……
「ローラント自身にも未練と復讐心があるから、止めきれないんだな」
「……はい」
当然だ。
俺だって、全部忘れたわけじゃない。
ただ、俺には教会があって、ヘレナさんがいて、平穏があって、今がある。
――運が良かっただけだ。
あとは、元々王族に向いてなかったんだろうね!
「どうしたらよいかわからず、夜道を歩いている時、偶然貴方を見かけました」
「……」
「もし、殿下が復讐を望まれるなら、私は今でもその剣となります」
その呼び方をするな、と言えないほどに。
俺と兄上を何度も叩きのめした男が。
縋るような目をしていた。
「もし、殿下が私の未練と復讐心の置き所を示してくださるのならば」
ローラントは、深く頭を下げた。
「私も、自らの全霊を尽くして彼らに生きろと言えるのかもしれません」
……。
重いって。
その重さに応える義務は、第七皇女秘書官のロビンにはない。
でも――元シャーウッド王国第二王子アルバートにはあるんだよなぁ。




