第44話 亡国の王子、昔話をする。
「……俺よりいい部屋住んでない?」
ローラントの部屋は、普通に広かった。
さっき買った串焼きの包みを机の上に置きながら、思わず部屋を見回す。
「ご自分の王城時代のお部屋をお忘れで?」
「いや、そうなんだけどさ」
それと比べちゃいかんだろ。
「では、まず」
扉に鍵をかけたローラントが、部屋の中央を指した。
「盗聴されていないか確認するため、探知魔術を使ってみましょうか」
「うん」
「どうぞ」
「……自分でやったら?」
「殿下の成長具合を確認するためです」
「そういうの今いらないだろ!?」
抜き打ちテスト受けるために来たわけじゃないんだけど!?
「さあ」
「はい……≪サーチ≫」
仕方なく、薄く広げた魔力で壁から天井、窓や扉まで順番に撫でていく。
魔導具らしい反応は、照明と保温器具くらいだな。
魔術の気配はないし、目の前のローラントに変装魔術がかかっていないこともわかる。
「……たぶん、問題なし」
「ふむ」
ローラントが腕を組む。
「悪くはありませんが、魔術師団長がここにいたら再訓練でしょうね」
「チクショウ!」
なんで!?
盗聴ないじゃん!
目的は果たしたじゃん!
「探知の広がり方に少しむらがあります。あと、窓枠周辺の確認が甘い」
「うるさいなぁ!こっちは久しぶりに探知魔術使ったんだよ!」
特に教会時代の最初の頃は、どの程度使えるのが普通なのかわからず、ほぼ使わないようにしていた。
「まあ、問題ないことは私も確認済ですが」
「だろうな!」
最悪だ、この師匠!と思った、その瞬間だった。
ローラントが俺の前で片膝をつく。
「……」
急にやるなよ、心臓に悪い。
さっきまでの「師と弟子」の空気が、一瞬で消える。
「アルバート殿下」
「……」
五年ぶりに、その名前で呼ばれたな。
自分のものなのに、どこか他人の名前みたいに響く。
「ご無事で……本当に……なによりです」
深く頭を下げたまま、ローラントの声がかすれる。
さっきまで俺の探知魔術に駄目出ししていた男と同一人物とは思えないほど、深く頭を下げている。
「……ローラントこそ、無事だったんだな」
「……はい。お恥ずかしながら」
「それを言ったら、一番恥ずかしいのは俺だ」
だってそうだろう。
国が滅びて、王族は死んだことになってて。
それでも生き残った俺は、名前を変えて帝国で下級官吏をやっている。
言っていて自分でひどいなと思うが、事実である。
「それは!殿下ご自身が生き延びるために――」
ローラントが慌てたように顔を上げ、俺に反論するが。
「いいんだよ」
手を振って遮った。
「責められて当然で、頭を下げられる資格はないってだけだ」
「殿下……」
まだ、ローラントは何か言いたそうにしているが、この話はこの辺にしておきたい。
言い争ってもお互いきりがないし。
「ゴホン。まず、そこからいこうか」
「はい、なんでしょうか」
「ロビン、と呼んでくれ」
「……」
うーわ、明らかに嫌そうな顔になったな。
そんな顔するなよ。
「ロビン」
「……ロビン、様」
「様もいらない」
「……」
ローラントはものすごく嫌そうだが、ここは譲れない。
「ロビン」
「……承知しました、ロビン殿」
「まあ……その辺で諦めようか」
俺が妥協した方が早そうだ。
まあ、今の俺がエレオノーレ殿下に「エレオノーレ」と呼び捨てしろと急に言われてるようなものだしな。
「それで、ロビン殿は……どのように生き延びられたのですか?」
ローラントの質問に、あの頃の光景と血の匂いが脳内に甦る。
正直、記憶が曖昧な部分も多い。
だけど。
「……近衛騎士の一人が、最後まで守ってくれたんだ」
「……そうでしたか」
「あの人がいなければ、俺はここにいない」
「名は?」
「……顔は覚えている。けど、名前を聞く余裕はなかった」
あの時は全部が燃えていて、泣く暇も、礼を言う暇もなかった。
父上は「玉座に残る」と言い、兄上とは逃げる途中で逸れ、それでも一緒にいてくれた近衛騎士に、引っ張られて、押されて、逃がされて……
「そうですか」
ローラントが静かに目を伏せる。
「再会の暁には、よく褒めておきます」
「……その時には、俺もよく礼を言わないとな」
「はい、喜ぶと思います」
たぶん、生きているうちには叶わない話だということは、俺もローラントも分かっている。
それでも、その気持ちはきっと二人とも本当だった。
「……まあ、その後は国の外れにあった教会で目を覚まして、しばらく過ごした」
細かいところまで話し始めると長くなる。
「おお……教会が」
「ああ。目が覚めた瞬間に『ロビン』と名乗って、それからずっとロビンで通してる」
我ながら、あれはよくやったと思う。
もし正直に名乗っていたら、たぶん今頃どこかで死んでいる。
「なるほど……」
ローラントがゆっくりと頷く。
「それで今は?」
「働いてるよ」
「帝国で?」
「帝国で」
「……」
「その顔やめろ」
「いえ」
まあ、ローラントの気持ちもわかる。
俺だって五年前に、「お前、将来ライヘンバッハ帝国で官吏やってるぞ」なんて言われても絶対信じなかっただろうし。
「官吏試験を無事突破してね」
「おお」
ローラントの顔が少し明るくなった。
「幼い頃からの教育が無駄にはなりませんでしたな」
「なんか感動するところ違くない?」
そこなの?
亡国の王子が帝国で官吏になったことで、教育成果に感動するの?
「礼法、読み書き、計算、体力、忍耐。官吏に必要なものは、幼少期より叩き込んでおりましたので」
「忍耐は主にローラントの走り込みで鍛えられた気がする」
「役に立ちましたか?」
「すごく嫌だけど役に立った」
本を返すのに。
「そうでしょう、そうでしょう」
なんで嬉しそうなんだ。
自分の弟子が就職した親戚のおじさんか。
「んで、今は第七皇女の秘書官やってる」
「は?」
ローラントのこんなきれいな驚き顔初めて見た気がするなぁ。
「皇女の、秘書官」
「……」
「聞こえた?」
「私は途中を聞き逃しましたか?」
「全部説明したよ」
「官吏になったところまでは理解しました」
「うん」
「そこから、なぜ皇女の秘書官に?」
「俺も聞きたい」
「しかも、元許嫁の第七皇女の?」
「びっくりだよね」
「出世しすぎでは?」
「俺もそう思う」
本当にどうしてこうなった。
ローラントが額に手を当て、天井を仰いでる。
ごめんて。
「相変わらず妙なところで巻き込まれ体質ですな」
「俺も『どうしてこうなった』っていつも思ってる」
ただ働いて、普通の生活して、彼女でも作って、ぼんやり生きる予定だったんだけどな。
人生って難しい。
「……まあ、俺の話はそんなところ」
「そんなところで済ませてよろしい内容ではないと思いますが」
「五年分全部話したら朝になるぞ」
第七皇女宮での出来事まで話し始めたら、ローラントも卒倒しちゃうかもしれないし。
「それもそうですね」
串焼きを一本取る。
「さ、次はローラントの話を聞こう」
「……そうですね」
ローラントを責めるつもりも、そんな資格もない。
それでも、あの日何があったのか、この五年をどう生きていたのかくらいは聞いておきたかった。
……うん、ちょっと冷めてきてるけど串焼き美味し。




