第43話 亡国の王子、会いに行く。
「遅い」
執務室の扉を開けた瞬間、長椅子から半分だけ顔を出したエレオノーレ殿下が、じと目でこっちを見ていた。
「すみません」
「何してたの?」
「ちょっと困ってた人がいたので、手伝って練兵場まで行ったら、グスタフ殿下に鍛錬に参加しろと誘われました」
「……」
エレオノーレ殿下が無言になった。
なんだろう。
すごく馬鹿を見る目で見られている気がする。
「……」
「……本気で何してるの?」
「すみません」
俺もそう思います。
エレオノーレ殿下は本気で怪訝そうな顔をしてるし、リズも呆れ果てた顔をしてる。
書類を提出しに行ったはずなのに、なんで上半身裸の第三皇子に「鍛錬していけ!」って絡まれてたんだろうな?
「というか、私言ったわよね?」
殿下が少し体を起こし、菓子をパリッと食べながら俺を見る。
「何をでしょう?」
「『私以外の皇族からの評価が上がる行為を一切禁じる』って」
「あれ、本当に有効な命令なんです!?」
てっきりドロテア殿下に怒られた腹いせで言ってるだけだと思ってた!
「命令よ」
「そんな無茶な!?」
今回なんて、困ってる人の荷物持っただけですよ!?
それで第三皇子に見つかるなんて予想できるわけないじゃん!
「だって、カミラ姉様に欲しがられて、ドロテア姉様に貸せと言われて、今度はグスタフ兄様にまで絡まれてるじゃない」
「俺から近づいたの一人もいないですよ!?」
「知らない」
「理不尽!」
ここ、皇城ですよ!?
「そもそも、グスタフ殿下の評価は上がってませんよ」
「……グスタフ兄様には、何言われたの?」
「ざっくり言うと、『細いの』って呼ばれて『鍛錬不足だから参加しろ!』って」
「……グスタフ兄様らしいというかなんというか」
エレオノーレ殿下がため息を吐いて、額を押さえる。
それは『らしい』でいいのかと思わなくもないが、周りの騎士たちもなんとなく諦めた顔をしてたし、よくあることなんだろう。
「ねえ、ロビン」
横で楽しそうに眺めていたリズが、ふとなにかに気が付いたような声を出した。
「ん?」
「そのポケットに刺さってる書類、何?」
「え?」
「……」
「……あ」
わー、出しに行ったはずの書類がなぜかここに~。
そうか、木箱を運ぶ時に、邪魔だからポケットに入れて……
「何しに行ったの?」
「……」
「ねえ、何しに行ったの?」
「二回言わなくていいよ!」
「一緒についてってあげようか?」
「子どものお使い!?」
いや、でもそう言われても仕方ないのかもしれない。
「もう一回行ってくる」
「いってらっしゃい」
リズが実に良い笑顔で手を振ってくる。
「今度は寄り道しないでね」
「はい……」
今日はもう駄目かもしれないな。
◇
そして、定時。
あの後、無事書類を寄り道せずに出すことにも成功した。
エレオノーレ殿下が心配して、苦渋の決断みたいな表情でお菓子を分けてくれたり、リズがさりげなく仕事を俺の分もやってくれたりしていたけど、なんとか定時を迎えて皇城を出ることができた。
……なんかお土産買って帰ろう。
それにしても。
「……行きたくないなぁ」
正直、足が重い。
ローラントが生きていたのは、本当に嬉しい。
だから、会いたくないわけではない。
でも、会えば間違いなく昔の話になる。
つまり――アルバートとして話すことになる。
ようやく少しだけ、ロビンとして生きることに慣れてきたところなのに。
「でも、生きて帝都にいるってバレたしなぁ……」
あの人が俺を売るとは思わない。
思わないけど、放っておいたら次にエンカウントしたときが怖すぎる。
こっぴどく怒られて、翌日から鬼の訓練が始まる可能性すらある。
……二十歳超えて師匠から怒られるの嫌だなぁ。
「行くか……」
諦めて南区へ向かうことにする……が、最低限のことはやっておかないと怒られる。
大通りを歩き、途中で一度だけ角を曲がって、小さな本屋に入り、店を出てから別の道へ入る。
……たぶん、尾行はない。
まあ、俺が気付ける程度の尾行ならの話だけど。
ケイやリズ級の奴が本気で尾行してきたら、絶対気付けないしなぁ。
……やっぱり俺の周りおかしくね?
そんなことを考えつつ、ちょっと楽しくなりながら遠回りし、約束した公園へ着いた頃には、約束の時間の五分前になっていた。
昼間は子どもが走り回っている公園だが、この時間になると人はいない。
「……」
ベンチに座って、息を吐く。
夜の風が少し冷たい。
……帰ろうかな。
いや、さすがにダメだよな……。
「お待たせしました」
「うわっ!?」
真横から声がした。
街灯の陰に、当たり前みたいな顔でローラントが立っている。
「どこから出てきたんだよ!」
「普通に歩いてきましたが」
「嘘つけ!」
気配なかったぞ!?
これだから強い奴は嫌なんだよ!
「それで」
ローラントが周囲を確認する。
目の動きが速い。
俺も一応周りを見るが、特に怪しい人影はない。
まあ、ローラントが見てるなら大丈夫だろ。
「では、行きましょうか」
「どこか当てが?」
「はい。私の宿へ」
「大丈夫?」
旧シャーウッド王国の騎士団長と元王子が宿で密談。
言葉にすると怪しさがすごい。
「問題ありません」
ローラントが歩き出したので、隣に並ぶ。
「帝都に来る途中、魔獣に襲われていた商隊を助けたのですが」
「うん」
サラッと言うことじゃないけど、まあローラントだし。
「そこの主が宿の主人と縁のある方でして、防音もしっかりした良い部屋を格安で貸していただいております」
「……相変わらずだなぁ」
「何がです?」
「いや、なんでも」
王国最強って、国がなくなってもなんだかんだ生きていけるんだな。
少し安心した。
「その宿は長いの?」
「いえ、割と最近です。……ずっと、各地を回っておりました」
「そっか」
たぶん、シャーウッド王国領内を巡ったりしてたんだろうな。
聞いても言わないだろうけど。
「後ほど詳しくお話ししますが」
ローラントの声が、少しだけ低くなる。
「妙な噂を小耳に挟んだもので、こちらに来た次第です」
「なるほど」
やっぱりなんかあるのかぁ。
そっかぁ。
いや、「旅の最中に帝都も見てみようと偶然寄ったところだったのです、では殿下もお元気で。ハハハ」とかならないかなーと少しだけ期待してたんだけど。
……はぁ。
「……あ」
「どうされました?」
「あそこの串焼き、美味しいぞ」
通り沿いの屋台を指さす。
肉を香草と一緒に焼いて、最後に少し甘辛いタレを塗る店で、城の侍従に教えてもらった最近のお気に入りだった。
「そうなのですか」
「うん」
「では、買っていきましょうか」
「いいの?」
「夕食はまだでしょう?」
「まあ」
真面目な話になるにしても、腹が減ってたら頭も回らない。
二人で屋台へ寄り、串焼きを何本か包んでもらう。
ローラントが自然に財布を出した。
「自分の分は払うよ」
「これくらいは」
「いやいや」
「まさかお財布を出させるわけにはいきませぬ。年長者の顔を立ててください」
「そこまで言うなら」
……ん?
ローラントが取り出した財布の中身がちらっと見えたが、思ったよりぎっしりお金が入ってる。
「……もしかして、割と持ち金に余裕ある?」
「ははは」
串を受け取って歩き出しながら、ローラントが少し誇らしげに笑った。
「剣以外を売ったら、結構いいお金になりました」
「おい!?」
「特に魔導具は高く売れましたが、鎧は、古道具屋の店主に『これは舞台衣装か?』と聞かれました」
「何て答えたの?」
「似たようなものです、と」
「強いな!?」
この人、俺が思うより生活力あるな。
王都にいた時は、父上の傍に控えてる姿か近衛騎士の詰所にいる姿ばっかり見てたからなぁ。
「さ、着きましたよ」
ローラントが足を止めたのは、少し中心街から外れてはいるが、造りのしっかりした少し高めの宿といった感じの宿の前だった。
「割といいとこ泊まってるんだな」
「実は、そんなに帝都に長居するつもりもなかったものでして」
「まあ、それもそうか」
俺も、数か月前までまさか帝都に来るなんて思ってなかったしな。
「では、中へどうぞ」
「……やっぱり帰っていい?」
「ほう、この間合いで私から逃げ切れるほど成長したというのであれば、どうぞ」
「……素直に入るわ」
絶対無理。




