第42話 亡国の王子、会いに行ってしまう。
「ロビン」
「……」
「ロビン!」
「ん?」
「『ん?』じゃないわよ。ぼーっとしてどうしたの?」
顔を上げると、目の前でリズが呆れた顔をしていた。
あれ。
いつからそこにいた?
「ああ、ごめん。昨日飲みすぎたかも」
「その書類、さっきから三回同じところ読んでるわよ」
「……マジ?」
「マジ」
全然集中できてないな。
でも、普通に考えりゃ、そりゃそうだ。
ただでさえ昨日はイベント盛りだくさんだったのに、最後には死んだと思ってた人に会ったんだぞ。
頭の中の半分くらいはぐるぐる混乱してて、残り半分は「今夜行きたくねぇなぁ」で埋まっている。
「……体調が悪いの?」
長椅子から、エレオノーレ殿下が心配そうな声をかけてくる。
「ああ、いえ。そんなことはないです」
「本当に?」
「本当です」
「なんかあったら言いなさいね」
その顔が本気で心配している顔に見えて……ちょっと胸が痛い。
なんかは、あったんです。
あったんですけど、「死んだと思っていた祖国の騎士団長が帝都にいたので、今夜ちょっと会ってきますね☆」
――なんて言えるか!
「あ、ちょっと書類出しに行ってきますね」
書類を持って、逃げるように執務室を出る。
なんというか。
つい先日、真っすぐな信頼をぶつけられたばかりの相手に隠し事をするのってまあまあしんどい。
ドロシーさんの件と違って、マジで個人的な都合で言えない話だし。
…………自分の正体隠してる時点で今更だったかもしれない。
「……はぁ」
今、これ以上考えても仕方ない。
まずは書類を出して、戻って、定時で上がって、ローラントに会ってから考えよう。
「あ」
ふと顔を上げると、両手に抱えきれないほどの木箱を持った文官が、廊下の角でバランスを崩しかけていた。
「手伝いましょうか?」
慌てて駆け寄り、木箱の一つを支える。
「あ、すみません。助かります」
文官がほっとした顔でこちらを見た。
「気になさらず。どこまで?」
「はい、練兵場まで」
練兵場。
ここからそこそこ距離がある。
でも。
「分かりました」
「ありがとうございます」
これくらいならいいだろう。
困ってるし。
あと、執務室に戻っても仕事に集中できる気がしないし、ちょっと逃げたいし。
「これ、何入ってるんです?」
「訓練用の魔導具です」
「なるほど。重いわけですね」
「すみません。うちの皇子宮は文官に予算を割いてくれないので、人手が足りなくて」
うちもです。
「どこも人手不足ですねぇ」
そんなことを話しながら、文官と一緒に廊下を進む。
やがて建物を抜けると、練兵場が見えてきた。
「へぇ」
皇城の練兵場って、こんな感じなのか。
王城にあったものより広い。
さすが帝国。
「まだまだぁぁぁぁ!!」
ドゴォン!
「うわっ!?」
「ぐおっ!」
「殿下、待っ――!」
……なんか人が三人くらい飛んでるんだけど。
人って、あんな飛び方するんだ。
「もっと来い!今日はまだ全然身体が温まってないぞ!」
練兵場の真ん中で大剣を構えている、上半身裸の大男。
短く刈りあげられた銀髪に碧眼。
すっごい筋肉。
…………。
「あの人って、もしかして」
「あ、はい。グスタフ第三皇子殿下です」
一緒に荷物を運んでいた文官が苦笑しつつ、答えてくれる。
……やっぱりかぁ。
グスタフ・フォン・ライヘンバッハ第三皇子。
皇族随一の武闘派であり、軍人たちからの支持も厚く、本人も戦場に立つことを好むという噂。
――そして。
五年前のシャーウッドとの戦争で、王都へ攻め込んできた軍の先頭に立っていた男。
当時、『一番強い者が出てこい!俺を倒せれば軍を引いてやるぞ!』とか叫びながら、とんでもない勢いで城門を突破していた。
俺自身は、かなり遠目からしか見ていないけど……。
つまり、「五年前の俺の顔を認識している可能性がある人物」なので、会いたくなかった。
いや、ここは皇城で、相手は皇族である以上、いつかは会う可能性があるとは思っていたけど、会わずにすむなら会いたくはなかった。
よし、出来るだけ速やかに荷物を置いて撤退!
「こちらへ置けばいいですか?」
「はい、そこへ――」
「おお!ご苦労!」
グスタフ殿下がこちらへ歩いてくる。
来ないでほしかったかな!?
「訓練用品の補充か!」
「はっ、はい!お疲れ様です!」
隣の文官が慌てて頭を下げるのに倣って俺も頭を下げる。
俺を認識しなくていいですよー、そのまま騎士を吹き飛ばす仕事へ戻ってくださーい。
「ん?隣の細いのは誰だ!?」
細いの。
まあ、あなたと比べたら大体の人間は細いと思います。
「あ、こちらの方は偶然運ぶのを手伝っていただいて……えっと」
「第七皇女宮で秘書官をしております、ロビンと申します」
認識されてしまったので、仕方なく名乗る。
「おお!エルの秘書官か!」
よし、問題ない!
全然気づいてない!
やっぱり五年前なんて遠目だったし、仮に見てても、普通は五年も経てば見分けなんて――。
「ん?」
そのリアクションやめて?
「んんん?」
視線が、俺の全身を上から下へ。
……。
……あ、これはまずいやつ?
「えっと……なんでしょうか?」
声が裏返らなかった俺を褒めてほしい。
……バレたら逃げよう。
どこに逃げるべきか思いつかないし、逃げ切れるとは思えないけど。
人間、最後まで諦めたらダメだ。
「お前」
「はい」
「その立ち方」
「はい?」
「文官のくせに、ある程度戦れるな?」
……。
……立ち方!?
顔を見ろ、顔を!
いや、見られたらそれはそれで困るんだけど!
「……最低限は」
「やっぱりな!」
グスタフ殿下が豪快に笑う。
よかった!
いや、何が良いのか分からないけど、とりあえずバレることはなさそう!
「剣だな!?」
「……一応」
「しかも!」
グスタフ殿下が、ずいっと顔を近づけてきた。
「最近鍛錬をしていないと見た!」
なんで分かるんだよ。
「……ただの下級官吏ですので」
もしかして、皇子はご存じないかもしれませんが、下級官吏に鍛錬はいらないんですよ。
「よし!鍛錬に混ざってけ!」
「なぜ!?」
周りの騎士たちが「またか」みたいな顔をしている。
またなんだ。
いつもやってるんだ、これ。
「よいではないか!身体が鈍っているのだろう!?」
「鈍ってますけど」
「ならば鍛えろ!体を鍛えて損はない!」
それはそうだけどね!?
くっ……仕方ない。
俺の訓練サボりテクを見せる時が来たか。
「申し訳ありません」
背筋を伸ばして、丁寧に頭を下げる。
「第七皇女宮の職務中でして。エレオノーレ殿下のお許しなく、こちらの鍛錬へ参加するわけにはまいりません」
我ながら完璧な逃げ口上である。
皇族には皇族をぶつける。
これが官吏の処世術だ!
「なんだ、固いなぁ!」
「秘書官ですので」
「つまらん奴だ!」
「申し訳ありません」
つまらん奴で結構です。
俺は普通の下級官吏なの。
仕事中に皇子に誘われて鍛錬に参加する下級官吏なんてものは普通いないの。
「むぅ」
グスタフ殿下が不満そうに腕を組む背後で、さっき吹き飛ばされた騎士の一人が、こちらに向かって小さく首を振っている。
……助言ありがとうございます。
絶対混ざらない。
「しょうがない!」
グスタフ殿下がニカッと笑った。
「エルに後で言っておくか」
「え」
「ちょうど、次の夜会はさすがに出ろとカミラの姉貴に怒られたところだ!ついでにエルに言っておいてやろう!」
「いえ、そこまでしていただかなくても」
「がっはっは!」
笑って流された。
この人、人の話を聞かないタイプだ。
「……とりあえず、この場は失礼しますね?」
「おう!また来い!細いの!」
「善処します」
しません。
絶対に来ません。
「あの、ありがとうございました」
一緒に荷物を運んできた文官が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、気にしないでください」
あなたは何も悪くないです。
……執務室に戻るの遅らせようとした俺の自業自得かもしれません。
そのまま練兵場を後にし、廊下に出て、角を曲がって、十分に離れてからようやく息を吐けた。
「……はぁ、なんだかなぁ」
我ながら、変な感じだった。
グスタフ殿下に遭遇したら、もっと、こう……なんというか。
憎悪とか、復讐心とか、怒りとか。
そういうものが一気に湧いて出てくるかと思ったのに、実際は焦りと正体が見破られなかったことへの安堵が出た。
「……俺はどうしたらいいんだろうな」
色んな意味で。




