↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第三章 ???

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/54

第41話 亡国の王子、惚けてみる

「アル――」


「はじめまして」


 全力で被せた。


 目の前にいる男が最後まで言い切る前に、できる限り爽やかな顔で言ってみた。


 無理かなぁ。


 無理だろうなぁ。


 いや、反射的に惚けちゃったけど仕方ないじゃん。


 相手はローラントだ。


 シャーウッド王国近衛騎士団長であり、かつて俺と兄上に剣を教え、走り込みをさせた――俺の知る限り、最強の男。


 そんな男が、なんで帝都の裏路地にいるんだよ。


 よし。


 知らない人ということで。


「……」


「……」


 夜の裏路地に、沈黙が落ちる。


 ……お、いける?


 いけちゃう?


 五年も経ってるんだから、ワンチャンあるだろ?


「……はぁ」


 ローラントが、深いため息を吐いた。


 あ、これ知ってる。


 俺が何かをやらかした時のため息だ。


 昨日覚えた筈の技を忘れた時とか、朝の走り込みをサボった時とか、兄上の靴に蛙を入れた時とか。


「確かに、顔立ちも雰囲気もかなり変わっておられますね」


「……はじめまして?」


「疑問形はやめなさい」


「はじめまして!」


 だいぶ苦しい気がしてきたが、諦めるにはまだ早い。


 俺は五年間、この偽名で生きてきた男である。


 教会でも、官吏試験でも、皇城でも、誰にもバレてないのだ!


 ここでローラントさえ誤魔化せるのならば、もう俺の勝ちは確定だ!


「それでも惚けたいなら、いい加減歩き方を直しなさい」


「歩き方!?」


 そこ!?


 顔とか声じゃなくて!?


「はい。何度も注意しました。背筋は伸びているのに、右足の重心がわずかに浅い。左肩が不要に動く」


「怖い怖い怖い!」


 なんでそんなところ見てるんだよ!


「明日からまた走り込みですね」


「今する話じゃないよな、それ!?」


 もっと他に話すことあるよな!?


 何年ぶりの再会だと思ってるんだ!?


 もうちょっとこう、あるだろ!?


 感動とか!


 涙とか!


 生きておられたのですね殿下とか!


「む、確かにここでする話ではありませんね」


 そう言った瞬間、ローラントの空気が変わった。


 素早く周囲を確認するその動きにつられて、俺も辺りを見る。


 夜の裏路地。


 近くの樽の上に猫が一匹。


 向こうの大通りから人の足音。


 どこか遠くの酒場から笑い声。


 風が何かを揺らす音。


 ……特に人影や気配はない、と思う。


 ローラントが見落としているなら、俺に見つけられるとも思えないし。


 猫、お前は普通の猫だよな?


「積もる話は別の場所でよろしいですかな?」


 聞きたいことなら山ほどある。


 でも、こんなところでする話ではない。


「なら、明日十八時に……南区のベーカー通りの公園、分かる?」


「はい。では、そこで」


 短い返事とともにローラントが背を翻して歩き出す。


 ……俺が行かない可能性とか考えないのかな、この人。


「あのさ」


 気付けば、声をかけていた。


「はい?」


「……」


 振り返った顔は、やっぱり少し老けたように感じる。


 苦労したんだろう。


 言いたいことはいっぱいある。


 聞きたいこともいっぱいある。


 でも。


「生きててくれてありがとう」


「……」


 ローラントの目が僅かに開く。


 俺自身、言ってから少し驚いた。


 もっと、子どもみたいな恨み言が出ると思っていた。


 なんで助けに来てくれなかったんだ、とか。


 でも。


 口から出たのはそんな言葉だった。


「…………あなたこそ」


 ローラントの声が少しだけ掠れた。


「本当に」


「……うん」


「生きていてくださって、ありがとうございます」


「……」


 やめろよ。


 泣きそうになるだろ。


 酒飲んだ後なんだから涙腺緩いんだぞ、こっちは。


「では、明日」


「ああ。また」


 ローラントは表情を戻し、もう一度だけ周囲を確認すると、裏路地の向こう側へ消えていった。


 樽の上の猫が、何事もなかったように尻尾を揺らしている。


「……猫、お前は気楽でいいな」


「にゃ~?」



「はぁぁぁぁ……」


 ローラントと別れて大通りに出て、皇城へ向かう道を歩きながら、盛大にため息を吐かざるを得なかった。


「……どうしよう」


 いや。


 本当にどうしよう。


 ローラントが生きてたのは嬉しい。


 いや、走り込みは嫌だけど嬉しい。


 ――でも、なんで帝都にいるんだ?


「……明日考えよ」


 考えても仕方がない。


 今日はもう無理。


 監査を一日乗り切って。


 ドロテア殿下の正体を見なかったことにして。


 ギルさんがジルベルト殿下だったことを知って。


 死んだと思ってた師匠に会った。


 もうこれ以上入りません、今日は閉店です。ガラガラー。


「おお、ロビン殿」


 門の前で、顔馴染みになった門番の一人がこちらに気づいて手を上げた。


「今日は随分と浮かない顔ですな。どうされました?」


「ちょっと色々ありまして」


「ははあ」


 もう一人の門番が、分かったぞ、と言わんばかりに顎を撫でる。


「さては酒場で何かあって、奢らされたとみました」


「大体正解です」


 厳密にはその後の方が遥かに重大なんだけど。


 奢らされたのも事実なので、嘘ではない。


「はっはっは、なら今度一緒に飲みに行きませんか?良い店を知ってるんですよ」


 それはありがたい。


 麦穂亭以外の店も開拓してみたいと思っていたところだ。


「いいですね」


 門番と飲みに行く。


 うん、普通の下級官吏っぽい。


 いいじゃないか、発生するイベントはそういうのでいいんだよ。


「南区の方なんで、ちょっと遠いんですけどね」


「はい」


「そこ、最近ギルさんって気前のいいお客さんがよく来てね」


「……」


「よく店のみんなに奢ってくれるんですよ」


「……へえ」


「運が良ければ、ロビン殿も奢ってもらえますぞ」


「…………」


 ジルベルト殿下ぁぁぁぁぁ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。