第40話裏 亡国の近衛騎士団長、出会う
「ローラント団長!今なら上手くいきます!皇族襲撃の許可を!」
帝都の外れ、シャーウッド王国出身者が営む工房には十数人の男女が集まっていた。
そんな中、若い男が食い下がるように詰め寄ってくる。
「ダメだ」
集まっているのは、シャーウッド王国に所縁のある者ばかり。
ある者は兵であり、ある者は商人であり、ある者は官吏だった。
「ですが!皇帝の容態はかなり悪いという噂です!」
「他の国の者も同時に蜂起するという話もあります」
「第三皇子が護衛も無しに街中にいたという目撃情報もありました!」
「武器が用意できる宛てがある、という話も回ってきています」
若い世代を中心に、意気軒昂な声が上がる。
――それでも。
「それに、ローラント団長がいてくれれば必ず成功します!」
「ダメだと言っている」
襲撃したところで勝ち目はない。
ライヘンバッハ帝国は強い。
シャーウッド王国は敗れた。
認めたくなくても、それが現実だ。
今日集まってない者や、決起に賛成していない者を含めても数十人程度。
その程度で襲撃したところで、敵兵の幾許かを道連れにするのが精々だ。
私自身が先頭に立てば、さらに多く斬れる。
それでも、目的の首になど届くはずもなく、徒に皆の命を失うだけだ。
「ですが、団長!復讐したくはないのですか!?」
「……」
復讐心がない、とは言わない。
五年。
多くのモノを見て、多くの人に会い、あの頃ほど煮え滾る怒りを持ち続けられているとは言わない。
だが、一方で王も、王妃も、王子たちも誰一人守ることができなかったあの日を忘れたこともない。
何が王国最強だ。
何が近衛騎士団長だ。
何一つ守れなかったくせに。
「とにかく、今は各々生活をするのだ」
「ですが、団長――」
「仕事がある者は仕事をしろ。家族がいる者は家族と過ごせ。教会に世話になっている者は迷惑をかけるな」
「……はい」
男が唇を噛みながら俯く。
ここにいる者たちの中にも、教会で身元の保証を受け、帝都で働き始めている者もいる。
結婚した者や、子どもが生まれた者までいる。
そもそも、ここに集まる理由も最初は互助会に近い形であったと聞いている。
……やはり、何かおかしい。
「……今日は解散だ」
「はい」
「くれぐれも、勝手な行動はするな」
「……はい」
一人。
また一人。
集会所から人が消えていく。
最後に、私と共に帝都まで来たかつての部下が一人、隣に残った。
「団長」
「ああ、証拠はない。だが、噂で聞いたとおり妙な雰囲気だ」
何も証拠はない。
だが、最近、帝都に旧王国民が増えたような気がしたり、武器の話が出たりするようになったらしい。
「いつまで言葉で聞いてくれますかね」
「わからん。だが、彼らの復讐心自体を否定できないのも事実だ」
「それは……まあ。ですが、不必要な武装蜂起などしてしまえば、シャーウッド王国領に住む者の立場も悪くなるということに彼らは思い至ってないですよ?」
「そこまで求めるのは酷というものだろう。それに、私が帝都に来たのも良くないのかもしれない」
「まあ、『ローラント団長さえいれば』というのはありますね」
「……王がご存命であればな」
「……そうですね」
王がご存命であれば。
私が皆の運命を決める必要などなかったのに。
王の剣でさえ在ればよかった。
だが、今は違う。
王はいない。
王妃もいない。
第一王子も第二王子も死んだと聞いた。
ならば、誰がこの者たちの行く末を決めるのか。
誰が、怒りに任せて死にに行こうとする者たちを止めるのか。
誰が、復讐と生活の間で揺れる民に、今は生きろと言うのか。
――それとも、共に復讐に染まるべきなのか。
それを決める役目が、自分に回ってきてしまった。
「……私には向いていないな」
「……団長」
◇
部下と別れ、集会所を出る頃には、すっかり夜も更けていた。
私は一人、世話になっている宿へ向かって歩く。
酒場から漏れる笑い声。
道端で丸くなっている猫。
平和だった。
――そして、自分自身もその平和を享受してしまっていた。
「私は……どうしたらいいのだ」
誰に聞かせるでもなく、声が漏れた。
決起を命じれば、多くが従うだろう。
その結果、シャーウッドの民を殺すことになるのだ。
それがわかっていて、命じることができるだろうか。
ああ。
「神よ」
なぜ私に、このような決断を迫るのですか。
私は敬虔な人間ではないが、こういう時くらいは祈りたくもなる。
その時だった。
視界の端。
少し先の道を歩く、一人の若者。
「……?」
見覚えがある。
いや。
そんなはずはない。
「まさか……」
何度も、何度も、稽古の度に叱った歩き方。
背筋を伸ばせと。
もっと重心を落とせと。
剣を握る前に、まず立ち方を覚えろと。
あれほど何度も口を酸っぱくして言ったのに直らなかった、あの歩き方だ。
思わず追いかけて、声をかけてしまう。
「あ、あなたは」
その人物が、ゆっくりと振り返る。
随分と苦労されたのだろう。
顔立ちも変わり、頬は少し痩せ、記憶より大人びている。
雰囲気も、あの頃の張り詰めた王族のものとは全く違う。
服装も、市井の若者のものだ。
見た目だけで言うなら、帝都の夜道を一人で歩く若者。
そう見えるはずだった。
でも。
その目を見た瞬間、確信した。
見間違えるはずがない。
何年、お側にいたと思っている。
何度、剣を叩き落としたと思っている。
何度、走らせたと思っている。
何度、その御名を呼んだと思っている。
目の前の若者は、まるで幽霊でも見たような顔で私を見ていた。
ああ。
――生きておいでだったのですね。
シャーウッド王国第二王子。
アルバート殿下。




