第40話 亡国の王子、追いつかれる。
「ありがとうございました~」
「じゃーな、ロビーン!」
「今度は彼女の噂について詳しく聞くからなー!」
「さて、もう一軒行くかい!」
騒いでる奴らとアンナちゃんに手を振って、皇城へ向かう石畳の上を一人で歩く。
コツコツ。
昼間は人で溢れている大通りも、この時間になるとさすがに静かだ。
風に揺れる看板の軋む音やどこかの酒場から漏れる笑い声が、夜の空気に混じっている。
この生活の中で、随分と帝都の道にも慣れた。
どこの角を曲がれば近道か。
どの屋台が遅くまでやっているか。
「……今日も野良猫いるかな」
そんなことを考えて、大通りから外れて裏道を歩ける余裕もある。
最初の頃は、衛兵に呼び止められないか、誰かに怪しまれないか、ずっと気を張っていた気がする。
今では、帝都へ来た頃よりは肩の力を抜いて歩けるようになってきた。
街中に顔見知りも増えてきた。
酒場に行けば、馬鹿みたいな話ができる相手もいる。
教会へ行けば、ヘレナさんがいる。
本を貸してくれる、ちょっと面倒な読書友達もできた。
エレオノーレ殿下が何を言いたいのか、前より分かるようになった。
リズに仕事を振られても、なんとか返せるようになった。
「どうにか、やっていけそうではあるんだよな」
五年前、焼け落ちる城から逃げ出した時には、こんな日が来るとは思わなかった。
恨みが消えたわけじゃない。
痛みを忘れたわけでもない。
……今でも時折、真夜中の懺悔室にはお世話になっている。
それでも。
王子じゃなくていい。
誰かの期待に応える必要もなく、国を背負う必要もない。
ロビンという、どこにでもいる下級官吏として。
面倒なことに巻き込まれながら、働いて、酒を飲んで、本を読んで、上司を「ハニー」とか呼びながら馬鹿をやって。
そうやって生きていけるこの日々は。
それなりに――。
「あ、あなたは」
背後から声が聞こえた瞬間、背筋が冷えた。
夜風ではない。
酒のせいでもない。
もっと昔の、体に染みついた何かが勝手に反応した。
低く、落ち着いていて、どこかで聞き覚えのある男の声だった。
『アルバート殿下。走り込みはすべての基本です。毎日欠かさないように』
そう言われて、泣きながら走った記憶が甦る。
何度も剣を叩き落とされた。
詠唱の瞬間に硬直するなと吹き飛ばされた。
歩き方に隙があると言われた。
何度も。
何度も。
何度も聞いた、本当に嫌いだった声――。
ゆっくりと、振り返る。
酔いが、一瞬で醒めた。
道の向こう。
そこにいた男は、記憶の中より少し老けたように見えた。
服装も、見覚えのあるものではない。
帝都のどこにでもいる中年の男。
そう見えなくもない。
けれど。
見間違えるはずがなかった。
その立ち方を。
その目を。
忘れられるはずがなかった。
男が、目を見開いて、こちらを見ている。
まるで、幽霊でも見たかのように。
おそらく、俺も同じような顔をしているのだろう。
だって。
そこにいたのは。
皇城へ向かう道で、後ろから声をかけてきたのは。
かつての自分と兄の師であり。
王国最強と呼ばれた男。
シャーウッド王国近衛騎士団長。
ローラントだった。




