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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第二章 第五皇女ドロテア

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第40話 亡国の王子、追いつかれる。

「ありがとうございました~」

「じゃーな、ロビーン!」

「今度は彼女の噂について詳しく聞くからなー!」

「さて、もう一軒行くかい!」


 騒いでる奴らとアンナちゃんに手を振って、皇城へ向かう石畳の上を一人で歩く。


 コツコツ。


 昼間は人で溢れている大通りも、この時間になるとさすがに静かだ。


 風に揺れる看板の軋む音やどこかの酒場から漏れる笑い声が、夜の空気に混じっている。


 この生活の中で、随分と帝都の道にも慣れた。


 どこの角を曲がれば近道か。


 どの屋台が遅くまでやっているか。


「……今日も野良猫いるかな」


 そんなことを考えて、大通りから外れて裏道を歩ける余裕もある。


 最初の頃は、衛兵に呼び止められないか、誰かに怪しまれないか、ずっと気を張っていた気がする。


 今では、帝都へ来た頃よりは肩の力を抜いて歩けるようになってきた。


 街中に顔見知りも増えてきた。


 酒場に行けば、馬鹿みたいな話ができる相手もいる。


 教会へ行けば、ヘレナさんがいる。


 本を貸してくれる、ちょっと面倒な読書友達もできた。


 エレオノーレ殿下が何を言いたいのか、前より分かるようになった。


 リズに仕事を振られても、なんとか返せるようになった。


「どうにか、やっていけそうではあるんだよな」


 五年前、焼け落ちる城から逃げ出した時には、こんな日が来るとは思わなかった。


 恨みが消えたわけじゃない。


 痛みを忘れたわけでもない。


 ……今でも時折、真夜中の懺悔室にはお世話になっている。


 それでも。


 王子じゃなくていい。


 誰かの期待に応える必要もなく、国を背負う必要もない。


 ロビンという、どこにでもいる下級官吏として。


 面倒なことに巻き込まれながら、働いて、酒を飲んで、本を読んで、上司を「ハニー」とか呼びながら馬鹿をやって。


 そうやって生きていけるこの日々は。


 それなりに――。


「あ、あなたは」


 背後から声が聞こえた瞬間、背筋が冷えた。


 夜風ではない。


 酒のせいでもない。


 もっと昔の、体に染みついた何かが勝手に反応した。


 低く、落ち着いていて、どこかで聞き覚えのある男の声だった。


『アルバート殿下。走り込みはすべての基本です。毎日欠かさないように』


 そう言われて、泣きながら走った記憶が甦る。


 何度も剣を叩き落とされた。


 詠唱の瞬間に硬直するなと吹き飛ばされた。


 歩き方に隙があると言われた。


 何度も。


 何度も。


 何度も聞いた、本当に嫌いだった声――。


 ゆっくりと、振り返る。


 酔いが、一瞬で醒めた。


 道の向こう。


 そこにいた男は、記憶の中より少し老けたように見えた。


 服装も、見覚えのあるものではない。


 帝都のどこにでもいる中年の男。


 そう見えなくもない。


 けれど。


 見間違えるはずがなかった。


 その立ち方を。


 その目を。


 忘れられるはずがなかった。


 男が、目を見開いて、こちらを見ている。


 まるで、幽霊でも見たかのように。


 おそらく、俺も同じような顔をしているのだろう。


 だって。


 そこにいたのは。


 皇城へ向かう道で、後ろから声をかけてきたのは。


 かつての自分と兄の師であり。


 王国最強と呼ばれた男。


 シャーウッド王国近衛騎士団長。


 ローラントだった。

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