第39話 亡国の王子、減点される。
「仕事終わったぞーーー!!」
麦穂亭の扉を蹴破る勢いで叫んだ。
いいじゃないか、解放されたんだから!
「飲め飲めー!!」
ケイが即座に杯を掲げてくる。
事情も聞かずに乾杯できるのがこいつの良いところであり、ダメなところでもある。
「よし、今日はロビンの奢りだー!」
「ざけんな!」
「えー」
「なんで俺が祝われる側から払う側になってるんだよ!」
「祝ってやってるからだろ」
「理屈が通ってるようで通ってない!」
マーリンがすでに真っ赤な顔で笑っている。
こいつは、今日も昼から飲んでたんだろうな。
「まあまあ」
その隣で、ギルさんが優雅に手を上げた。
「俺が全員に一杯ずつ奢ってあげよう」
「「「ギルサイコー!!」」」
店中から歓声が上がる。
現金な連中だ。
いや、俺も混ざったけど。
「ギルさん、本当にお金あるんですね」
席に着きながら、素朴な疑問を口にする。
この人、会うたびに奢ってくれている気がする。
社交関係の仕事って、そんなに儲かるのか。
「まあね」
ギルさんがエールを一口飲んで、こちらを見る。
「……もしかして、君まだ気づいてないのかい?」
「?」
何にだろう。
ギルさんが金持ちだということには気付いてますけど。
「……本気でわかってない目だね」
「え」
「……いや、ある意味それが自己防衛あるいは処世術なのか?」
「あの……?」
何の話をしているんだ。
ギルさんが、どこか俺を観察するような目で見ているが、褒められてるのか、貶されてるのか判別がつかない。
「お、なんだなんだ!」
マーリンが面白そうに身を乗り出してくる。
「ギル、ついにネタバラシか!?」
「まー、もういい加減気付いてないのって、ロビンとアンナちゃんくらいじゃね?」
ケイが笑いながら言う。
「なんのことですか~?」
ちょうど料理を運んできたアンナちゃんが、首を傾げた。
「わかんない」
アンナちゃんも仲間だったからいいか。
いや、なんの仲間かすらよくわかんないんだけど。
「……うーん、ロビンくん、減点」
ギルさんが、わざとらしく肩をすくめる。
「なんの減点ですか!?」
「秘書官がそんなに注意不足じゃ、ちょっとエルが心配だな」
……。
……ん?
「じゃあ、答え合わせをしようか」
ギルさんが指を鳴らした瞬間、淡い光が彼の体を包む。
金髪が、するすると銀に戻っていく。
赤い瞳が、碧へ。
顔立ちも、どこか軽薄そうな美丈夫から……夜会で見たことがある顔へ。
現れたのは、銀髪碧眼の、見覚えがありすぎる遊び人。
「まあ」
ギルさん――だった人が、笑う。
「愚痴を酒場で零しても、ぎりぎり差し支えない範囲にとどめていることは及第点をあげよう」
「ジ、ジ、ジ……」
「うん?」
「何やってんの、ジルベルト殿下ーーー!?」
「はい、正解」
ジルベルト殿下が杯を掲げた。
「みんな、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!!」」」
「乾杯じゃねえよ!?」
なんでみんな普通に乾杯してるんだ。
皇族だぞ!?
第六皇子だぞ!?
「いや、だってよー」
ケイがけらけら笑っている。
「気付けよ」
マーリンまで。
「俺が悪いの!?」
悪いのは変装してる方では!?
こっちは今、心臓が口から出そうなんですけど!?
「だってねぇ」
ジルベルト殿下が、実に楽しそうに指を立てる。
「『第六皇子が正座させられた』なんて話を広められる人間、俺しかいないだろう?」
「……あ」
そうじゃん。
エレオノーレ殿下とリズが言うわけがなく、俺も言ってない。
だったら、あの話が酒場まで流れている時点で、情報源はほぼ一人しかいないだろ。
「自分でバラしてたんですか!?」
しかも「秘書官が『床』と言った」という誤報付きで!?
「さすがに理由は言ってないけどね」
「当たり前です!むしろなんで正座は言ったんですか!?」
「面白かったからね」
「皇子の威厳!?」
「そんなもの、酒場に持ち込むわけないだろう」
すっごくいい笑顔でジルベルト殿下はエールを飲み干す。
「最低限の威厳は持ち込んで!?」
この人、性格が悪いな!?
「おい、ロビン。俺はちゃんと教えてやったぞ?」
マーリンがニヤニヤしたまま言ってくる。
「え」
「お前の解決祝いの時。『昨日来た客が言ってた』ってヒントやっただろ」
「そういえば……」
言われた気がする。
あの時、俺は何と返した?
たしか「ソイツなんで知ってるんだよ!?」とか。
……本人だもん、知ってるわけだ。
「ばーかばーか」
ケイも爆笑しながら、俺を指さしてくる。
「ケイも知ってたの!?」
「知ってた」
「いつから!?」
「最初から」
「最初から!?」
俺だけ!?
俺だけずっと知らずに皇族と酒飲んでたの!?
「私は知りませんでした~」
「アンナちゃん……!」
仲間!
「でも、ギルさんでもジルベルト殿下でも、注文してくれるならどっちでもいいです~」
「強いな!?」
これが酒場の看板娘の適応力なのか!
「というか、皇族がこんなところで飲まないでくださいよ!?」
思わず叫んだ瞬間。
「ロビンさ~ん?」
……あ。
「こんなところって、なんですか~?」
アンナちゃんが、にこにこしながらお盆を抱えている。
すっごく可愛い笑顔なのに、なぜか圧がある。
「あ、いや、その」
「麦穂亭は~、いいお店ですよ~?」
「はい」
「お料理も美味しいですし~」
「はい」
「お酒も美味しいです~」
「はい、すみませんでした」
完敗である。
「「「やーいやーい、ロビンのバーカ」」」
店中から罵声が飛んできた。
大人げないにも程がある。
ジルベルト殿下まで混ざってるし。
皇子が「バーカ」って言うなよ。
「……アンナちゃん」
こうなったら、覚悟を決めるしかない。
「はい~?」
「アンナちゃんと全員に一杯ずつ奢ります」
「「「わーい!」」」
歓声が上がる。
「ありがとうございます~」
「よっ、ロビン最高!」
「さすが秘書官!」
「出世払い!」
「チクショウ!」
監査は終わったのに、俺の財布も終わっていく。
これが帝国の陰謀か。
「まあまあ」
ジルベルト殿下が、俺の杯にエールを注いでくれる。
「元気出しなよ、ロビンくん」
「誰のせいだと」
「俺のせいだね」
「認めた!?」
「あはははは。まあ、そう怒るなよ」
「怒るに決まってますよ!?」
ジルベルト殿下が、俺の肩を軽く叩く。
「君の愚痴を聞くのは、なかなか面白かったよ」
「もっと早く言ってくださいよ!」
「言ったら、面白い話が減るだろう?」
「悪びれない!」
この人、絶対反省してない。
「まあ、悪かったよ」
「本当ですよ!?」
「君の泊まってた宿とかには、ちゃんと謝りに行ってきたよ」
「……それはそれで、宿のご主人驚いてたんじゃないですかねぇ」
急に皇族が謝罪にくるとか、俺なら考えたくもない。
「ロビンくんも、もっと飲みなよ」
「奢ってくれます?」
「さっき君が奢ったばかりだろう」
「取り返したいんですよ」
「あははは。しかたないなぁ」
ジルベルト殿下が心底楽しそうに笑って、アンナちゃんに手を上げた。
……この人、こういう人付き合いが本当に上手なんだろうな。
「あ、ジルベルト殿下。せっかくなら一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「なんでこの店なんですか?」
「ん?他の店に行って、『ギルって知ってる?』って聞いてみな。結構みんな知ってるよ」
「本当に遊び歩いてるだけかい!」
「あはははは、飲み歩き用の名前と顔だからね?もちろん他にも顔はあるよ」
「うわぁ」
遊び歩きに本気出しすぎだろ、この人。
「だから――≪ミラージュ≫。ここでは、今後もギルでいいよ」
淡い光がジルベルト殿下の身体を包み、ジルベルト殿下がギルになる。
「……変装魔術、お上手ですね」
「だろう?たぶん皇族で一番上手いの俺だよ」
「おっと!俺ならもっと上手くできるぜ!見てろ!」
「お、マーリンの変装魔術はすごいぞ!なんたってぱっと見、美女になったりするからな!」
「マジで!?」
馬鹿みたいに騒がしい夜だった。
それでも、ちょっとばかりメンバーは特殊かもしれないけど、酒とご飯は美味しかった。
……この件、リズとエレオノーレ殿下にどう報告しよう。
黙っておこうかな……。




