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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原詩荻
第二章 第五皇女ドロテア

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第34話 亡国の王子、勘違いされる。

「ダーリン、お菓子の屋台はこの先で合ってるの?」


「……」


「ダーリン?」


「聞こえてるよ」


「返事しなさいよ」


「まだ慣れないんだよ、ハニー」


「ふふ」


 楽しそうですね。


 俺は胃が痛いです。


 なにせ、ちょっと転んで人にぶつかっただけで国際問題になりかねない存在が隣を歩いている。


 でも、まあ、エレオノーレ殿下の気持ちはわかる。


 自由に街を歩くのって楽しいよね。


 でも。


「ハニー」


「なに?」


「この呼称、本当に流行ってるの?」


「リズがそう言ってたじゃない」


「リズが言ってたから不安なんだよ」


「そう?」


「絶対からかわれてると思う」


「別にいいじゃない」


「いいの?」


「面白いし」


「……」


 それでいいのか、皇族。


 いや、ダメだろ。


「それで、お菓子の屋台は?」


「もう見えたよ」


 お目当ての、先日焼き菓子を買った屋台である。


「お、先日も買ってくれたお兄さんじゃないかい!」


「また来ました。今日は焼き立てください」


「嬉しいねぇ!ちょっとおまけしとくよ!」


「ありがとうございます」


「なあに!そっちの美人なお姉ちゃんへのサービスだよ!」


「あら、嬉しいわね」


 殿下……いや、ハニーが笑顔で屋台のおっちゃんから焼き菓子を受け取る。


「お兄さん、その子大事にしなよ!」


「そういうのじゃないです」


「照れるな照れるな!また来てな!」


 照れてない。


 命の心配をしている。


 でも、そんなおっちゃんと俺のやり取りを気にせず、ハニーは両手で受け取ったお菓子を、しげしげと眺めている。


「熱いから気をつけて」


「分かってるわ」


 そのまま、焼き菓子に小さく口をつける。


「どう?」


「……美味しい」


 声が少し高い。


 そのまま、ちまちまと食べ始める。


 その姿を見ていると、少し変な感じがした。


 昼行燈と噂される第七皇女殿下。


 そのはずなのに。


 今はただ、街で焼き菓子を買って嬉しそうにしている女の子に見える。


「ダーリン」


「なに」


「もう一つ買ってもいい?」


「一つでやめておかないと夕飯が入らなくなるよ」


「……子ども扱いしないで」


「リズに怒られるよ」


「むぅ」


 むぅ、じゃないんですよ。



 そのあとも、しばらく街を歩いた。


 本屋を覗いて、装飾品の店を覗いて、また食べ物の匂いに引き寄せられて。


 ハニーは意外なほど普通に楽しんでいて、値札を見て「高いわね」とか言い出した時は、ちょっと笑ってしまった。


 その気になれば店ごと買える人が何を言ってるのか、と。


「あ~、ロビンさ~ん」


 そんな風に色んな店を冷やかしながら歩いていると、聞き慣れた間延びした声がした。


「アンナちゃん?」


 振り返ると、アンナちゃんが両手いっぱいの荷物を抱えて立っていた。


「こんにちは~」


「ずいぶん大荷物だね」


「買い出しなんですが~、ちょっと買いすぎちゃって~」


「ちょっと?」


「ちょっとです~」


 絶対ちょっとじゃない。


 腕から落ちそうになっている袋を受け取る。


「麦穂亭まででよかったら、俺も少し持つよ」


「ありがとうございます~」


 アンナちゃんの顔がぱあっと明るくなる。


 癒しだ。


 帝都の至宝かもしれない。


 ――横から視線を感じる。


 あ、しまった。


「……えっと、ハニー?」


「なに?」


「麦穂亭までなら、そんなに遠くないから」


「別に止めていないわ」


「そう?」


「困っている人を助けるのは良いことよ」


 よかった。


「私も少し持つわ」


「ええ!?そんな、悪いですよ~」


「大丈夫よ」


 ハニーが自然に軽めの袋を一つ持つ。


 うわぁ……皇女殿下が麦穂亭の買い出し荷物を持っている。


 すごい光景だ。


「あの~……」


「うん?」


 多すぎる荷物から解放されたアンナちゃんが、俺とハニーを交互に見る。


「そちらの方は、ロビンさんの彼女さんですか~?」


「ちが――」


「そうよ」


 ……。


 ……ハニー?


 俺の否定は、帝都の雑踏に飲まれて消えた。


「わ~、お似合いです~」


「ありがとう。あなた、いい人ね」


「えへへ~」


 待ってくれ。


 今、何が起きた。


 帝国第七皇女が、酒場の女給に向かって「彼女です」と自己紹介した?


 俺はこの速度についていけない。


「あ、私はアンナです~。麦穂亭で働いてます~」


「そう。よろしくね、アンナ」


「はい~。ロビンさん、よく来てくれるんですよ~」


「美味しいらしいわね」


「えへへ~、彼女さんも今度来てくださいね~」


「考えとくわ」


 考えないで?


 皇族が町酒場に来ること考えないで?



 そのまま三人で麦穂亭まで歩く。


 アンナちゃんは終始にこにこと話していた。


 最近、東方から入ってくる山菜が少し高いらしい。


 新メニューとして、ウナギのゼリー寄せを作ってみたがイマイチ人気がないらしい。


 ギルさんとマーリンとケイが飲み比べをして、ギルさんが一人負けしたらしい。


 そんな話を、ハニーが楽しそうに聞いている。


 ……うん、後ろからタイプの違う美女二人が楽しそうに会話しているのを見てると本当に平和でよろしい。


「じゃあ、荷物ここ置いとくね」


「ありがとうございます~。お二人とも一杯くらいならごちそうしますけど寄っていきます~?」


「今日はやめとくよ」


 中にケイやマーリンがいたら地獄が始まる。


 絶対に入れない。


「わかりました~、またお越しくださ~い」


 アンナちゃんが手を振って、店の中へ消えていく。


 ……ふう。


 乗り切った。


 乗り切ったのか、これ?


「あの」


「なに」


「恋人扱いされたんだけど」


「それで?」


「それで、じゃなくて」


 ハニーは平然と歩いている。


 待って。


 気にしてるの俺だけなの?


「なぜ、あんな嘘を」


「職場の上司なんて言ったら、バレるでしょ」


「……」


 言われてみれば。


 俺の職場知ってる人に、「職場の同僚」或いは「職場の上司」って言ったら特定するも同然だったわ。


「なるほど」


「わかった?」


「わかりました」


 ちゃんと理由があった。


 さすがハニー。


 ……あれ?


「……もしかして、帰ってから不敬罪で処刑されたりする?」


「しないわよ!?」


 ハニーが本気で驚いた顔をした。


「本当に?」


「するわけないでしょ!私が言い出したのよ!?」


「でも、あとから『やっぱり不敬だったわ』とか」


「言わないわよ!」


「言いそう」


「言わないってば!」


「じゃあ良かった」


「何を本気で心配してるのよ!」


 だって皇族怖いんだもん。


「もう……」


 ハニーが呆れたように息を吐いて、ふいっと前を向いて歩き出す。


 でも、少しだけ口元が緩んでいた。


 ……まあ楽しそうだし、いいか。


「それに……悪い気分ではなかったわ」


「彼女扱いが?」


「……街を歩いて、普通の人と普通に話すことが」


「ああ」


 それは、わかる。


 第七皇女エレオノーレ・フォン・ライヘンバッハとして歩けば、誰もが頭を下げる。


 でも、今の彼女はただの食べ歩きをする女の子で、アンナちゃんから見れば俺の彼女さんでしかなかった。


「楽しいならよかった」


「ええ」


 だったら、もう少しくらいぶらぶらしようか。

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