第31話 亡国の王子、相談される
「あら、ロビンくん」
教会へ入ると、ちょうどヘレナさんが礼拝堂の奥から出てきたところだった。
「こんばんは、ヘレナさん」
この人を見ると、アンナちゃんとはまた少し違った意味で癒される気がする。
「まだ夕方だけど、今日はお仕事はどうしたの?」
「上司が、『今日は仕事終わり』と言ってくれたので早めに終わったんです」
そう!
エレオノーレ殿下が「昨日の夜会で疲れたから今日はもう無理」と言い、リズも「じゃあ、私も久しぶりに麦穂亭行こうかしら」と言ったので、ほぼ定時上がりなのである!
なお、書類が積み上がった机からは全員が目を逸らした。
だって、俺も帰りたかったし。
「うふふ、それで来てくれたの?」
「はい、特に用はないんですが、晩ご飯食べに行く前に寄ってみようかなって」
なんとなく。
リズも「着替えたり買い物してから麦穂亭行く」と言っていたので、俺も寄り道しようかと思っただけだ。
あと、ヘレナさんとアンナちゃんという最強癒しコンボを決めるのもアリかと思って。
「あら、嬉しい。それならお茶でも飲んでいく?」
「いいんですか?」
「ええ。ちょうどドロシーちゃんもついさっき来たのよ」
「じゃあ、ぜひ」
……あの人もいるのか。
なら、少しだけ本の話でもしていこうかな。
ヘレナさんと一緒にお茶を入れ、奥へ向かい、図書室の扉を開ける。
「……こんばんは」
なぜか、ドロシーさんに少し驚いたような顔で見られた。
「こんばんは?」
「仕事、忙しいんじゃなかったの?」
ああ、なるほど。
「忙しいんですが、昨日ちょっと大変だったので残業無しになったんです」
「……そう」
だったら本読めるわね、とか言われたらどうしよう。
「昨日、何かあったの?」
ヘレナさんがお茶を並べながら聞いてくる。
「夜会があったんです」
「あらあら、それは大変ね。ロビンくんも出たの?」
「はい。秘書官なので必須じゃないんですけどね」
夜会中に、俺の分も書類整理してくれてたリズとどっちが大変だったかは甲乙つけがたいけど。
「がんばって働いたのね。えらいわ」
「褒められてるのか、子ども扱いなのか、判断に困りますね」
「両方よ」
……それでもヘレナさんに褒められるなら、まあいいか。
「それで、ドロシーちゃん。さっきの話は?」
「……はい」
ドロシーさんが、少し嫌そうな顔をしているが、何のことです?
「さっきの話?」
「うふふ、ドロシーちゃんが少し相談があるんですって」
「俺が聞いていい話です?」
邪魔なら普通に帰るけど。
「いや、そうね。どうせだし、貴方にも考えてほしいわ」
「?」
何がどうせなんだろう。
「うちの部下がよく辞めるの」
「はあ」
……。
想像していなかった相談だった。
てっきり本関係の話かと。
「……それで?」
「それだけよ」
「いや、それだけだと何とも」
「何か意見はない?」
「なぜ俺に?」
むしろ俺自身が改善してほしい側なんですが。
ドロシーさんは呆れたように眼鏡を直した。
「よく人が辞めると噂の第七皇女宮で、長持ちしている秘書官でしょう?」
「いや、そう言われるとそうなんですけどね!?」
長持ちって。
生鮮食品じゃないんだから。
「何か、辞めない秘訣みたいなものがあるんじゃないの?」
「何かと言われても……給料と寝床?」
「それだけ?」
「ご飯?」
「もっと職場環境の話をして」
「はい」
怒られた。
でもなぁ。
「一回、職場にお邪魔しても良ければ、具体的な助言もできるかもですが」
職場の空気というのは、行ってみないと分からないものである。
書類上は完璧なのに、入った瞬間に「あ、無理だ」と分かる職場もある。
「い、いや、連れて行けるわけないじゃない!」
……。
「まあ、無理にとは言いませんが」
「そうね。とりあえず一般的な回答が欲しいわ」
一般的な回答……。
王族時代と教会で過ごした時代と、皇女秘書官時代ってどれが一般的かな、ハハハ。
「えー、じゃあ給料は?」
「一般より高いわ」
「休みは?」
「規定通り取らせてるわ」
「人間関係」
「問題があるとは聞いてないわ」
「仕事量」
「普通」
全部即答。
うーん。
「ドロシーさん」
「何?」
「その『普通』って、誰基準です?」
「……私?」
「それだ」
「何よ」
「原因候補一個見つかりました」
「どういう意味?」
「真面目で仕事できる人の『普通』は信用ならないんですよ」
自分が三日で本読んだから、あなたもできるでしょ?って言ってきた人だし。
「失礼ね」
ドロシーさんは少しムッとした顔をするが、その横でヘレナさんが口元を隠して笑っている。
助けてください。
「ドロシーちゃんは真面目だから、相手にもちゃんとしてほしいのよね」
「当然でしょう」
「でも、その『ちゃんと』が人によって違うのかもしれないわねぇ」
「……」
ヘレナさんのフォローを受けて、ドロシーさんが少し考え込む。
うん、つくづく真面目なんだな、この人。
「ロビンくんなら、どうするの?」
ヘレナさんが面白そうに聞いてくる。
「俺ですか?」
「部下がよく辞めたら」
「まず辞めた人に理由聞きます」
「……」
ピタッと音がしたかと思うくらい綺麗にドロシーさんが固まる。
「聞いてないんですか?」
「……辞めた後に元上司にうるさく言われたら迷惑でしょう?」
おお。
人の心がある。
「だったら、今いる人に匿名で聞くとか」
「なんで匿名にするの?」
「上司に『この職場の何が悪い?』って聞かれて正直に答えられる人、いないですよ」
「私なら答えるわ」
「ドロシーさん基準で世の中を作らないでください」
たぶんこの人、「貴方のここが嫌です」って上司の顔を見て言えるんだろうな。
普通は言えねぇよ。
まあ、俺の嫌な予感が正しければ、この人に上司っていないけど。
「……もしかして、私怖い?」
ドロシーさんが、ぽつりと言った。
あ、気付いた。
「たぶん」
「そう」
素直に答えると、少しドロシーさんがしょんぼりしてしまった。
あ、まずい。
「でも、改善しようとしているドロシーさんは、良い上司だと思いますよ」
「そうかしら」
「気にしない上司、山ほどいますから」
「……そう。参考になるわ」
ドロシーさんが、少しだけ姿勢を戻した。
立ち直りが早い。
「そうですか?」
「耳が痛いけれど」
「それは申し訳ない」
「でも、必要ね」
こういうところが、この人の良いところなんだろう。
だったら、ついでに。
「あと、分からないことを聞ける人が職場にいるかどうかも大きいと思いますよ」
「聞ける人?」
「はい。一番辛いのって、何が分からないのかすら分からない状態だと思うんですよ」
「……」
「だから、質問しやすい人が職場に一人いるだけで空気ってだいぶ変わりますよ」
うちは、リズがなんでも答えてくれるのが実は結構ありがたい。
たまに、考えてるだけで聞いてないことまで答えられるのが怖いけど。
「一理はあるわね」
うん、こういう苦言を受け入れてくれる辺り、やっぱりドロシーさんは上に立つ器なんだな、と思う。
エレオノーレ殿下も割と愚痴とか聞いてくれるしね。
聞くだけで仕事は減らしてくれないけど。
仕事は減らしてくれないけど!
「うふふ」
ヘレナさんがお茶を飲みながら、にこにこ笑っている。
「何です?」
「ロビンくんもちゃんと助言とかできるようになったのね、と思って」
「どういう評価ですか、それ」
俺、昔からそこまで駄目な人間ではなかったと思うんですけど。
「だって、教会にいた頃、子どもたちと一緒にお菓子のつまみ食いして怒られたじゃない」
「ヘレナさん!?」
なんで今それ言うんですか!
ドロシーさんの視線がこちらへ向く。
「……あなた、本当に教会で問題起こさなかったの?」
「……一応」
「一応って何よ」
「あれは犯罪ではないので」
「そういう問題?」
「あと、子どもたちが『ロビン兄ちゃんも食べよう』って」
「子どものせいにしない」
「はい」
怒られた。
なぜ俺は、仕事の相談にちゃんと答えた結果、教会で説教されているのだろう。
その様子を見て、またヘレナさんが笑っているので、この人の一人勝ちな気もする。
よし、ドロシーさんも少し元気出たようだし、お茶飲み終わったら麦穂亭に行こう。
監査まで、あと五日。
……今日は飲んで、明日から本気出す。




