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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原詩荻
第二章 第五皇女ドロテア

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第29話 亡国の王子、はかられた

「そういえば、ロビン」


「んー?」


 第七皇女宮の執務室で書類を確認していると、リズが声をかけてきた。


 眠い。


「昨日、仕事終わった後、走って城門出てったみたいだけど、何かあったの?」


「……なんで知ってるの?」


 ……ちょっと眠気が減ったんだど。


「門番さんが『ロビン殿がすごい走っていきましたけど、何か緊急事態ですか?』って聞いてきたのよ」


 ああ、なるほど。


「心配かけてごめん。ちょっと教会に用事があって」


「ふーん?」


 リズの目が細くなる。


 なんだ、その顔。


「ロビンって熱心な信徒だっけ?」


「いや、困った時に神頼みするくらい」


「じゃあ、女だ」


「結論が速い」


 宗教の話をしていたはずなのに、どうしてそうなった。


「だって、熱心な信徒でもない男が、仕事終わりに全力で教会へ走るのよ?」


「まあ」


「しかも夜」


「うん」


「女ね」


 たしかに、結果としてドロシーさんに会った。


 ヘレナさんにも会った。


 なので女性に会いに行ったと言われると、間違ってはいない。


 でも、女に会いたくて夜中に走ったと言われると、ものすごく違う。


「違うような、違わないような?」


 リズの目がキラリと光った気がする。


 なんでそんな楽しそうなんだよ。


「どんな人?」


「本好きで、眼鏡かけてて、真面目で、口うるさい人」


 この評価をドロシーさんに聞かれたら怒られそうだな。


「美人?」


「まあ、綺麗な人だと思うけど」


「年は?」


「俺より少し上かな」

 

 たぶん。


「何してる人?」


「知らない」


「胸は?」


「なんでそこまで聞くんだよ」


「大事でしょ」


「何に?」


「色々」


 リズ、そのニヤニヤ顔やめない?


「普通だと思うけど」


 正確にはそこまで見ていない。


 ヘレナさんやアンナちゃんくらい圧倒的ならともかく、ドロシーさんはそういう意味で印象に残る人ではない。


「ふーん。ちゃんと胸も確認したんだ?」


「言い方!」


 なぜだ。


 何も間違ってはいないのに、リズが言うと急にやましい響きになる。


 そして、たぶんリズはわざとだ。


「……部下の信仰にまで口を出すつもりはないんだけど」


 長椅子の方から静かな声がした。


 エレオノーレ殿下が、書類を片手にこちらを見ている。


 いつものだらけ姿である。


 ただ、なぜかさっきまで食べていた菓子の手が止まっていた。


「あまり熱心な信徒だと、少し困るかもしれないわね」


「もしかして、殿下のご迷惑になります?」


 昨日、ドロシーさんとも話した『皇帝が教会を疎んじている』という噂を思い出しながら聞く。


「そこまではいかないけど、お父様が教会を嫌っていてね」


「ああ、やっぱり噂は本当なんですね」


 まさか皇族自身から裏を取ることになるとは思わなかったけど。


「噂を知ってるなら話は早いわ。だから、皇城内であまり熱心に語ったりすると、少しだけ居心地が悪くなるわよ」


「少しだけ?」


「皇帝陛下が嫌いなものを、わざわざ目の前で褒める趣味のある貴族は少ないでしょう?」


「すごく納得しました」


 権力者が嫌っているものは、明確に禁止されていなくても周囲が勝手に避け始める。


 よくある話だ。


 父上が嫌いな野菜が晩餐会から少しずつ消えていったこともあった。


 ……あれは違うか。


「まあ、貴族にも、官吏にも、騎士にも信徒はいるわ。ただ、声高に言わない方がいい、というだけ」


「なるほど」


 帝国内に信徒も普通にいる。


 それでも皇城内となると、話は別なのだろう。


 ここは世界で一番皇帝に近い場所である。


 良くも悪くも。


「つまり、一秘書官が教会に出入りしているくらいなら問題はないわ。あなたの経歴も知っているし」


「お気遣いありがとうございます」


 採用時の書類にも、俺がテルシア教会の保護を受けていたことは明記されている。


 今時珍しい経歴でもなければ、嘘でもない。


 全部でもないだけである。


「だから、あまり城内で話題にしすぎるのはやめておきなさい」


「はい」


「特に、貴族の前ではね」


「わかりました」


 素直に従う。


 面倒ごとは避けたい。


 もう既にだいぶ避けられていない気がするけど、気持ちだけはいつも避けている。


「明日の夜会でも注意してね」


「はい」


 ……。


 ……ん?


 今の会話おかしくなかったか?


「エレオノーレ殿下」


「なに?」


「明日、夜会なんですか?」


「そうよ。あなたも出るわよ」


「聞いてませんが?」


「言ってなかったっけ?」


 ポリ、と音をさせながら菓子を食べるその楽しそうな顔は確信犯ですね、殿下!?


 だが、俺は夜会になぞ出たくない!


「殿下、夜会となれば前回と異なる服を着なければなりませんよね?」


「そうね」


 よし、言質は取った。


 ふ、のんきに菓子を食べてられるのも今のうちですよ、殿下。


「先日は、自動調節魔術付きの礼服をお借りしましたが、毎度あれをお借りするわけにもいきません」


 あの後知ったが、自動調節魔術付きの服はマジで高かった。


 汚さなくて良かった。


「そうね。前回着たのと同じになっちゃうし、違うのが必要ね」


 基本的に、夜会やパーティでは出席者は毎回違う服を着る。


 まあ、見栄というか、『ちゃんとこういうの買えるだけのお金ありますよ?』というアピールでもある。


 昔は、一回しか出番のないドレスや礼服ってもったいなくね?と思ったこともあった。


 でも、あれはあれでデザイナーや被服業者の雇用創出というちゃんと意味があると知ったのは割と最近の話。


「恐れながら、殿下。そうなりますと私には、夜会に着ていけるような礼服がございません」


 この一か月ちょっとの勤務であらかじめ作っておくようには言われてない!


 故に俺は悪くないが、夜会にも出れない!


 勝った。


「リズ」


「はい、これロビンの礼服。とりあえず一着だから汚さないように気を付けてね」


 すっごいイイ笑顔のリズが礼服を取り出した。


 ……。


「……なにそれ?」


「礼服」


「誰の?」


「ロビンの」


「……」


 おかしい。


 そんなもの注文した記憶がない。


「先日一緒に行った服屋から届いたのよ。あ、私服も後で渡すわね」


 まさか。


「……リズ」


「何?」


「何のために、あの店で俺のサイズを測った?」


「夜会用の礼服を仕立てるためだけど?」


「偽装用の服って言ったじゃん!」


「それも作るわよ?」


「普段着も!」


「買ったわね」


「じゃあ礼服は!?」


「そのついで」


「ついでが多すぎる!」


 謀られた!?


 いや、一言も嘘は言われてないけど!


「甘いわね、ロビン」


 リズが声を立てて笑う。


 一方、エレオノーレ殿下は書類を持ち上げており、表情が見えない。


 だが。


 ……肩、震えてますよ。


「殿下」


「なに?」


「知ってましたね?」


「何のこと?」


「俺が何も気付かずに採寸されたこと」


「さあ?」


「目を見てください」


「今忙しいの」


 絶対知ってた。


「……ああ、俺のバカ」


 なんで気付かなかった。


 顔つなぎも買い出しも全部ついでで、本命はこれだったんだ。


 あんなに丁寧に採寸をするなんて、いくらでも怪しかっただろ。


 俺、本当に王族教育受けてた?


「というか、監査準備中に夜会開かないでほしいんですが」


「そんなのに配慮してもらえるはずないでしょ」


 エレオノーレ殿下が呆れた声を出す。


 まあ、たしかに「監査準備があるから、皇族や有力貴族の予定を変えろ」なんてのは、死にたい人が言う言葉だよね。


「そもそも、なんで俺も出るんですか?」


 ただの秘書官である。


 俺が出なくてもよいのでは?


「前回、優秀だったからよ」


 エレオノーレ殿下が当然のように言う。


「……」


「仕事もちゃんとしてたし」


「……」


「会話も問題なかったし」


「……」


 無言で天井を見るしかなかった。


 前回の夜会では、確かにちょっと頑張った。


 ジルベルト殿下に絡まれ、カミラ殿下に絡まれたけど。


 エレオノーレ殿下の側でそれっぽく秘書官をがんばった結果がこれである。


「嫌そうね」


「嫌です」


「私も嫌よ」


「では、欠席しても?」


「ダメ」


「ですよね」


 知ってた。


 窓の外を見ると、今日も帝都の空は青かった。


 走って逃げたくなるほどに。


「……夜会、雨で中止にならないかな」


「屋内よ」


「知ってます」


 現実逃避くらいさせてください。


 ――今度こそ、夜会で何事も起きませんように。


 昨日に引き続き、神様へ祈っておいた。


 困った時だけで申し訳ないが、こういう時のための信仰だと思いたい。


 監査まであと七日。

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