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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原詩荻
第二章 ???

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第27話 亡国の王子、荷物を持つ。

 リズに連れてこられたのは、大通りから少し外れた小さな文房具店だった。


 看板は出ているが、目立たない。


 窓も小さい。


 知らなければ通り過ぎるような店だ。


 中へ入ると、カウンターの奥にいた初老の男性が顔を上げた。


「おや、リーゼロッテさん。珍しい」


「ご無沙汰しています」


 ちなみに、リズは部屋に寄って着替えていた。


 メイドさんと街中を歩く男にならなくて良かった……。


「今日は何を?」


「買い物と、顔合わせです」


 リズが半歩横へ退く。


「こちら、ロビン。新しい秘書官です」


「ロビンです。今後、お世話になるかもしれません」


 本音はお世話になりたくない。


 だって、見た目は普通の店なのに、よく見ると棚の配置が妙なんだもん。


 奥が見えない。


 入口の脇には、装飾に見せかけた小さな魔術具。


 ……うわぁって感じである。


「よく見てらっしゃる」


 男性が少しだけ目を細める。


 やべ、バレた。


「じろじろ見てしまって、すみません」


「いえいえ、ちゃんと“わかってらっしゃる”秘書官さんですね」


「でしょう?」


 なぜかリズが満足げに頷く。


 やめてください。ただの下級官吏です。


「爺さん、とでもお呼びください」


 少し楽しそうな顔に変わった気がする男性がにこやかに名乗るが……


「それはお名前ではないのでは?」


「裏方相手に本名なんぞ聞くもんじゃないですよ」


「なるほど」


 筋は通っている。


 俺も本名を名乗っていないので、文句は言えない。


「文具全般を扱っております。今後ともよろしく」


「全般、ですか」


「はい」


「……わかりました、よろしくお願いします」


 爺さんの表情がにこやかなまま変わらないのが、逆に怖い。


 顔合わせは終わったと判断したのか、リズが普通に買い物を始める。


「今日は普通に、紙とインク。それから例のインクも入荷してたらください」


「はいはい、重いですよ?」


「今日は荷物持ちいるから大丈夫です」


「仲が良いんですね」


 爺さんがからかうように言うが、今の会話のどこに仲良し要素があったのか誰か教えてほしい。


 というか『例の』とか言ってる時点で普通の買い物じゃないんだけど大丈夫?



 その後も何軒か回った。


 花屋や本屋、魔術具を扱う小さな工房。


 どの店でも、リズは俺を第七皇女の秘書官として紹介した。


 顔つなぎが必要なのは分かる。


 第七皇女宮の仕事をしている以上、リズだけに任せきりにするわけにはいかない。


 ……分かる。


 分かるけど、もう少し普通の店がよかった。


 パン屋さんとか。


 美味しいご飯屋さんとか。


「次はこっち」


「はい」


 お腹空いたなぁ、なんて油断している隙に連れ込まれたのは服屋だった。


「お待ちしておりました、リーゼロッテ様」


 若い女性店員がリズに深く頭を下げた。


 ……もしかして、ここも裏方なの?


「この人の採寸をお願い」


「はい」


「待って」


 リズがとても不思議そうな顔でこちらを見るが、絶対計算ずくでその顔してるだろ、お前。


「何?」


「なんで俺の採寸を?」


「必要だから」


「なんで?」


 この会話の間にも店員さんは俺の身体の各部を採寸している。


 早い、プロだ。


「毎回自動調節魔術付きの服着てたら高く付くから」


「嫌な予感がするんだけど」


 今度は何を着せられるんだ、俺。


「偽装身分に合わせた服、身体の線を変える下着、靴底で身長を調整する靴とか色々よ」


「あー……」


 あるよね、そういうの。


 わかる。


「あと、暗器を仕込む服も作るわよ」


「今のは聞かなかったことにする」


 わかんなかった。


 帝都は恐ろしいところである。


 服屋で命の危険を感じる日が来るとは。


「ロビン、ついでにこれ羽織ってみて」


「ん」


 素直に渡された上着を羽織ってみる。


 ……うん、明らかに物がいい。


 そして、たぶん値段もいい。


 王子の頃なら、この程度の服は文字通り掃いて捨てるほど持ってた。


 今の俺には、ちょっと立派すぎる。


「これは?」


「普段着もついでに買いましょ」


「俺の?」


「ロビンの。ついでにこのシャツと、この靴もいいわね」


「監査準備どこ行った?」


「デートの時には、男がいい服着てた方が女は喜ぶのよ」


「今日はデートじゃねぇだろ」


「未来の話よ」


 ん?


「今、告白された?」


「調子乗んな」


「怖い!?」


 急に真顔で言うのやめてほしい。


 温度差が怖いんだよ。


 ちょっとした冗談じゃないか!


「ほら、これも合わせてみて」


 リズが今度は革紐のブレスレットを差し出してきた。


「アクセサリーまで?」


「裏に小さな収納魔術がかかってる。紙を一枚か二枚なら隠せるわ」


「普通に便利だな」


「でしょ?」


 うん、デザインも悪くない。


「リーゼロッテ様の彼氏さん、面白い方ですね」


 店員さんが口元を押さえて、リズに笑いかける。


 何だこの状況。


「彼氏じゃないです」


「ええ。まだ違います」


「リズ?」


「調子に乗ったら殺す」


「今の流れで俺が悪いことある?」


 女心とは難しい。


 家庭教師の先生も「女心を理解するのは無理です。諦めてください」としか教えてくれなかった。


 王族教育役に立たねぇな!?


「私服は自腹ね」


「いきなり高いものを買わされた」


「給料はちゃんと出てるでしょ?」


「出てるけど!」


 出てはいる。


 秘書官になったことで、下級官吏としてはかなり良い給料をもらっている。


「別に私が出してもいいけど」


「それは嫌だ」


 なんとなく。


「じゃあ、自分で買うのね」


「はい……」


「では、こちらは他のと一緒に第七皇女宮へお届けしておきますね」


「ありがとうございます」


 今日持つものが増えないのは助かる。


 ……そういえば。


 必要最低限以外の私物を自分で買うの初めてだな。


 なお、本は生活必需品である。これは譲らない。



 結局、私服も買わされた上で服屋を出た頃には、日が少し傾き始めていた。


 俺の両腕には、大量の荷物が搭載されている。


「重い」


「頑張って」


「リズ、半分持って」


「かよわい女の子に持たせるの?」


「それを言う女の子は、大体かよわくない」


 隠されてる気はするが、たぶんリズと本気で戦ったら負けると思う。


 ちなみにエレオノーレ殿下にも、正面からやったらたぶん勝てない。


「失礼ね」


「裏方の統括に向かって何を信じろと?」


「見た目?」


「見た目は綺麗だよ」


「……急に素直ね」


「事実だからな」


「そう」


 リズの頬が少しだけ赤くなる。


 勝った。


 普段からかわれてばかりなので、珍しく反撃に成功した気がする。


 あ。


「リズ。ちょっと待って」


 いい感じの菓子の屋台が出ている。


「ああ、お土産?」


「そう」


「忘れてなかったのね」


「忘れたら怒られるだろ」


「怒らないと思うけど、拗ねると思うわ」


 たしかに。


 たぶん、エレオノーレ殿下は表向きには何も言わないまま拗ねそうだ。


 怒られるよりめんどくさい。


「その……蜂蜜とナッツ入りのやつ、六つください」


「毎度!」


「六つ?」


 リズが首を傾げる。


「殿下とリズと俺の分。あと、戻った時に侍従さんに渡す用」


 あと、ヘレナさんとドロシーさんの分。


「侍従?」


「この前、カミラ殿下を止めようとして青い顔してた侍従さんがいたから」


「ああ、あの子ね。喜ぶと思うわよ」


 菓子の包みを受け取る。


 荷物がまた増えたが、これはいい。


 甘い匂いがする荷物は、精神に優しい。


「ロビン」


「ん?」


「今日は楽しかった?」


「そうだな……」


 横目でリズを確認する。


 こうして街で並んでいると、職場で見る時より少しだけ年相応に見える。


「なんか怖い店巡って、私服を見繕われて、帰ったら書類が待ってる一日だけど」


「けど?」


「まあ、悪くはなかった」


「ならよかった」


 リズが満足そうに頷く。


「リズは?」


「私?」


「楽しかった?」


「仕事よ」


「それは知ってるけど」


「……まあ、悪くはなかったわね」


「ならよかった」


「真似しないで」


「痛い!?」


 軽く脇腹をつつかれた。


 ちょっとドヤ顔しただけなのに何故だ。


「じゃあ、帰りましょ。書類が待ってるわ」


「現実に戻すな」


「監査まであと十日よ」


「私服買ってる場合じゃなかったな」


 忘れたい現実だった。


 帝都の夕方は、商人が荷車を引き、子どもが走り、呼び込みの声が響いている。


 監査準備さえなければ、かなり穏やかな時間だった。

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