第26話 亡国の王子、酷使される
「ロビン、これもお願い」
「ん」
リズから渡された書類を受け取り、右側の山へ置く。
「ついでにこれも」
「わかった」
積む。
「それからこれも」
「いい加減にしろよ?」
「だってー」
リズが「えー」みたいな顔をしている。
やめろ。
「だってじゃない」
「ロビンのケチ」
「可愛く頬を膨らませても書類は減らないんだよ」
机の上には、監査に備えて整理した書類が積み上がっている。
――窓からは良い天気が見えている。
外はきっと気持ちいいんだろうな。
「でも、監査の準備ってやっぱり大変ねー」
長椅子から、他人事みたいな声がした。
クッションに半分埋まった銀色の物体。
エレオノーレ殿下である。
だらけているだけに見えるが、ちゃんと書類を確認してはいる。
たぶん、きっと。
「結局、監査日がいつになるかは返事待ちなんですよね?」
「ええ。ドロテア姉様の返答待ち」
「その間に、見られて困るものを隠すと」
「違うわ」
「違うんですか?」
「見られると説明が面倒なものを、適切な場所へ移すのよ」
「同じでは?」
「公的な仕事では言い方が大事なの」
まあ、似たようなことは習ったなー。
撤退ではなく転進。
値上げではなく価格改定。
隠蔽ではなく適切な情報管理。
言葉とは便利なものである。
「でも、ロビン。昨夜は結構遅くまで起きてたでしょ?」
リズが書類を俺の机に増やしながらジト目で聞いてきた。
ギクリ。
「やっぱり隣の部屋だとわかる?」
「さすがに音は聞こえないけど、光が廊下にちょっと漏れてたから」
「ちょっと本を読みふけっちゃって」
昨夜、ドロシーさんに借りた本を読んでいたせいで少し寝不足なのだ。
内容は面白かった。
とても面白かった。
だから余計に睡眠時間が削られた。
ぶっちゃけ眠い。
「余裕ありそうだから、仕事増やせるわね」
「しまった!?」
教会で過ごした頃と違って消灯時間の存在しない宿舎が全て悪い。
そんな風に責任転嫁をしていると――
コンコン。
ノックの音が響く。
もう恒例の切り替えパフォーマンスを見るまでもなく、殿下は既に着席して、表情を消していた。
「入りなさい」
「失礼いたします。エレオノーレ殿下。ドロテア第五皇女殿下より、お手紙をお預かりしております」
文書係が一礼して手紙を差し出す。
リズが受け取り、確認してから殿下へ渡す。
「確かに」
文書係が退室すると、殿下の姿勢がすぐに崩れた。
「お返事、来ちゃったわねぇ」
「来ちゃったわね」
「来ちゃいましたねぇ」
この手紙の内容次第で、俺がドロシーさんに怒られるかどうかが決まる。
監査の日付が明日とか書いてあったら……うん、無理だ。
「さすがに明日とかは書いてないですよね?」
「ドロテア姉様だからそれはないわね」
エレオノーレ殿下が、自信満々に言いながら封を切る。
よほど信頼してるんだな。
「そんなこと言って、明日って書いてあったら面白いわね」
リズが笑いながら言うが、面白くないからな?
そうなったら俺は今すぐ体調不良で休みとるからな?
「ふむ……十日後、だってさ」
手紙を確認した殿下がポツリ、と言う。
十日。
長いような、短いような……
とりあえず明日ではなかった。
「十日後ねぇ……リズ?」
殿下が何かを考え込むようにリズに確認する。
「そうですね」
リズはどこからか取り出した手帳を見ながら、少し考える顔をする。
「たぶん、なんとか……ロビンを酷使すれば」
「おい」
前提条件おかしいだろうが。
「ぎりぎり?」
「疑問形やめろ!」
「じゃあ大丈夫ね」
殿下が「なーんだ、安心した」みたいな顔で言う。
「大丈夫じゃないですよ!?」
なんで納得したんですか。
今の会話のどこに安心材料があったんですか。
「あなた、この一か月で何回無理を通したと思ってるの」
「思い出したくないです」
「じゃあ大丈夫よ」
「論理の飛躍がすごい」
だが、否定しづらいのが辛い。
実際、なんとかしてしまってきた。
一か月間、「文官を増やしてください」と文句を言いながら、なんだかんだどうにかしてきてしまった。
これは俺が悪いのか?
「ああ、でも殿下。四日後に……」
リズが、ふと思い出したように言った。
「そうね……じゃあ、リズ今のうちに行ってきて」
「はい」
……何の話だ?
「じゃあ、ロビン。行くわよ」
なにが『じゃあ』なんだよ。
「何が?」
「街に買い出し」
うん、わかんない。
「何もかも意味が分からないんだだけど」
「監査に必要なものの買い出し。ついでに、裏方の一部にあなたの顔つなぎもしときましょ」
「顔つなぎ」
「俺の?」
「そう。今後、私がいない時に困るでしょ?」
「困るような事態起きてほしくないんだけど?」
そんな重たいこと、さらっといわないでもらっていい?
「起きたらがんばってね」
「がんばれない!」
俺の返事を気にせず、リズはもう扉へ向かっている。
関係ないけど、メイド服のまま出かけるの?マジで?
じゃなくて。
「今から出かけるの?」
「今から」
「いや、書類が」
「監査に必要なもの買うのに、私に全部持たせるの?」
「……」
卑怯だ。
その言い方は卑怯だ。
「持つけど」
「でしょう?」
「でも書類は?」
「帰ってからやればいいじゃない」
「酷使!?」
やっぱり酷使じゃないか。
さっきの「ロビンを酷使すれば」は比喩でも冗談でもなかった。
「いってらっしゃーい」
エレオノーレ殿下が、長椅子に戻りながら手を振っている。
完全に見送る側の姿勢である。
「殿下は?」
「正直行きたいんだけど、留守番」
「留守番」
「大事な仕事よ」
「寝るだけでは?」
「失礼ね。考え事をするの」
「長椅子で?」
「長椅子が一番考えがまとまるのよ」
絶対嘘だ。
いや、本当かもしれないのが怖い。
「あ、お土産よろしくね」
「……はい」
結局それか。
まあ、買ってくるけど。
今の『正直行きたい』が若干本音なのも分かってしまうし。
だから。
「殿下」
「なに?」
「いってきます」
何となく、そう言う。
ちょっとだけ驚いたような顔で殿下がこっちを見る。
「いってらっしゃい」
少しだけ柔らかい気がした声を背に、リズの後について執務室を出る。
……まあ。
たぶん、長椅子の上ではあるが、俺たちが出かけている間も働いてくれているはずだ。
それなら、俺も少しは頑張るけど。
問題は。
……夜の読書時間、どれくらい残せるかなぁ。




