第3話 亡国の王子、算数を疑う。
「では、仕事内容について説明するわね」
「お願い」
「基本的には、書類の整理、予定管理、関係部署との連絡、来客対応、返書の作成、会議資料の準備、各種申請の確認、招待状の選別、献上品の記録、あと……」
「待って?」
待って。
多い。
「ん、なあに?」
リズの顔は真面目だが、わかるぞ、目が笑っている。
「前任者三人分の仕事では?」
「そうよ」
「算数って知ってる?」
三人辞めたから一人補充しました、みたいな顔をしないでほしい。
簡単な算数だ。
三から一を引いたら二足りない。
帝国の官僚制は進んでいると聞いていたが、どうやら算数は進んでいないらしい。
「もちろん、すぐに全て任せるわけではないわ」
「それは良かった」
「明日からよ」
帰りたい。
「ちなみに前任者が辞めた理由は?」
「うーん……それは殿下の許可を取ってからの方がいいかな」
あ、地雷踏んだかも。
「リズに任せるわ。辞められたら困るし、教えてあげて」
エレオノーレ殿下が非常にどうでもよさそうに答えるが、すでに聞かなければよかった空気を感じるんですが。
「あの、無理に言わなくても……」
「じゃあロビン。単刀直入に言うけど、第六皇子の嫌がらせ」
リズが楽しそうに俺の言葉を遮って言ってきた。
うわーん、やっぱり、そういう話じゃないですかヤダー!!
「第六皇子、というと」
「ジルベルト殿下。女好きの遊び人で有名な人よ」
うん、噂どおりでいいのね。
都の噂では、女好きの遊び人で年上の人妻好き。
あと、顔がいいらしい。
……そんな噂が流れるなんて、みんな皇族に対する敬意ちゃんとある?大丈夫?
「そのジルベルト殿下が、何故エレオノーレ殿下に嫌がらせを?」
「自分より下の順位の皇族が殿下しかいないから。時々思い出したように嫌がらせしてくるのよ」
「それだけ?」
「それだけよ。気が向いた時にちょっかいをかけてくる、それだけの理由」
理由がひどい。
「本人に悪気はあんまりないんだけど、それが余計タチが悪いってやつ」
最悪な情報だな。
「具体的にどういう感じで辞めさせられたんですか?」
「一人目は奥さんの実家側に妙な圧力がかかって」
「うわぁ」
「二人目はお子さんに対して急に大量の贈り物が届けられて……」
「うわぁ」
「三人目は実家に大量の豚が送りつけられた」
「豚?」
「豚」
「なぜ豚」
「嫌がらせでしょうね」
「豚に罪はないのに」
「そこ?」
いや、そこだろう。
豚は何も悪くない。
食べればおいしいし。
「ちなみに、あなたも他人事じゃないわよ?」
「は?」
いや、他人事ですが?
「配属された時点で、もう多少は目をつけられていると思った方がいいわ」
「配属だけで!?」
ああ、そういう理屈か。
皇族の周りというのは、本当に面倒くさい。
「軽ければ、宿に虫を放たれる」
「嫌だなぁ」
「中くらいなら、財布を盗まれる」
「困るなぁ」
「重ければ、暴漢に襲われる」
「犯罪ですね」
「宮廷ではよくあることよ」
「宮廷怖い」
消耗品管理課とかが良かった。
インク壺の残量を管理したかった。
誰かの陰謀でインク壺が割れても、床が汚れるだけである。
俺の血で床が汚れるより、はるかに健全だ。
「ちなみに、今の宿はどの辺りなの?」
エレオノーレ殿下が会話に参戦してきた。
聞いてたんですね。
「南門近くの安宿です」
「治安は?」
「悪くはありません」
「良くもない?」
「安宿ですので」
正直、俺にとっては十分だ。
雨風をしのげる。
寝台がある。
この五年の生活を思えば、かなり上等である。
「荷物は?」
「鞄一つ分くらいです」
「少ないのね」
「身軽な方が何かと便利なので」
口にしてから、少しだけ失敗したと思ったが表情には出さない。
普通の下級官吏は、たぶんそんなことを言わない。
身軽な方が便利。
それは、いつでも逃げられるようにしている人間の言葉だ。
「リズ」
「はい。宿の場所は確認しておきます」
殿下とリズのやり取りが怖いんですが?
「監視?」
「必要な安全確認よ」
一応聞いてみるが、リズにすごくいい笑顔で返される。
「監視ですね?」
「必要な安全確認よ」
怖い。
就職初日なのに、宿の場所を管理されようとしている。
いや、皇族直属の秘書官なのだから当然なのかもしれない。
当然なのがヤダ。
「まあ、今すぐ何かが起こると決まったわけじゃないわ」
「慰めになってるようで全然なってないよね」
「でしょうね」
「そこは『そんなことないわよ』って言って?」
「そんなことないわよ」
「棒読みだなぁ」
「メイドに何を期待してるの」
優しさ。
いや、別にメイドでなくても優しさはほしいが。
「ま、そんなわけで結構仕事溜まってるから頑張ってね?」
そう言って指さされた小さな机は、書類の山に囲まれて救助待ちの孤島みたいになっている。
「机の上にあるのが、今日中に確認だけでも終わらせたい書類ね」
「……今日中?」
「うん」
「期待が重い!」
「私なんてメイドなのに、ここ最近は文官の仕事までやってたのよ!?」
「じゃあ、もっと文官雇って!?」
俺の給料高かったけど三人分はさすがになかったぞ。
「予算ギリギリなのよ!」
「なんでだよ!?」
叫んだ瞬間、リズとエレオノーレ殿下が揃って目を逸らした。
……なんかやってるな?
いや、でも深入りはやめよう。
皇城で長生きするコツは『君子危うきに近寄らず』である。
「……わかったよ、給料分はがんばってみる」
「そうしてちょうだい。今日中にできそう?」
「まあ、確認だけならあれくらいは」
「……本当に?」
驚くなら聞くなよ。
でも、昔、父上と兄上の横に座らされて似たようなことをやらされたことがある。
なお、その時の父上の言葉はこうである。
『アルバート、王族というものはな、書類に殺されるか、人に殺されるかを選ぶ仕事だ』
父上。
いま俺、書類に殺されそうです。
でも、人に殺された父上と兄上よりは、たぶんまだましです。
……いや、ましではあるけど、書類に殺されるのも普通に嫌だな。




