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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原詩荻
第一章 第六皇子 ジルベルト殿下

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第2話 亡国の王子、緊張する。

 コンコン。


「入りなさい」


「失礼します」


 ああ、どうしてこんなことになったのか。


 ま、まあ?第七皇女と会ったのも一回だけで十五年くらい前のことだし?


 俺の見た目も、五年前に国が滅んだ時と比べてもだいぶ違うはずだし?


 死んだって公表されていたし?


 男子三日会わざれば刮目して見よって言うし?


 ……バレたらそっこーで逃げよ。


 ガチャ。


 そんなことを考えながら、第七皇女の執務室に入る。


 仮にも相手は皇族。


 許しがないまま勝手に顔を拝見してクビを飛ばされては敵わないので、即頭を下げる。


「お初にお目にかかります、ロビンと申します」


 ……。


 ……。


 …………。


 あれ?声かからないんだが?


「……ああ、なるほど。頭を上げていいですよ」


 あ、許可待ちだと思いついてすらいなかったんですねー。


 そんなツッコミをするほど命知らずにもなれないので素直に頭を上げる。


 銀色の美しい髪。


 澄んだ青い瞳。


 年齢は俺と同い年のはずである。


 ライヘンバッハ帝国第七皇女、エレオノーレ・フォン・ライヘンバッハ。


 幼いころに一度だけ会った少女は、見事に綺麗な女性に成長していた。


 綺麗になったなぁ。


 いや、そりゃ皇族なんだから綺麗だろうとは思っていたけど、思っていた以上だった。


 うちの国が滅ぼされてなかったら、この人と結婚してたかもしれないのか。


 …………。


 …………。


 よし、考えるのやめよう。


 人間、触れてはいけない棚というものがある。


 心の棚卸しにも限度がある。


「……あなたが、新しい秘書官ですね」


「はい。本日付で配属となりました。若輩者ではありますが、誠心誠意お仕えいたします」


 よし。


 それっぽい。


 我ながらそれっぽいぞ。


 喜んでいいのかは知らない。


「……そう」


 短い。


 え、終わり?


 もしかして面接終了?


 やっぱり「いらない」とか言われたりする?


 いいよ?


 全然いいよ?


 なんなら今からでも人事課に戻るよ?


「……リズ、仕事の説明してあげて」


「はい、殿下」


 あ、ダメそう。


 殿下の隣に控えていたメイドが一歩前に出てきた。


 入室時から視界には入っていたが、黒髪ロングの長身美女である。


 年齢は俺やエレオノーレ殿下と同じくらいに見える。


 というか出てくるまでマジで存在感薄かった。


 ……なーんか、ちょっと怖い。


「リーゼロッテです。よろしくね、新人さん」


「はい、よろしくお願いします。リーゼロッテさん」


「まずは腕を見せてもらうわ。こちらの書類を読んでみて」


「かしこまりました」


 差し出された書類を受け取る。


 中身は、第三倉庫に搬入された物資と帳簿上の在庫数が合わないという報告書だった。


 えー、誰かちょろまかしたんじゃない?


 ……あ、違うな。


 数量が合わないだけなら現場のミスで済むが、添付されている荷馬車の通行記録と門番の署名がズレている。


 納品日は三日前。


 だが、門番の記録では同じ商会の馬車が二日前にも入っている。


 なのに二日前の搬入記録はない。


 つまり、たぶん――。


「読み終わりました」


「どう思う?」


 質問が雑ゥ。


 帝国の新人研修は修羅の国なのか?


 いや、帝国は修羅の国だったわ。


 周辺国を滅ぼしまくってるもんな。


 なら仕方ないか。


 仕方ないわけないだろ。


「帳簿の誤記というより、搬入経路そのものに不審点がありますね。監視魔術をかけているならその確認をした方がいいかと」


「理由は?」


「門番の署名です。三日前は西門ですが、二日前は北門が確認しています。もし、第三倉庫に入れる荷であれば西門からの搬入が自然です。北門から入ったなら、行き先は軍務関係か皇族私有区画の可能性が高いかと」


「結論は?」


「断言はできませんが、横流し、あるいは誰かが殿下の管理区画を経由して別の場所へ物資を移した可能性があります」


「対処は?」


「私なら、まず抜き打ちで倉庫の棚卸し行います。名目は雨漏り点検でも害獣駆除でも構いません。そのうえで、門番二名を別々に呼んで記録の確認をします。誰かが嘘をついているなら、そこで齟齬が出ます」


「……」


「……あの、何か?」


「いいえ」


「……」


「……」


 エレオノーレ殿下とリーゼロッテさんがこちらをジッと見ている。


 美女二人に見られると怖い。


 あれ?


 俺、やらかした?


 下級官吏としては不自然だった?


 でも、これくらい読めばわかるよね?


「あなた」


「はい」


「本当に下級官吏志望なの?」


「はい」


「なぜ?」


 その質問、昨日もされたな。


 昨日と同じ答えでいいか?


「平穏に暮らしたいからです」


「平穏?」


「はい」


「この皇城で?」


 それはそう。


 配属先がここでなければもう少し平穏だと思うよ?


 今から帰れって言ってくれてもいいのよ?


「配属先がこうなるとは思っていませんでした」


「それはそうかもね」


 あ、リーゼロッテさんが少し笑った。


 綺麗な人が笑うと可愛いな。


「殿下」


「何?」


「この人、拾い物かもしれません」


「そうね」


 拾い物。


 犬か猫の話してる?


 いや、亡国後は割と野良犬みたいな生活だったので否定しづらい。


 つらい。


「正式に契約していいですね?」


「リズに任せるわ」


「はい」


 あ、詰んだ気配。


「では、こちらが契約書です」


 差し出された契約書に目を通す。


 え、給与がめちゃくちゃ高い。


 下級官吏の給料とは思えない。


 これなら部屋を借りるどころか、食事に一品増やせる。


 いや、落ち着け。


 高い報酬には高い危険が付いてくる。


 王族教育で習った。


 無料の贈り物には毒が入っているし、高い給料には残業が入っている。


「ご不満?」


「いえ」


「なら、署名を」


 リーゼロッテさんがスッとペンを差し出してくる。


 あ、コレ契約順守の魔術かかってやがーる。


 どうする?


 逃げるなら今か?


 そもそも皇城内で逃げ切れるのか?


 窓から飛び降りる?


 ここ三階だぞ。


 落下制御の魔術を使えば行けるけど、下級官吏がそんなことしたら一発で怪しまれる。


 それに、たぶん門で捕まる。


 そして、調べられる。


 調べられたら終わる。


「……」


「どうしたの?」


「いえ、なんでも」


「逃走経路でも考えてた?」


「考えてません」


 このメイド、鋭い。


 怖い。


 いや、職場の同僚として有能なのはありがたいけど、怖い。


 ……しかたない、署名しよう。


 無職よりはまし。


 たぶん。


 たぶん?


 ……どーにでもなーれ。


 ロ、ビ、ン、と。


「よろしくおねがいします」


 書類を手渡すとスッとサインを確認してリーゼロッテさんが微笑んでくる。


「改めて、リーゼロッテよ。リズでいいわ。同僚になるんだし」


 差し出された右手を軽く握る。


「わかった、よろしくリズ」


「辞めたらリーゼロッテさんに戻してね」


 うん。


 なんというかすっげぇ「よし、仕事押し付けよう」っていう良い笑顔してるね、リズ。


 あと、エレオノーレ殿下?


 なんかあなたもちょっと口角上がって悪人顔してません?


 昼行燈がしていい顔じゃないですよ、それ?


 それ「いい新人が入って良かった」の顔ですよね?


 殿下って新人イジメが趣味のタイプとかじゃないですよね?


 ……俺の平穏な人生、就職初日にして終わった気がする。

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