第24話 亡国の王子、飲みなおす
「今日、カミラ殿下が第七皇女宮行っただろ?」
麦穂亭の席に着くなり、ケイが身を乗り出してきた。
「なんで知ってんの?」
「カミラ殿下、今日すげえご機嫌でさ」
「ご機嫌」
「『エルもまだまだ甘いわねぇ』とか、『あの秘書官、可愛いわねぇ』とか言って笑ってたぞ」
「俺のことは気にしないでほしかった」
切実に。
皇族から目をつけられて嬉しい人間もいるのかもしれないが、俺は違う。
なるべく見つからず、目立たず、平穏に生きたい。
まだ間に合うはずだ。
「まあ、カミラ殿下は、ほとんど把握されているだろうからねぇ」
隣でギルさんが、他人事みたいに笑っている。
「ほとんどって、どこまでです?」
「さてね。第二皇女殿下は優秀で有名だろう?」
「有名ですけど」
「必要な情報を集めるのも早い。大事な妹君のところで妙な動きがあれば、調べるんじゃないかな」
「……」
否定できない。
俺がカミラ殿下の立場でも調べる。
「そりゃそうだ」
マーリンも肉をつまみながら頷く。
「俺のところにも第二皇女の使いが来たぞ。『面白い装置があるって聞いたわよ?』って」
「……ん?」
待て。
――装置?
「ケイ。もしかして、お前喋った?」
「当たり前だろ?俺、第二皇女直属だぞ」
ケイが何を今更、という顔をした。
「そうだけどさ!?」
あっれぇ!?
そりゃ、カミラ殿下知ってますよね!?
ごめんなさい、エレオノーレ殿下!
「ロビンくん、気付くの遅くない?」
ギルさんが楽しそうにエールを飲む。
他人事だと思って!
他人事だけど!!
「ど、どどどど、どこまで!?」
「落ち着けって」
「落ち着けるか!」
俺が頑張ってかき集めた第六皇子の不倫の証拠が、第二皇女殿下のところまで筒抜けだった可能性がある。
頑張ったのに!
「えーっとな」
ケイが指を折りながら数え始める。
「『第七皇女宮の秘書官が頑張って、第六皇子殿下の弱みを見つけたらしい』ってこと」
「まあ、そこは知ってても仕方ないか」
そこでケイを頼ったの俺だし。
「あと、『その結果、第七皇女殿下に対する第六皇子殿下の嫌がらせは、とりあえず止まったっぽい』ってこと」
「それも、まあ」
カミラ殿下からすれば、弟と妹の関係の話だし。
少なくとも、悪い報告ではない。
「それと、『マーリンがまたヤバいものを作ってました』」
「それは俺にはどうでもいい」
関係ないし。
「おい、ケイ。俺を売るなよ」
マーリンが顔をしかめる。
「売ってない。無料で報告しただけ」
「同じだろ」
でも、マーリンはなんというか、どうでもよさそうだ。
たぶん慣れてるんだろう。
慣れていいのかは知らん。
「だから、第六皇子の具体的な弱みは俺は知らん。というかお前が教えてくれなかっただろ」
「当たり前だろ!?」
そこまでは言わねぇよ。
さすがに俺だって酒場で話してもいい愚痴と話しちゃいけない愚痴くらいは区別する。
「というか、『第七皇女宮の秘書官が頑張って』の部分必要なかったのでは?」
「え?」
「『第七皇女宮が第六皇子の弱みを見つけた』でよくない?主語いる?」
「その方が面白いじゃん」
「お前ぇ!?」
ケイは悪びれもせずエールを煽っている。
友情とは何だろう。
そんなものはなかったのかもしれない。
「だって、『第七皇女殿下が急に動き出した』より、『新人秘書官が妙に頑張ってる』って言った方が面白いだろ?」
「報告に娯楽性を求めるな!」
「主君が楽しそうだったから問題ない」
「俺に問題がある!」
カミラ殿下が俺を面白がる原因、半分くらいこいつでは?
許せない。
次に訓練を抜け出しているところを見つけたら、騎士団へ匿名で手紙を出してやる。
「まあまあ」
マーリンが杯を置き、俺の肩を軽く叩く。
「俺やケイは、この酒場の味方である」
「おう」
いいことを言い出した。
「ついでに、面白いことの味方でもある」
「それはやめろ」
「でも、別に第七皇女宮の味方ではないからな」
少しだけ声の調子が変わった。
軽いままではある。
けれど、言っていることは正しい。
「お前のことは気に入ってる。だから、困ってたら手を貸すこともある。でも、言えないこともやれないことも当然ある」
ケイとギルさんも横で頷いている。
「わかってるよ、そこはお互い様だ」
……俺だって言ってないこともあるし、やれないこともある。
でも、日常と言える範疇内で誰かが困ってたら手ぐらい貸すさ。
「なら問題ねぇな」
一瞬でマーリンはいつもの調子に戻り、杯を掲げた。
「俺たちは良い飲み友達だ」
「ある意味、それが一番嬉しいよ」
杯を打ち合わせる。
当たり前の話だ。
俺と知り合って、まだ一か月ほど。
酒のよしみだけで、全てを投げ捨てて俺の味方をしてくれる方がおかしい。
けれど、この店で飲んでいる限りは、同じ机で酒を飲む。
たぶん、そのくらいでいい。
「マーリンは報告したのか?」
ギルさんが非常に楽しそうに聞く。
おかわりまでしてる。
無関係な人って酒が美味しそうだな、チクショウ。
「してなーい」
マーリンが楽しそうに両手を上げる。
「なんで?」
「俺が忠義を誓ったのは皇帝陛下だからな。他の皇子や皇女には、特に義理はない」
「魔導局長にも?」
「仕事の報告はするぞ。必要なら」
「忠誠心ある?」
「ポメラニアンの十倍くらい?」
いいのか、それ。
帝国の魔導技術を支える中央機関の開発班長が、局長を務める皇子に忠誠心ゼロで。
「ギルさんは?」
「俺?」
「ギルさんは誰の味方なんですか?」
気になったので聞いてみた。
「美しい女性の味方かな」
即答される。
マジでこの人、何者なんだろう。
「聞いた俺が悪かったです」
「もちろんロビンくんの味方でもあるよ」
「何で?」
「見ていて面白いから」
「まともな味方が一人もいない!」
俺は勢いよく杯を呷ったが、酒場の常連たちはそんな俺を見て笑っている。
この店には人情というものがないのだろうか。
「あれ~?」
間延びした声が聞こえた。
アンナちゃんが、大きな皿を両手に持って近づいてくる。
焼いた肉と芋。
素晴らしい香りだ。
「またケイさんとマーリンさんが、ロビンさんをいじめてるんですか~?」
「「いじめてない、いじめてない」」
ケイとマーリンが慌てて両手を振る。
「アンナちゃんは今日も綺麗だね」
ギルさんが、するっと話を逸らす。
この人、隙があればアンナちゃんを口説くな。
「ありがとうございます~。お代わりいりますか~?」
「アンナちゃんに言われたら断れないなぁ」
はい、ギルさんの負け。
アンナちゃん最強説。
「俺の分と、ケイとロビンにも一杯ずつ。俺の奢りで」
「「わーい!」」
ケイと声が完全に重なった。
奢りなら喜んで受け入れる。
そこに身分も派閥もない。
「俺は!?」
「皇帝陛下以外には義理がないんだろう?」
マーリンが勢いよく身を乗り出したが、ギルさんが涼しい顔で答えた。
まあ、マーリンの扱いが酷いのはいつものことだ。
「今は酒場の仲間だろ!?」
「さっき、面白いことの味方とも言っていたじゃないか」
「俺だけ仲間外れなの、面白くないんだけど!?」
アンナちゃんが早くもエールで満杯のジョッキを持ってきてくれる。
「では、ギルさんとケイさんとロビンさんの分ですね~」
「アンナちゃん!?」
「マーリンさんはお水で~」
「謝る!何にか分からないけど謝るから!」
「反省が足りませんね~」
「ロビン、助けてくれ!」
マーリンを無視して、新しいエールを受け取る。
冷たい。
泡もきめ細かい。
「俺は第七皇女の味方だから」
「今だけ立場を利用するな!」
ケイとギルさんが笑う。
アンナちゃんも笑っている。
店内のみんなも笑っている。
うん、奢りのエールはやっぱり美味い。
「お水も美味しいですよ~?」
「酒場で言う台詞じゃねよね!?」
今日も麦穂亭は平和だった。
マーリン以外は。
……今度から、喋る内容もっと慎重に線引きしよ。




