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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原詩荻
第二章 ???

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第23話 亡国の王子、壁になりそこなう。

「こちらお土産です」


 翌朝。


 出勤してすぐに焼き菓子の包みを手渡すと、エレオノーレ殿下は一瞬だけ目を丸くした。


「……あら。ありがとう」


 声が少し高い。


 中身を覗き込んで、「へえ」とか「ふうん」とか言っている。


 早く食べたいんだろうな。


「街の露店で買いました。焼きたても美味しいらしいです」


「そう。……まあ、もらっておくわ」


 もう包みを開けている。


 気に入っていただけたらしい。


「私の分は?」


 すかさずリズが手を差し出してくる。


「あるよ」


 リズ分の包みを渡すと、リズは満足げに頷いた。


 二人分買っておいてよかった。


「さて」


 殿下が菓子を一つ頬張りながら、少しだけ真面目な声を出す。


「ドロテア姉様に『監査は受け入れます。日付はいつにしますか』って返事、出したわ」


「出しちゃいましたね」


「出しちゃったわね」


「出しちゃったんですね」


 そっかぁ。


 三人で机の上を見る。


 当然だが、出してしまった手紙はそこにはない。


「……取り戻せません?」


「昨日出したから、もう届いてるわよ」


「ですよねぇ」


 わかってはいた。


 言ってみただけである。


 仕方ない。


「まずは必要になる書類を――」


 諦めて実務の話をしようと思った時、執務室の入口の向こうから焦った声が聞こえた。


「お、お声がけしますのでお待ちください!」


 続いて、何人かが廊下を走る音。


 ばたばた。


 どたどた。


「何ですかね」


 と一瞬目線を扉に向けた隙に、エレオノーレ殿下が動いた。


 残った焼き菓子の包みを俺の手に載せる。


 服装を整える。


 机へ移動。


 背筋を伸ばす。


 書類を一枚手に取る。


 無表情。


 完成。


 熟練の技である。


 リズも何事もなかったように殿下の斜め後ろへ立った。


 あれ、俺は?


 どうしよう、この手に持った焼き菓子。


 迷っている間に、扉が勢いよく開いた。


 バタン!


「聞いたわよ、エル!」


 入ってきたのは、銀髪碧眼の美女。


 第二皇女カミラ・フォン・ライヘンバッハ殿下だった。


 身体の線をこれでもかと強調する赤いドレス。


 大きく開いた胸元。


 今日も扇情的な格好をしていらっしゃいますねぇ。


 なお、胸の大きさ自体はエレオノーレ殿下とあまり変わらないと思う。


 ただし、魅せ方がまるで違う。


 服ってすごいな。


 いや、見てません。


 見てませんよ?


「カミラ姉様。いつも申し上げていますが、お声がけいただければ、私の方から伺います」


 カミラ殿下を止めようとしていた侍従が、扉の外で青い顔をしている。


 気の毒に。


 相手が第二皇女では、止めるに止められなかったのだろう。


 あとで差し入れしてあげよう。


「だって、エルったら呼んでもなかなか来ないじゃない」


「予定がありますので」


「長椅子でお菓子を食べる予定?」


「……何のお話でしょうか」


 すみません、殿下。


 俺、焼き菓子持ったままでした。


 怒られないように、壁際にすすすっと寄り存在感を消す。


「それより、聞いたわよ。ドロテアが監査しに来るんですって?」


 さすがに耳が早い。


 まあ、恐らく第五皇女側でも隠してはいないのだろうけど。


「……そうですね。ドロテア姉様から、正式な申し入れの手紙が届いております」


「私が代わりに断ってあげましょうか?」


 軽い。


 監査って、姉が断れるものなの?


「結構です」


 エレオノーレ殿下は即答した。


「やましいところはありませんので」


「ふうん」


 カミラ殿下が、ちらっとこちらを見た。


 いや、俺を見ないでください。


 やましいところがある書類に見覚えなんてありませんよ?


「本当に?」


「はい。カミラ姉様もお忙しいでしょうし、気にしていただかなくても大丈夫です」


「そうでもないわよ」


 カミラ殿下が、殿下お気に入りの長椅子へ優雅に腰を下ろして、脚を組む。


 目のやり場に困るからやめてください。


「“なぜか”北方連合国の使節団が急にお帰りになったから、余裕はあるわ」


 うわぁ。


 使節団が帰った理由。


 もちろん、俺は何も知らない。


 だって、俺は壁。


 焼き菓子を持っているただの壁です。


「予定を急にご変更されたとお聞きしました」


 エレオノーレ殿下が白々しく答える。


「そうなのよ。不思議よねぇ」


 カミラ殿下も笑顔を崩さない。


「何か急用でもあったのでしょう」


「でしょうねぇ」


「……」


「……」


 怖いです。


 これは、会話の形をしているが、会話ではない。


 お互いに、


『知ってるわよ』


『どこまでですか』


『どこまででしょうね』


 と言っている。


 俺には分かる。


 皇族の会話って、時々言葉の意味が消えるよね。


「まあいいわ」


 カミラ殿下が立ち上がる。


 折れたというより飽きた感じに見える。


「どうしようもなくなったら、泣きついていらっしゃい」


「その必要はありません」


「そこのロビンくんを一週間貸してくれたら、助けてあげる」


 俺!?


 ただの壁ですよ!?


 助けて、殿下!


「理由もなく貸しません」


 エレオノーレ殿下がピシャリと断ってくれる。


 幸いにも殿下は、俺を貸出備品としては見ていないらしい。


 ありがとうございます、また街に出たらお土産買ってきますね。


「……ふうん?」


 カミラ殿下が、明らかに悪い笑みを浮かべる。


 そんな表情まで綺麗なのだからズルい。


「何か?」


 対するエレオノーレ殿下は無表情というか、完璧な皇女の顔で返す。


 そして、リズは正面を向いたまま微妙にプルプルしてる。


 おい、リズ。笑いを堪えてるだろ?覚えとけよ?


「別にぃ?」


 カミラ殿下が笑みを浮かべたまま、俺の方へ近づいてくる。


「ロビンくん」


「はい」


 それ以上、近づかないでください。


 色んな意味で危険です。


「私のとこに来たら、今の倍はお給金を出してあげるわよ」


 え、ホントに!?


「魅力的なご提案ですが、お断りさせていただきますね」


「ちょっと」


 エレオノーレ殿下の声が飛んできた。


 なんでですか、断ったじゃないですか。


 これでもがんばったんですよ!


「あら、残念」


 そのまま、カミラ殿下がするっと俺の肩に手を置く。


 近いです、めっちゃ良い匂いがします。


 危ないですって、マジで。


 ……でもなぁ。


 この人、仮に俺がこの距離から本気で襲い掛かっても、余裕で返り討ちに遭うくらい強いのもわかるから超怖いです。


「あ、この焼き菓子一つちょうだい」


 あ。


 手に持ったままだった焼き菓子を一つ奪われる。


 それは――


「カミラ姉様、うちの秘書官をからかわないでください」


 ほら!エレオノーレ殿下の機嫌が明らかに悪くなっちゃったじゃないですか!!


「あら、からかってないわ。勧誘よ」


「なお悪いです」


 カミラ殿下が、声を出してすごく楽しそうに笑う。


 反対に、エレオノーレ殿下の周囲だけ気温が下がっている気がする。


 すごくがんばれば普通の姉妹喧嘩に見えなくも……うん、無理。


「ま、今日はこのくらいにしておくわ」


 カミラ殿下が俺から手を離し、扉に向かう。


「でしたら、早くお戻りください」


「冷たい妹ねぇ。ま、いいわ。エル、監査頑張ってね」


「ありがとうございます」


「……ドロテアは正しいわよ」


「ドロテア姉様ですから」


 二人ともその感想なんですね。


「正しい人間って、面倒よねぇ」


「よく存じております」


「ま、嫌いじゃないけど」


「それもわかります」


 初めて会話が噛み合った気がする。


 カミラ殿下は満足したのか、軽く手を振って、入ってきた時と同じように自由に出ていった。


 バタン。


 嵐が通り過ぎた。


 数秒後。


「はぁぁぁぁ……」


 エレオノーレ殿下が机に突っ伏した。


 お疲れ様です。


「怖かったぁ……」


「お疲れさまでした」


「褒めて」


「ご立派でした」


「もっと」


「とてもかっこよかったですよ」


「ならよし……」


 手招きされるので近づくと、机に突っ伏したまま、殿下が手を伸ばしてきた。


 焼き菓子を一つ手に載せてあげると、口元に消えていった。


 正解だったらしい。


「カミラ姉様の相手をすると寿命が減る気がするわ」


「気持ちはわかります」


 俺も皇族と喋ると寿命が減っている気がする。


「ところで、殿下」


「なあに?」


「カミラ殿下に貸し出された場合、手当はつくんですか?」


「貸さないって言ってるでしょ!」


 冗談だったのに書類が飛んできた。


 ちょっと場を和まそうとしただけじゃないですか。

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