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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原詩荻
第二章 ???

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第22話 亡国の王子、本を貸す。

 お菓子とお茶を手に持ったヘレナさんに促され、教会の奥へ進む。


 何度か来ているからわかるが、その先にあるのは小さな図書室だった。


 扉を開けると、壁一面の本棚。


 中央には、四人ほど座れそうな丸机。


 本棚しかない。


 素晴らしい部屋である。


「いい本はありましたか?」


 ヘレナさんが、図書室の奥に声をかけた。


 黒い髪。


 黒い瞳。


 そして、眼鏡。


 年は……俺より上でヘレナさんより下くらいだろうか。


 まあ、女性の年を見た目から推測するのは無理だ。マジで。


 この人が先客だろう。


 応接室じゃなくて、図書室に通されているというところから、俺と同じく本好きの常連だということがわかる。


「ヘレナさん。ええ、こちらをお借りできれば」


 女性が一冊の本を持ち上げる。


 あ、その本は俺も読んだ。


 なんて考えていると、女性は俺と目が合った瞬間、目を見開いた。


「あなたは……」


 何だ、その反応は。


 俺は、この女性に見覚えはない。


 少なくとも、帝都に来てから会った覚えはない。


 万が一。


 万が一、王国時代の知り合いだと言うなら、今すぐ俺は逃げる。


「はじめまして?」


 ひとまず挨拶をぶつけてみる。


 逃げるかどうかはその後である。


「……はじめまして。ドロシーよ」


 よし。


 はじめましてだった。


 何か隠してそうだけど、自分の腹を探られる方が困るので、俺に害がない限りは基本的には探らない!


「ロビンです」


「知っているわ」


「え」


 やっぱり俺のことを?


 まずい。


 逃げるか?


「第七皇女宮で、珍しく一か月以上辞めずに働いている秘書官でしょう?」


「……ここでもそういう扱いか、チクショウ!」


 俺の勤務日数が皇城と酒場だけでは飽き足らず、神様の家にまで広がっていた。


 こうなると帝都全体がおかしい可能性が出てきた。


 嫌だな!?


「あらあら、まあまあ。有名なのね、ロビンくん」


「嬉しくない有名さです」


 ヘレナさんが口元を押さえて笑っている。


 助けてくれない。


 この人は、昔からこうだ。


 動けるようになるまでは天使のような優しさだったのに、動けるようになってからは司祭さんがドン引きするほどのスパルタだった。


 ……おかげで回復は早かったけど。


「それで」


 ドロシーさんが、本を抱えたまま首を傾げる。


「皇城の勤め人が、大聖堂ではなくこんなところに来るなんて。何か用?」


「こんなところとは何ですか、ドロシーちゃん」


 ヘレナさんが少しだけ頬を膨らませる。


「悪い意味ではないです。私はここの方が静かに祈れて好きですよ」


「なら許します」


 許すんだ。


 というか、この二人仲いいな。


「実はヘレナさんに本を借りていて。それを返しに来たんです」


 鞄から本を取り出し、ヘレナさんに渡す。


 少し古びた装丁の推理小説だ。


 とある孤島に閉じ込められた面識のない十人の男女が童謡の詩通りに順に殺されていく話である。


 聖職者から借りる本として正しいかは知らない。


「あら、いつでもよかったのに」


「借りっぱなしは落ち着かないので」


「それで、どうだった?」


「面白かったです。最後で、ぞわっとしました」


「うふふ。それはよかった」


 最後まで読んでから「マジで?」と思って最初から読み直す羽目になった。


「絶対、その反応を見たくて貸しましたよね?」


「どうかしら」


「貸す時、妙に機嫌よかったですもん」


「気のせいよ」


 嘘だ。


 この人、昔から時々こういう小さな罠を仕掛ける。


「あ、そうだ。この作者の新作、読みました?」


「新作はさすがにまだねぇ」


「俺、昨日読み終わりました。よろしければ」


 鞄からもう一冊取り出す。


「あら。じゃあ、借りるわね」


「感想、楽しみにしてます」


 こっちは買ったばかりなので、表紙も綺麗だ。


 今日が休みなのをいいことに昨夜遅くまで読みふけった一冊である。


 ……まさか、最後にああ来るとは。


「いい趣味してるじゃない」


 横から声がした。


 見ると、ドロシーさんが俺の差し出した本を見ていた。


「この作者、お好きですか?」


「嫌いではないわ」


 ふむ?


「本、お好きなんですね」


「人間よりはね」


「うわぁ」


 初対面でなかなかの発言が出てきた。


「何よ」


「いえ。ずいぶん本への信頼が厚い方だなと」


「本は、書いてあることを急に変えたりしないもの」


「改訂版が出ますよ」


「そういう屁理屈を言うから、人間が嫌いなの」


「出会って三分くらいで嫌われたんですが」


「あらあら」


 ヘレナさん楽しそうですね?


 気が合う人って言ってませんでした?


「でも、ドロシーちゃんが気になるなら、この本も借りる?」


 ヘレナさんが、俺の持ってきた本を手に取って聞く。


「え?」


「私は急がないもの。ドロシーちゃんが読んでからでいいわ」


「いや、でも」


 目が本から離れていない。


 読みたいんだろうな。


「俺は別にいいですよ」


 読み終わっているし。


 しばらく手元になくても困らない。


「ヘレナさんに返しておいてもらえれば」


「……又貸しはトラブルの元よ」


「えー」


「誰が誰から借りたのか曖昧になる。紛失した場合の責任も不明瞭。返却期限も決まっていない」


 めんどくさいなぁ。


 本一冊の貸し借りで、契約書でも作る気か?


「……じゃあ」


 ヘレナさんに貸すつもりだった本を受け取る。


「ドロシーさん。こちらの本をお貸しします」


 ドロシーさんにその本を差し出す。


「……」


「読み終わったら、ヘレナさんに預けておいてください。俺はまた取りに来ますので」


「それでは、返却相手が所有者ではないでしょう」


「返却場所を指定しただけです」


「屁理屈ね」


「屁理屈も理屈ですよ」


 すっごい嫌そうな顔をされた。


「……本当にいいの?」


 ドロシーさんが、少しだけ声を落として聞いてくる。


「もちろん」


「あなた、まだ読んでいる途中じゃないでしょうね?」


「昨日読み終わりました」


「書き込みは?」


「してません」


「ページに開き癖を付けたりは?」


「借りた本の、開いたページに物を置いて固定する人ってありえないと思いません?」


「わかるわ。揚げ芋を食べた手で本を触る人間にも罰を与えるべきね」


「わかります」


 急に少しだけ信頼された気がする。


 どうやら、本を大切にする人らしい。


「……三日で返すわ」


「いつでもいいですよ」


「貸出期間は決めた方がいいでしょう」


「えー、じゃあそれくらいで教会に来ますね」


「なぜ?」


「どうせなら感想もお聞きしたいので」


「馴れ馴れしいわね」


 言葉の刃が鋭いんだよ、この人。


「二人とも仲良くなれそうでよかったわぁ」


 ヘレナさんはお菓子を並べながらニコニコしている。


「そう見えますか?」


「ええ、見えるわ。うふふ」


「この本がつまらなければ、評価を最低まで落とすわ」


「本を貸すのに責任感が重い」


「当然でしょう。人の時間を使わせるのよ」


「なるほど」


 言われてみれば一理ある。


 いや、やっぱりちょっと重い。


「面白かったら……私のおすすめも持ってきてあげるわ」


「あ、それはぜひ」


 それは嬉しい。


「うふふ、じゃあ、お二人とも座って。お茶にしましょう」


 図書室でお茶を飲んでいいのだろうか?


 まあ、ヘレナさんが言うならいいんだろう。


 三人で、万が一にもお茶がかからないように本を片づける。



 その後、しばらく三人で本の話をした。


 好きな作家。


 嫌いな結末。


 途中までは面白かったのに、最終巻だけがモヤっとする作品への怒り。


 ドロシーさんは、最初こそ刺々しかったが、本の話になると普通に喋った。


「どんでん返しのある小説が好きね」


「わかります。最後に『は?』と言わせてくれるやつとか」


「犯人が最初から登場していたのに、見落としていたやつとかね」


「まあ、どんでん返しであれば何でもいいとは言わないですけど」


「例えば?」


「ハッピーエンドだったのを最後にひっくり返して、バッドエンドにするやつ」


「ああ」


「あれはちょっと」


「それはわかる」


 気が合う。


 ヘレナさんの言った通りだった。


 悪い人ではなく面白い人のようだ。


 人間より本が好きらしいけど。


「では、俺はそろそろ」


 お茶を飲み終え、席を立つ。


「あら、もう行くの?」


「せっかくの休日なので、街をもう少し歩こうかと」


「そう。良い休日を」


「はい」


 ヘレナさんとドロシーさんに軽く会釈をする。


「ドロシーさんも。また」


「ええ。必ず三日で返すわ」


「本当に急がなくていいですからね」


「三日よ」


「はい」


 こういう人は止めても無駄だ。


 ドロシーさんが眼鏡を直しながら、本を抱え直す。


「あなたの感想が的外れだったら、訂正してあげるわ」


「楽しんでもらえるように祈ってます」


「そんなことで祈らないで」


 おや、信心深い人なのかな。


 教会にいるんだから、そうなのかもしれない。


「じゃあ、また」


 図書室を出る。


 礼拝堂を抜け、教会の外へ。


 うん。


 良い休日だ。


 お菓子も買った。


 本を返して、新しい読書仲間もできた。


 あとは麦穂亭でエールを飲んで帰ろう。


 ……マーリンいそうだな。

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