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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原詩荻
第二章 ???

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第19話 亡国の王子、休みを知る。

 人間というものは、慣れる生き物である。


 どれだけ奇妙な環境でも。


 ある程度は慣れる。


 第七皇女宮は表向き、昼行燈と噂の第七皇女殿下が静かに暮らす地味な宮である。


 実態は、だらける皇女と怖いメイドと、書類に殺されかける秘書官が、日々なんかよくわからないものと戦っている職場だった。


 俺の求めていた平穏な官吏生活とは、少し違う。


 少し。


 いや、かなり。


「ロビン、そっち終わった?」


「終わった」


「じゃあ、これも」


「解せぬ」


「仕事だから」


「その言葉、最近嫌いになってきた」


「慣れて」


「慣れたくはない」


 笑顔のリズから渡された書類束を受け取り、俺はため息を飲み込む。


 ため息は癖になる。


 父上が昔そう言っていた。


 ちなみに父上はその直後、山のような書類を見て盛大にため息をついていた。


 王族とは、言葉と行動が一致しない生き物である。


 帝国皇族も、たぶんそうだ。


「そういえば、ロビン」


「ん?」


 リズが何かに気付いたように顔を上げた。


「働き始めてから一度も休んでなくない?」


 手が止まった。


「……」


「……」


「……休む?」


「うん」


「休むって、何を?」


「仕事を」


「仕事を?」


「うん」


「なぜ?」


「休みだから」


 よく分からない。


 休み。


 もちろん知識としては知っている。


 部下は適度に休ませた方が効率が上がる、とか。


 兵士にも休息を与えなければならない、とか。


 官僚にも休みは必要、とか。


 そういう一般論としては知っている。


 だが、ここは第七皇女宮である。


「この職場って、休みの制度あったの?」


 素直な疑問だった。


 本当に素直な疑問だった。


 毎日書類があった。


 毎日何かしらの仕事があった。


 だから、てっきりそういうものだと思っていた。


 皇女の秘書官とは、そういう生き物なのだと。


「……殿下?」


 リズが、長椅子の上の主へ視線を投げる。


「そうね」


 エレオノーレ殿下は、明らかに目を逸らしながら答える。


「たまには休んでいいわよ」


「たまには」


「ええ」


 殿下?冷や汗かいてませんか?暑いですか?


「休みという概念はあったんですね」


「失礼ね。前からあるわよ」


「本当ですか?」


「たぶん」


「たぶん」


 この職場、休みの制度が「たぶん」で運用されている。


 帝国官僚制の先進性とは。


「いつ来ても殿下はいるので、休みがないものかと」


「私に休みは無いわよ」


「無いんですか」


「皇族なんてそんなものよ」


 さすが皇族。


 労働基準という概念の外側に生きている。


「でもリズは時々休んでるわ」


「いつの間に!?」


 思わずリズを見ると、不思議そうに首を傾げられた。


「いない日もあったでしょ?」


「いや……裏方の仕事をしてる日かと」


「そういう日もあるけどねー」


「うわぁ……」


 つまり、俺が勝手に「リズは裏方の仕事で忙しいんだろうな」と思っていた日、普通に休んでいた可能性があるわけだ。


 休むのは大事だ。


 大事だが、なんだろう。


 俺だけ労働という川の真ん中に流されていた気がする。


「というか、やっぱり私が休んでる日もロビンは普通に働いてたのね」


「リズがいない日の方が仕事が増えるから、休みだと思わないだろ」


「ひどい」


「ひどいのは仕事量だよ」


 俺は下級官吏のはずである。


 なのに、この職場の仕事量は正直、下級官吏という言葉が泣きながら逃げ出すレベルだったと思う。


 だって、文官増やしてくれないんだもん。


「まあ、溜まっていた書類も少し落ち着いたし、時折は休んでもいいわ」


「ありがとうございます」


 殿下の言葉に素直に感謝を述べる。


 休み。


 何をしよう。


 寝るか。


 本を読むか。


 ……あ、教会に本を返しに行かないと。


 そんなことを考えていると、不意に扉が叩かれた。


 コンコン。


 その瞬間、エレオノーレ殿下がすごい速さで席に座る。


 肩が整う。


 視線が上がる。


 口元の緩みが消える。


 空気が切り替わる。


 もう見慣れた光景ではあるが、それでも毎回ちょっと感心する。


「入りなさい」


 声も違う。


 完璧な第七皇女殿下の声だった。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、見覚えのない官僚だった。


 胸元の徽章を見る限り、皇城内の文書係だろう。


「エレオノーレ殿下。ドロテア第五皇女殿下より、お手紙をお預かりしております」


 空気が、ほんの少しだけ変わった。


 第五皇女。


 ドロテア・フォン・ライヘンバッハ。


 名前は当然知っているが、顔は肖像画でしか知らない。


 噂では、真面目で、規律を重んじる皇女だという。


「リズ」


「拝領いたします」


 リズが一歩前へ出て、丁寧に手紙を受け取る。


 封蝋。


 紙質。


 宛名。


 すべてを確認してから、エレオノーレ殿下へ差し出した。


「確かに」


 エレオノーレ殿下が短く言う。


「では、失礼いたします」


 文官は再び頭を下げ、静かに退室した。


 扉が閉まる。


 ぱたん。


 静寂。


 エレオノーレ殿下は、しばらく手紙を見つめていた。


「第五皇女殿下から、ですか?」


「嫌な予感がするわね……」


 なぜか、リズも「ですよねぇ」とか言っている。


 なんだ。


 その、開ける前からだいぶ嫌そうな空気は。


「そんなにですか?」


「兄様と姉様から来る手紙ってね、だいたいろくなことが書いてないのよ」


「偏見では?」


「経験則よ」


 ぴっ、と封が切られる。


 静かな音が、やけに大きく聞こえた。


 中から出てきた折りたたまれた手紙に殿下が目を通すのを見守る。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


「うわぁ……」


 殿下?


 なんですか、そのリアクション?


 俺は休みますよ?いいですね?

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