第17話 亡国の王子、打ち上げる。
「あ~、ロビンさ~ん、お疲れさまです~」
「ありがとう、アンナちゃん」
見てはいけないものを見た翌日。
麦穂亭の扉を開けた瞬間、いつもの間延びした声が出迎えてくれた。
焼いた肉の匂い。
酒杯の音。
仕事帰りの客たちの笑い声。
素晴らしい。
やはり人間、辛い仕事終わりにはおいしいごはんと冷たいエールが必要だ。
本当は昨日来たかったけど、さすがに後始末が忙しくて来れなかったのだ。
「お、ロビン来たか。座れよ」
「本日の主役のお出ましだな」
いつもの席で、ケイとマーリンがすでに酒杯を傾けていた。
お前ら、仕事は?
「それで?」
マーリンが、俺の顔を覗き込んでくる。
「ロビンがジルベルト殿下を正座させたって聞いたぞ」
「誰から!?」
「昨日来た客が言ってたぞ」
「噂が早い!というかソイツなんで知ってるんだよ!?」
というか正座させたのは俺ではない。
「まあ、噂なんてそんなもんだろ。お前がこの店来たってことは、とりあえずは大丈夫そうなんだろ?」
「ああ、まあ、ジルベルト殿下からの嫌がらせは止まった」
「おお」
「そりゃめでたい」
ケイとマーリンが、軽く杯を掲げる。
俺はアンナちゃんにエールを頼みつつ、目の前の二人を見た。
麦穂亭の常連。
駄目な大人っぽい魔術師、マーリン。
噂好きの騎士、ケイ。
二人とも、今日も当たり前のように俺の向かいに座っている。
が、いい加減聞いておきたい。
「もう、ぶっちゃけ聞いちゃうけど」
「おう」
「なになに?」
二人が、そろってこちらを見る。
「お前ら何者なの?」
沈黙。
いや、別に静かにはなっていない。
隣の客が聞こえなかったふりをしている。
遠くの常連がにやにやしている。
アンナちゃんは「おや~?」みたいな顔でこちらを見ている。
何だよ、この空気。
「ただの噂好きの騎士だよ」
ケイがわざとらしく肩をすくめた。
「嘘くせぇなぁ」
「失礼だな。七割くらい本当だぞ」
「残り三割が気になるんだよ」
あからさまに怪しい。
「気にするな、ロビン」
マーリンがにやにやしながら言う。
「こいつは本当にただの噂好きの騎士だ」
「ほらな」
マーリンの言葉にケイがドヤ顔で笑う。
「第二皇女お抱えのナイツ・オブ・ラウンズの一人だけど」
「マーリン、バラしやがったな!?」
一瞬で裏切られたケイがマーリンにかみつく。
「聞かれたからな」
「普通そこは濁すだろ!」
「ロビン相手に濁しても、どうせそのうち気付くだろ」
「そうかもしれないけど、雑に売るな!」
たしかにすごい雑にバラされたが、俺としてはそれどころではなかった。
ナイツ・オブ・ラウンズ。
第二皇女カミラ殿下の私的な直属騎士団。
人数は少ないが、一人一人が化け物みたいに強いと聞いたことがある。
噂では――
「最強の第三皇子直轄騎士団と真っ向から戦えるという超精鋭騎士だって?」
「いや、正面からやったら普通にきついぞ?あっちは筋肉の化け物みたいなの多いし」
ケイが少し気まずそうに視線を逸らす。
「否定そこ!?」
「人数も向こうの方が圧倒的に多いしな。まあ、状況次第じゃなんとかなるけど」
「なんとかなるの!?」
そんな強そうなこと、さらっと言わないでほしい。
その第三皇子直轄騎士団に実際に攻め滅ぼされた側として言うけど、アレ滅茶苦茶強かったからね!?
「お前、ただの騎士じゃないじゃん!?」
「いや、ほら、広い意味では騎士だし」
「広げすぎだろ!」
ケイが悪びれもせず笑う。
ひどい。
俺は普通の酒場で、普通の常連と飲んでいたはずなのに。
「じゃあ、俺もバラすわ」
ケイがエールをぐっと飲み干して、マーリンを指さす。
「マーリンは魔導局の開発班長な」
「そっちはなんかその辺だと思ってた」
「驚いて欲しかったかな!!」
マーリンが大げさに笑いながら言ってくるが、まあ驚いてはいる。
魔導局。
帝国の魔導技術開発を担う中央機関。
兵器、結界、通信、魔道具、軍用術式、城壁の結界。
帝国が技術先進国であることを支える巨大組織。
「あそこって、第四皇子が局長ってこと以外、局員全員秘密なんじゃなかったっけ?」
「あー。まあ、色々アレな組織だからなぁ」
マーリンがものすごく嫌そうな顔で頭を掻く。
「じゃあ、そんな簡単にバラすなよ!?」
「いや、まあ、ロビンも何となく気付いてたんだろ?」
「そりゃ、あんな装置持ってたら『そうかな?』って思うだろ」
「あ、使い勝手どうだったかレポート書いてくれよ」
「仕事を増やすな」
この酒場の常連、おかしい。
納得がいかない。
というか、正体を聞いた今、なおさら聞きたい。
お前ら、仕事は?
「ナイツ・オブ・ラウンズの一人と、魔導局の開発班長が、なんで普通にこの店で飲んでるの?」
「飯が美味いから」
「アンナちゃんが可愛いから」
「理由が庶民!」
「大事だろ」
「大事だな」
二人が頷く。
わかる。
わかるけど。
「この店、普通の人間いねぇの!?」
思わず叫んでしまった。
すると、アンナちゃんが器を運びながら、少し頬を膨らませた。
「失礼だよ~。変なのはマーリンさんとケイさんとロビンさんだけだよ~」
「俺も変側なの!?」
「え~、普通の人は皇女の秘書官にはならないんだよ~?」
「反論しづらい!」
ひどい。
俺は普通の下級官吏を目指しているのに。
平穏な生活を望んでいるだけなのに。
なぜか、アンナちゃんからも変側に分類されている。
「安心しろ、ロビン」
ケイが肩を叩いてくる。
「お前もこっち側だ」
「嫌だよ!」
「第七皇女殿下の秘書官になってわずか十日で、第六皇子殿下を正座させた男だろ?」
「正座させたのはエレオノーレ殿下で俺じゃねぇ!」
「でも原因の一部はお前だろ」
「俺は被害者だよ!」
マーリンと周囲の常連が笑う。
「いやいや、普通の下級官吏は、皇子の不倫調査しねぇんだわ」
「必要だったんだよ!」
「普通の下級官吏は必要でもやらねぇよ」
「そうなの!?」
「「そうだよ!」」
ケイとマーリンの声がそろった。
納得がいかない。
俺は平穏な生活を求めているだけなのに。
「どうした、変な顔して」
「自分の平穏の基準が壊れかけてる気がした」
「よかったな」
「何が?」
「大人になるってそういうことだ」
「大人になりたくない」
ケイとマーリンが笑う。
アンナちゃんまでくすくす笑っている。
なんて酒場だ。
「ま、とりあえず」
ケイが杯を持ち上げる。
「第七皇女宮の新人秘書官、十日生存達成!」
マーリンも杯を掲げる。
「第六皇子殿下の件、とりあえず一段落」
アンナちゃんも小さな杯を持つ。
「ロビンさんが、まだ辞めてないことに~」
酒場の常連たちが笑う。
誰かが「おい、こっちも混ぜろ!」と声を上げた。
「ロビン、辞めるなよー!」
「あと三日はもてよー!」
「宿無し秘書官の頑張りに!」
「皇子を正座させた新人に!」
「麦穂亭の平和に!」
「第七皇女宮に幸あれ!」
「おい、その言い方ちょっと怖いぞ!」
酒場が笑う。
好き勝手言いやがって。
でも、悪い気はしない。
思えば、帝都に来てからずっと慌ただしかった。
亡国の王子としてではなく、ロビンとして下級官吏になる。
その程度の、ささやかな希望だったはずだ。
なのに、配属先は元許嫁の第七皇女宮。
初日から書類に埋もれ、夜会に連れていかれ、皇女の秘密を知り、宿を追い出され、皇子の不倫を暴いた。
平穏な生活とは何だったのか。
よく分からない。
ただ。
職場には、だらける皇女と怖いメイドがいる。
宿舎には、柔らかい寝台がある。
酒場には、おいしいごはんと冷たいエールと、変な常連がいる。
――それに、生きている。
飯は美味い。
酒も美味い。
なら、今日くらいは悪くない。
なので、俺も杯を掲げる。
「俺の平穏な下級官吏生活に」
「それは無理だろ」
「無理だな」
「無理ですね~」
「お前ら少しは祈れよ!」
杯がぶつかる。
「かんぱーい!!」
「「「乾杯!!!」」」
エールが少し跳ねる。
酒場に笑い声が広がる。
俺は冷たいエールを飲んで、息を吐いた。
うまい。
明日からも、もう少しだけ頑張ろう。




