表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原詩荻
第一章 第六皇子 ジルベルト殿下

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/25

第16話 亡国の王子、目撃する。

「やあ、エルが俺を呼び出すなんて珍しいね。面白いものがあるって聞いたけど」


 ジルベルト殿下は、今日もイケメンだった。


 人好きのする笑みを浮かべ、まるで散歩のついでのような顔で入ってくる。


「わざわざお越しいただき、ありがとうございます、ジルベルト兄様」


 対するエレオノーレ殿下は、執務机の向こうに座っている。


 背筋はまっすぐ。


 表情は静か。


 ついさっきまで溶けながら「兄様呼ぶの面倒くさい……」と呟いていた人とは思えない。


 変身が早すぎて、そろそろ本当に魔術ではないかと疑っている。


「で、何だ?珍しい菓子か?カミラ姉さんに何かされたか?それとも――」


「兄様」


「うん?」


「北方連合国の王妃殿下は、お元気?」


 ジルベルト殿下の笑顔が止まった。


 まるで、絵に描いたような笑顔のまま、動かなくなった。


 すごい。


 人間ってこんなに綺麗に固まるんだな。


「……どうして、急にその方の話を?」


「兄様」


「うん」


「座って」


「椅子は?」


「床」


「床?」


「床」


 ジルベルト殿下は、床を見た。


 次にエレオノーレ殿下を見た。


 そして、俺とリズを見た。


 助けを求めるような目をしていた。


 やめてください。


 下級官吏に皇子殿下を救う権限はありません。


「……エル?」


「正座」


「正座」


「正座」


「……はい」


 おお。


 帝国の皇位継承権第六位。


 夜会と社交と女性関係で有名な美青年。


 その人が、妹の前で床に正座した。


 だいぶ面白い。


 ――いや、笑ってはいけない。


 隣のリズは表情を変えない。


 俺も必死に表情を殺す。


 もしここで笑ったら、俺も床に座らされる気がするので必死に耐える。


「兄様」


「うん」


「何か言うことは?」


「……非常に申し上げにくいのだけれど」


「はい」


「まだ、どこまでバレているのかによって、こちらの謝罪内容を調整したい」


 おお、粘るな。


 だが、ちょっとだけ正直で感心してしまった。


「兄様。北区のラブホに出入りしているわね?」


「……」


「そのために、皇城の隠し通路を使ってるわね?」


「……」


「そして、そこで北方連合国の王妃殿下と何度も会ってるわね?」


「……」


「兄様」


 ジルベルト殿下がエレオノーレ殿下の視線に耐えきれなくなったのか、正座したまま肩を落とした。


「……会ってる」


 素直でよろしい。


 いや、証拠があるから否認されても困るんだけど。


「兄様」


「はい」


「外交問題って言葉、知ってる?」


「知ってる」


「じゃあ、なんでやったの?」


 もっともな質問だった。


 俺も聞きたかった。


 リズもたぶん聞きたかったと思う。


 ジルベルト殿下は少しだけ視線を泳がせてから、観念したように答えた。


「……いや、その」


「その?」


「すごく綺麗だったから」


「本当にそれだけだったのね!?」


 エレオノーレ殿下が珍しく大声をあげて、片手で額を押さえた。


 気持ちはわかる。


 俺だって、もし兄上が他国の王妃と密会していたら、たぶん胃が消える。


 いや、兄上はそういうことをしない人だったが。


 ……たぶん。


「兄様。相手は他国の王妃よ?」


「うん」


「既婚者よ?」


「うん」


「帝国と北方連合国の関係、分かってる?」


「表向きは友好。内実は緊張」


「分かってるじゃない!」


「当然だろう」


「じゃあ、なんで手を出したの!?」


「立場上ダメな相手ってむしろ燃えるだろ!?」


「それはわかるけど!でもダメなものはダメでしょ!!」


 エレオノーレ殿下?


 わかるけどじゃないですよ?


「お父様が病に伏せっているこの時期に、第六皇子が他国の王妃と密会とか問題しかないでしょ!」


「むしろ父上の監視が緩む今がチャンスだろ!!」


「それもちょっとわかるけど!!」


 うん、兄妹なんだなぁ。


 皇族も家庭内では家庭内の顔になるらしい。


 いや、会話内容は全然ほのぼのしていないが。


「……で、その」


 ジルベルト殿下が少しだけ気まずそうに口を開く。


「この件、カミラ姉さんには?」


「言ってないわ」


「父上には?」


「言わないつもり」


 ジルベルト殿下が、見てわかるくらいほっとした。


 いや、当たり前である。


「ただし」


「うん」


「条件がある」


「だよねー」


 ジルベルト殿下が「やっぱり」という顔になった。


 そりゃそうだ。


「第一。今後、第七皇女宮への嫌がらせを一切やめること」


「うん」


「周囲が勝手にやるのも含むわ。思い当たる節があるなら全部止めなさい」


「わかった」


「第二。今後、私が困った時には、兄様に少しだけ協力してもらうわ」


 この条件を聞いて、ジルベルト殿下が少し真面目な顔になる。


 おお、皇族っぽいぞ。


「協力の内容によるよ」


「もちろん、できる範囲で」


「秘密を握られている時点で、できる範囲の幅が広がるんだけどね」


「交渉ってそういうものよ」


「……強くなったなぁ、エル」


 その声には、ほんの少しだけ兄としての感心が混ざっている気がした。


「ちなみに断ったら?」


「カミラ姉様に報告するわ」


「ごめんなさい」


 ジルベルト殿下が即座に頭を下げた。


 早い。


 ものすごく早い。


 カミラ殿下、そんなに怖いんですか。


「分かった。条件を飲む」


 結局、ジルベルト殿下はそのまま両手を軽く上げた。


「エル、約束するよ。今後、君の宮には軽率にちょっかいを出さない。個人的に協力もしよう」


「本当に?」


「本当に。俺にできる範囲で」


「約束してくれる?」


「する」


「軽い約束ではなく?」


「……帝国皇族の名に誓って」


 その場の空気が少しだけ変わった。


 皇族としての言葉だった。


 エレオノーレ殿下も、それを受け止めるように頷いた。


「分かった。では、今回の件はこちらで預かります」


「助かる。ところで、俺の方からも条件を一つだけ出してもいいかな?」


「出せる立場だと思ってるの?」


「まあまあ、聞くだけ聞いてくれよ」


「……何かしら」


「たまにでいいから、愚痴を聞いてほしい」


 少しだけ、部屋の空気が止まる。


「……兄様」


「ん?」


「話し相手、いないの?」


「エルも分かると思うけど、“皇族として”の愚痴を言える相手って難しいよね」


「当然では?」


「だから、ちょっとだけ妹に期待したくなった」


「今までの行いを思い出してから言って」


「ごめん」


 この兄妹、けっこう会話のテンポがいいな。


 いや、良くていいのかはわからないが。


「……月一回くらいなら考えるわ」


「ありがとう、エル!」


 その返事を聞いて、エレオノーレ殿下の表情が少し緩んだ。


 ジルベルト殿下もそれを感じ取ったのか、正座したまま肩の力を抜く。


「では、兄様」


「うん」


「今日は帰ってください」


「もう?」


「兄様と話すのはともかく、兄様の不祥事について話すのは疲れるの」


「足が痺れてるんだけど」


「あと一時間くらい正座する?」


「今日のところは帰るよ!」


 そう返事したジルベルト殿下は、慌てて立ち上がろうとして――。


「っ、うお」


 少しよろけた。


 正座の後遺症である。


 皇子殿下が足を痺れさせているという非常にレアな光景を見ている気がする。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫、大丈夫。……ああ、ロビンくん」


「はい」


「妹をよろしくね」


 なんだそのコメントは。


「……秘書官として微力ながらお支えする所存です」


「微力じゃなさそうだけどねぇ」


 そう言って、ジルベルト殿下は苦笑した。


 そして、エレオノーレ殿下を見る。


「エル」


「何?」


「何かあったら呼びなよ。今度は、ちゃんと兄として来るから」


 その声に、エレオノーレ殿下は少しだけ瞬きをした。


「……善処するわ」


「それ、呼ばない人の返事だろ」


「そうかもしれないわね」


「まったく」


 ジルベルト殿下は苦笑し、少し足を引きずりながら執務室を出て行った。


 扉が閉まる。


 静寂。


 そして。


 数秒後。


「はぁぁぁぁぁぁ……」


 エレオノーレ殿下が机に突っ伏した。


 切り替えが早い。


「お疲れ様です、殿下」


 リズがすぐにお茶を用意する。


 慣れている。


 俺もだいぶ慣れてきた。


「頑張った……すごく頑張った……」


 うん、がんばってたよ、本当に。


「はい。とても立派でした」


「もっと褒めて」


「すごくがんばってました」


「ならよし……」


 エレオノーレ殿下は、机に突っ伏したまま満足そうに頷いた。


 リズもくすくす笑って言う。


「まあ、うまくいって良かったですね」


「そうね」


 殿下がようやく顔を上げて少し笑う。


 その目元には満足そうな色があった。


 うん、めでたしめでたし。


 ――そう思ったその時。


「まずは一人目、ね」


 それは、とても小さな声の呟きだった。


 けれど、聞こえてしまった。


「殿下、何か不穏なこと言いませんでしたか?」


「気のせいよ」


 エレオノーレ殿下はまた机に突っ伏してるし、リズは笑っている。


 ……聞かなかったことにしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ