第15話 亡国の王子、報告する。
「エレオノーレ殿下」
「なーにー?」
エレオノーレ殿下の返事が少しゆるい。
第七皇女宮の執務室。
銀髪の美しい第七皇女殿下は、長椅子に沈んで、片手にお菓子、もう片方の手に書類を持っている。
だらけている。
だが、書類は読んでいる。
慣れてきた自分が怖い。
人間の適応力は恐ろしい。
――だが、限界はある。
「ジルベルト第六皇子殿下、やらかしていました」
俺が端的に告げると、殿下の手がお菓子を口に運ぶ直前で止まった。
「……もしかして?」
さすがに察しが良い。
というか、先日の時点で三人とも薄々察してはいた。
「はい。北方連合国の王妃殿下と、絶賛逢引きしまくりです。しかも割と頻繁に」
「……マ?」
「マジです」
「……」
エレオノーレ殿下が、お菓子を皿へ戻した。
食欲が勝てなかったらしい。
ジルベルト殿下、妹からお菓子の時間を奪うとは、なかなかの罪である。
「……兄様。何を考えてるの?」
「おそらく、『綺麗な人だ!』くらいではないかと」
「やだぁぁぁぁ……兄様、なんでそういう方向にだけ期待を裏切らないのぉ……」
殿下が頭を抱えてしまった。
話題が話題なので当然ではある。
他国の王妃と皇子の密会。
普通に外交問題である。
「で」
頭を抱えたままの殿下が、ゆっくりとこちらを上目遣いで見る。
「なんでわかったの?」
「はい。皇城の隠し通路を抜けた先の目の前にあるラブホで、監視魔術を使って確認しました」
「待ちなさい」
「は」
待てと言われたので待つ。
ちなみに先に俺から報告を受けて全部知っているリズは、横で少し遠い目をしている。
俺に報告を押し付けたのはずるいと思う。
「情報量が多いわ」
「でしょうね」
俺もそう思う。
でも、がんばった成果である。
「皇城の隠し通路?」
「はい」
「どこで知ったの?」
「リズに貰った資料にありました」
殿下がリズを見るが、遠い目のままリズは淡々と答える。
「古い城内構造図に記載がありました。封鎖済み扱いでしたが、古い倉庫から外へ抜けられる経路です」
「なんでそんなものを……」
「皇城に隠し通路があること自体は珍しくありません」
それはそう。
「正論だけど腹立つ」
わかる。
正論は時々、人を腹立たせる。
「それで、その隠し通路が?」
「北区の歓楽街に出ます」
「最悪」
「その出口の目の前にラブホがありました」
「誰がそんな立地を許したの?」
「たぶん歴代の誰かです」
「処したい」
「すでに死んでいると思います」
「そうね」
殿下が、長椅子に沈んでいく。
長い銀髪が広がって綺麗だが、見ててちょっと面白い。
「それで、監視魔術?」
「はい」
「あなた、監視魔術も使えるの?」
「少しだけ」
嘘ではない。
少しだけ。
王族教育の範囲で。
「ただ、今回は私の監視魔術ではありません」
「どゆこと?」
「こちらです」
俺は机の上の小さな装置を指差した。
使った感想としては、やっぱり一般人が持っていていいものではなかった。
「酒場の常連に借りた試作品で、探知魔術をすり抜けるそうです」
殿下が固まった。
まあ、当然のリアクションだと思う。
「酒場の常連が、なんでそんなもの持ってるの?」
「私も気になっています」
「気になってるだけで借りたの?」
「いくらジルベルト殿下でも、普通に監視魔術使ったらバレると思ったので」
「あなた時々、思い切りが良すぎない?」
「平穏のためです」
「平穏のために変な装置を借りる人間、あまりいないと思う」
「それは私もそう思います」
ちなみにリズにこれを見せた時、最初こそ「何これ」と言ったが、三秒後には目が怖くなっていた。
十秒後には、「うちにも欲しい」と言った。
とても怖かった。
「それで、あなたはその装置を使ってラブホを監視した、と」
「はい」
「ホテル側の許可は?」
そこに気付くとは。
さすが殿下である。
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
「どうやって許可を取ったの?」
「買収しました」
「……」
「安かったので、宿ごと」
「待ちなさい」
「はい」
殿下が両手で顔を覆ってしまった。
リズは横で肩を震わせている。
何か問題があっただろうか。
「宿ごと買ったの?」
「はい」
「誰が?」
「第七皇女宮が」
「聞いてないんだけど!?」
「今、報告しております」
「そういう意味じゃない!」
殿下が長椅子から完全に起き上がった。
どうやら殿下を起こすには、宿を買収した報告が効くらしい。
「第七皇女宮の予算を好きに使っていいとは言ったわ」
「はい」
「言ったけど、初手で宿を買収するとは思わないじゃない!」
「必要経費かと」
「リズ!」
「だって、殿下」
リズが真面目な顔で援護射撃をしてくれる。
「皇城の隠し通路の出口の目の前にある宿ですよ。敵に抑えられる方が危険です」
「それはそうだけど」
「しかも第六皇子殿下が密会に使っている可能性が高い。抑える価値はありました」
「それもそうだけど」
「ちなみに、かなり安く買えました」
「問題は価格じゃないのよ!」
「表向きは協力商会名義ですが、実質的には殿下の持ち物にラブホが加わった形です」
「ツッコミどころを増やさないで……」
殿下が両手で顔を覆った。
気持ちはわかる。
俺も報告書を書いている時、何度も「何をしているんだろう」と思った。
しかし、必要だったのだ。
許可なく監視魔術を使うわけにはいかない。
なら、場所の所有権を取ればいい。
これなら合法である。
「立地は便利です」
「便利なのが嫌なのよ!」
「あと、ラブホという性質上、情報が集まります」
「合理的なのがもっと嫌!」
殿下は、ひどく疲れた顔で平べったくなってしまった。
兄の不倫疑惑と、秘書官の謎行動と、メイドの実務判断がまとめて襲ってきたのだから仕方ない。
かわいそうに。
「……証拠はあるの?」
平べったくなってしまった殿下から小さな疑問が飛んでくる。
「はい、録画済みです。ご覧になります?」
俺は机の上の魔石板を軽く指で叩いた。
中には問題の映像が保存されている。
見たくない証拠第一位、堂々の入賞である。
「見ないわよ!?」
エレオノーレ殿下が即答した。
まあ、そりゃそうだ。
「ちなみに私はもう見ました」
リズが横から言う。
「見たの!?」
「映ってましたよ。ジルベルト殿下と、北方連合国王妃殿下。しかも割と仲良く」
「その報告いらない」
「確認は必要ですので」
「必要だけど!?」
「業務ですので」
「業務で私の兄様のそういう記録を確認させられたリズの気持ちを考えると、申し訳なさすぎるんだけど」
「殿下は見ない方が良いと思います。精神衛生上」
「でしょうね!」
殿下の顔が、ほんのり赤い。
怒りなのか羞恥なのか、たぶん両方である。
「兄様……」
殿下が今度こそ、長椅子の背にもたれかかった。
ぐったりしている。
皇女というより、面倒な親戚の不祥事を聞かされた人だった。
いや、実際その通りか。
「えー……どうしよっか?」
殿下が、長椅子の上で膝を抱えて揺れ始めてしまった。
ころん。
ころん。
ちょっとかわいい。
「爆発させるのは危険すぎるので、本人に直接事情聴取でいいのでは?」
リズが即答する。
「私も同意です」
俺は頷く。
「『協力して秘密にしようね。ただし、今後うちには配慮してね』くらいが落としどころかと」
「つまり脅迫?」
「交渉です」
「なるほど」
ここで大事なのは、ジルベルト殿下を完全に潰すことではない。
今後、第七皇女宮に軽率な嫌がらせをさせないこと。
宿や麦穂亭のような、関係ない人たちを巻き込ませないこと。
ついでに、可能ならこちらの便利な協力者にすること。
エレオノーレ殿下が前に言っていた通りだ。
「……兄様呼び出して説教ね」
「説教」
「説教」
俺とリズが同時に復唱した。
事情聴取でも脅迫でもなく、説教なのか。
「だって、やってることがあまりにも馬鹿なんだもの」
「それは、はい」
否定できない。
「兄様には、『少し面白いものを手に入れたので、お見せしたい』と伝えて」
「それ、警戒されませんか?」
「兄様は面白いものが好きだから来るわ」
「そんなにちょろいんですか?」
「ちょろいわよ」
ジルベルト殿下。
あなたの妹からの評価、かなり低いですよ。
「……ねえ」
殿下がぽつりと言った。
「はい」
「兄様、ちゃんと反省すると思う?」
少し考えてみる。
夜会で見たジルベルト殿下。
軽い笑み。
人好きのする顔。
悪意が濃いわけではない。
だが、軽率。
周囲が振り回されることに慣れすぎている。
反省。
するだろうか。
「反省はすると思います」
「本当?」
「はい」
「どれくらい?」
「三日くらい」
「短い」
だって、それくらいだと思うんだもん。




