第14話 亡国の王子、酒場の常連に慄く。
「で、第六皇子殿下の話だが」
ケイが声を少し落とした。
「俺が知ってる範囲だと、最近、護衛を撒く日があるらしい」
「護衛を撒く?」
「ああ。普段は護衛付きなんだが、最近は護衛が『見失った』って報告を上げる日があるらしい」
「それ、報告として大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃねぇよ。だが相手は皇子だ。本人が撒いてるなら護衛側も強くは言えない」
厄介だ。
皇族本人が護衛を嫌がる。
護衛は無理に止められない。
結果、報告書には曖昧な文言が並ぶ。
俺の知っている王宮でも、似たような話はあった。
王族の我儘は、下の人間の胃を削る。
「護衛を撒いた後、どこへ?」
「そこが曖昧だ。ただ、北区の歓楽街で第六皇子殿下に似た男を見かけたって証言がいくつかある」
「歓楽街」
「帝都北区。高級娼館、賭場、密会向けの宿、劇場、その手の店が集まってる」
「ジルベルト殿下が行きそうだなぁ」
「行きそうだろ?」
とても行きそうだった。
行きそうすぎて、逆に疑いたくなる。
「そこに、外国人向けの高級宿は?」
「ある……けど、わざわざ聞くってことは何か心当たりがあんのか?」
「当たってほしくない心当たりなら」
うわぁ、なんかヤダなぁ。
「ただし、本当に第六皇子かどうかは分からんぞ。似てるってだけだ」
「十分だ」
証拠にはならない。
だが、調査の起点にはなる。
「いや待て」
ケイが俺の顔を見て、嫌そうに眉をひそめた。
「お前、今ちょっと楽しそうじゃねぇか」
「気のせいだ」
気のせいだ。
帝国皇子の隠し行動を追う手掛かりが見つかって、少し血が騒いだわけではない。
断じてない。
「まあ、その辺探るなら道具がいるな」
マーリンが、にやりと笑った。
その笑顔を見た瞬間、俺の背筋が少しだけ冷えた。
これは駄目な大人が悪いことを思いついた顔だ。
「ロビン、いいものを貸してやろう」
「いいもの?」
「ほれ」
彼は懐に手を突っ込み、ごそごそと何かを取り出す。
ジャラジャラジャラ。
卓上に、小さな金属と透明な石が組み合わさった奇妙な道具が並ぶ。
よく見ると、魔力の流れが、かなり細かく組まれている。
「……これは?」
「最近、試作した新型監視魔術装置」
「は?」
思わず声が出た。
「なんと、防諜用の探知魔術にも引っかからない。すごくね?」
「なんでそんなもの持ってんの?」
「まあまあ」
「まあまあで流していい話じゃないと思う」
「世の中、細かいことを気にしすぎると禿げるぞ」
「気にしない方が捕まると思う」
どう考えても、一般人が持っていていい代物ではない。
探知魔術に引っかからない監視魔術装置。
すごい。
すごいが、すごすぎて持っているだけで罪に問われそうだ。
というか、普通に軍事機密では?
「これを俺に貸すって?」
「おう」
「どうして?」
「面白そうだから」
「最悪の理由」
「あと実験データが欲しい」
「まあまあ酷い理由」
「あと、この店に圧がかかるのはムカつく」
「それはまとも」
いや、まともか?
「ちなみに、どんな感じで見えるんだ?」
ケイが興味津々で身を乗り出す。
「じゃ、試しにこんな感じ」
マーリンが小さな魔石に魔力を込めて、指でピンと浮かせる。
すると、卓上の薄い板にぼんやりと映像が映る。
……おお、魔石の位置から見た俺たちか。
「すごいな、これ」
「だろ?これがあれば、監視魔術使えない人間でも監視できるって寸法だ」
……まあ、俺も監視魔術自体は使えるんだけど黙ってよう。
なにより、探知魔術に引っかからないってところがヤバい。
「距離は調整次第だけど、城壁を挟むとさすがに無理」
「いや、十分すぎる性能だろ」
念のため、あとでリズに報告しておこう。
「このまま、あの魔石を動かせば……」
楽しくなってきたのか、マーリンがそのまま頭上の魔石をスーッと厨房の方へ飛ばす。
「ほら、厨房のアンナちゃんが……」
アンナちゃんが、鍋をかき回している映像が――
「「アンナちゃーん!マーリンが悪いことしてるー!!」」
俺とケイの声が完璧に重なった。
厨房から、アンナちゃんの声が飛ぶ。
「マーリンさん!!」
「なんもしてねぇって!!」
「今してたよな!?」
「してたな!?」
俺とケイが即座に追撃する。
「お前ら協力するとこそこなの!?」
「アンナちゃん絡みは大事だろ!」
「癒やしを覗くな!」
「覗いてねぇよ!試作品の実演だよ!」
「実演の対象をもっと選べ!」
マーリンを二人で詰めていると、アンナちゃんが厨房からずんずんやってきた。
あ、怒ってる。
ふわふわしてるけど怒ってる。
「マーリンさん。お店の中で、勝手に魔術使っちゃ駄目です~」
「はい」
マーリンが素直に頷いた。
すごい。
たぶんスゴイ人のマーリンが、まるで子どものように叱られている。
「前にも言いましたよね~?」
「はい」
おい、前にもなんかやったのか。
「マーリンさん」
「はい」
「今日のお酒、ここまでです~」
「死刑宣告!?」
「水を飲んでください~」
「アンナちゃん、俺はまだ飲める」
「飲めるかどうかではなく、飲ませるかどうかです~」
強い。
アンナちゃんが強い。
マーリンが木杯を抱えて抵抗するが、アンナちゃんはにこにこしながら杯を回収した。
酒場の客たちが笑っている。
「マーリンまた怒られてるぞ!」
「アンナちゃんに勝てるわけねぇだろ!」
「水だ水!」
「水に乾杯!」
「乾杯じゃねぇ!」
マーリンが叫び、酒場がさらに笑いに包まれる。
今、机の上には防諜探知に引っかからない新型監視魔術装置がある。
皇族の不倫疑惑に関わる情報が集まっている。
俺は第七皇女宮の秘書官として、第六皇子の弱みを探っている。
なのに、目の前では駄目な大人がアンナちゃんに酒を取り上げられている。
平和だ。
とても平和だ。
「ところでロビン」
ケイがにやにやしながら聞いてきた。
「これ、成功したら俺たちに奢りな」
「なぜ?」
「情報料」
「酒のよしみでは?」
「酒のよしみには追加料金が発生する」
「最低だ」
「ちなみに失敗したら?」
マーリンが顔を上げる。
「その時は俺の賭けが当たるかもしれないから、まあそれはそれで」
「最低が二人いる」
俺は水を飲むマーリンと、楽しそうなケイを見て深くため息をつく。
敵は第六皇子。
味方は第七皇女とメイド。
町の酒場には、怪しい魔術師と噂好きの騎士。
癒やし担当の女給さんは、たぶんこの店で一番強い。
……俺の平穏な下級官吏生活は、どこへ向かっているのだろう。
分からない。
分からないが、とりあえず煮込みは美味い。
俺は匙を動かしながら、机の上の怪しすぎる監視魔術装置を見た。
ジルベルト殿下。
あなたが何もしていないことを、心から祈っています。
もし本当に他国の王妃と何かしていたら。
たぶん俺の晩御飯一回分の恨みどころでは済まなくなりますよ?
いや、マジで。




