第13話 亡国の王子、酒のよしみを得る。
「なあ、第六皇子ってどんな人?」
俺がそう尋ねた瞬間、目の前のマーリンとケイが揃って微妙な顔をした。
夕食どきの麦穂亭は、今日もそこそこ賑わっている。
焼いた肉の匂い。
煮込みの湯気。
酒杯の音。
仕事帰りの人間たちの笑い声。
アンナちゃんの「はーい、ただいま~」という癒やしの声。
素晴らしい。
やはり人間、仕事終わりにはおいしいごはんと冷たいエールが必要なのだ。
「お前なぁ」
ケイが酒杯を持ったまま、呆れたように言う。
「仮にも第七皇女殿下に仕えてる人間が、酒場でそういうこと堂々と聞くなよ」
「俺もそう思う」
「じゃあ聞くなよ」
「聞かないとやってらんねーんだよ!」
ジルベルト殿下攻略開始二日目。
俺は、早くも行き詰まっていた。
そりゃそうだ。
どんなに脇が甘くても皇族である。
……いいじゃん!
少しくらい飲んだって!!
「なんかあったんか?」
向かい側でだらしなく頬杖をついていたマーリンが、にやにやしながら聞いてくる。
「宿を追い出された」
「「それは知ってる」」
ケイとマーリンがつまんなそうな顔でエールを煽る。
もうヤダ、この噂速度。
「正確には、俺のせいで宿に修繕命令が入って、営業止まった」
「……あー」
「……あー」
見事なくらい、同じ温度の「あー」が返ってきた。
なんだ。
その、全部察した人間の声は。
「なに、その反応」
「いや、お前そもそもなんで『何日で辞めるか』が賭けになってるか考えろよ」
「そういうこともあるよなぁって……」
ケイとマーリンがものすごくどうしようもない大人の顔で言う。
そういうこともある、で済ませていい被害じゃないんだよなぁ。
「第六皇子殿下が第七皇女殿下の新人秘書官にちょっかいを出した。秘書官殿は宿にいれなくなって、城に住み込みになった。んで、今ここに飲みに来ている」
ケイが指折り数えてまとめるように言う。
「そのまとめ方だと、俺がひどく哀れだな」
「実際ひどく哀れだろ」
「否定できない。というか、酒場でそこまで詳しく知られてるの怖いんだけど」
「諦めろ」
もうヤダ。
「まあ、そんで、エレオノーレ殿下が、『いい加減嫌がらせを止めましょうか』と」
「第七皇女殿下が?」
「へえ」
ケイとマーリンの目が少し細くなる。
「で、方法は?」
「俺が考えることになった」
「「ははははは!」」
ケイとマーリンが大笑いする。
笑うな。
俺は泣きたい。
「丸投げじゃねぇか!」
「だから困ってんだよ!!」
俺は下級官吏だ。
帝国皇子の弱みを探すために雇われた暗殺者でも諜報員でもない。
いや、昨日から第七皇女宮の裏方とやらに片足を突っ込まされた気もするが、俺の本質はあくまで平穏を愛する下級官吏である。
平穏を愛する人間は、仕事終わりに美味しいご飯と冷たいエールを求める権利がある。
「つまり、第六皇子の嫌がらせを止めたいわけだ」
「正確には、エレオノーレ殿下と俺の平穏と、俺のおいしい晩御飯を守りたい」
特に晩御飯。
「……へぇ、自分のためだけじゃないんだな?」
「たった数日でエレオノーレ殿下への忠誠心でも生えたのか?」
「忠誠心っていうか……」
そんな深く考えたわけではないが。
最初は、神秘的な美人皇女だと思っていた。
今は、だらけるし、お菓子を食べるし、仕事は速いし、時々すごく怖い。
あと、少し放っておけない。
……許嫁が兄弟にいじめられてるのを見て、放っておける人間の方が少ないと思うけどな。
まあ、そんなこと言えないし、元だけどね!!
「まあ、雇い主の平穏くらい願ってもいいだろ」
「「ふーん」」
なんだよ、と思いながらエールを一口飲む。
冷たい。
うまい。
「ん?」
マーリンが、そこで少しだけ顔をしかめた。
「てことは、これ放置してたら、この店にもなんか圧かかるか?」
……は?
ケイも「あ゛」と声を漏らす。
やめて。
その声、やめて。
「可能性はあるかも」
「え、俺がこの店来るの、まだ二回目だぞ!?」
「いや、普通はそこまでしねぇよ?ただ、第六皇子殿下なら気まぐれで変なことする可能性はある」
「マジで?」
「マジで」
俺は立ち上がった。
木杯を置く。
鞄を持つ。
あの宿の主人のように、麦穂亭の人たちまで巻き込まれる可能性があるなら、俺はここに来るべきではない。
「ごめん、帰るわ」
「判断が早い早い早い」
ケイが慌てて俺の袖を掴む。
「いや、だって俺が来たせいでこの店に迷惑がかかったら駄目だろ!」
「気持ちは分かるが落ち着け!」
「落ち着いていられるか!俺はもう宿を巻き込んでるんだぞ!この店まで巻き込んだら、俺の癒やしが消える!」
「理由の最後が本音すぎる!」
「大事だろ!」
「大事だけど!」
ケイが必死に俺を椅子へ戻そうとしてくる。
いや、でも本当にまずい。
ジルベルト殿下が俺個人にちょっかいをかけてくるだけならまだいい。
だが、この店にまで何かされたら困る。
アンナちゃんが困る。
鳥の丸焼きが困る。
冷えたエールが困る。
世界が困る。
「ロビンさ~ん、帰っちゃうんです~?追加の豆煮込みですよ~」
アンナちゃんが湯気の立つ器を持ってやって来た。
癒やしである。
それは食べたいけど!
「まあ、待て待て」
マーリンが苦笑しながら、俺を席に座らせる。
「ここでお前が帰ったら、それはそれでつまらん。あと、うまい酒の肴が減る」
「俺は酒の肴なのか?」
「かなり」
「失礼な」
「お前の話、めちゃくちゃ面白いぞ」
「こっちは命がけなんだが?」
「だから面白い」
「最低だな、この大人」
アンナちゃんがマーリンをじとっと見る。
「マーリンさん、人の不幸でお酒を飲むのはよくないですよ~」
「アンナちゃん、俺は人の不幸じゃなくて、人の奮闘で酒を飲んでる」
「同じです~」
「違う違う」
違わないと思う。
「まあ、そういうことなら」
ケイが酒杯を置き、少しだけ声を落とした。
「今回に限り、多少味方しよう。酒のよしみだ」
「いいのか?」
「お前が三日で辞めなかった時点で賭けには負けてるから、辞めてもらう理由がない」
「味方の動機が汚い」
「こうなると、長く勤めてもらって面白い話を聞く方がいい」
「本当に味方か?」
マーリンは、へらへら笑いながらエールを飲んだ。
「賭けの対象に肩入れするのズルっぽいけどなー」
「ちなみに、マーリンは何日に賭けたんだっけ?」
「一週間。だから、ロビンにはそろそろ限界を迎えてほしい」
「敵じゃん」
「でも、この店に圧がかかるのは困る」
「味方じゃん」
「人間関係って複雑だな」
「そういう問題?」
二人とも本当に駄目な大人に見える。
けど、こいつらはたぶん、ただの駄目な大人ではない。
目が笑っていても、こちらの状況はかなり正確に読んでいる。
「私は~、ロビンさんにもっとお店に来てほしいです~」
「アンナちゃん……」
単純と言わば言え。
素直に嬉しい。
「お店の売上に貢献してくれますし~」
「アンナちゃん?」
「それに、私は一か月に賭けてますから~、ロビンさんにはまだ辞めてもらっちゃ困ります~」
「アンナちゃん?」
裏切られた。
いや、知っていたけど。
就職してから、人間としてより賭け札としての価値が上がっている気がする。
つらい。
……でも、味方がいるってのは嬉しいもんだ。




