第12話 亡国の王子、攻略会議をする。
ジルベルト・フォン・ライヘンバッハ第六皇子。
皇位継承権第六位。
本人も皇位争いの主役になる気は薄く、夜会と社交と女性関係に力を注いでいる。
「……リズ」
「何?」
「この人、本当に皇子?」
「皇子よ」
「記録だけ見ると、やや裕福な遊び人に見える」
夜会同伴者が帳面一冊ある。
贈答品記録も帳面一冊ある。
そして愛人の噂だけで、資料が分冊されている。
見る気が失せるので、分冊しないでほしい。
「実物もだいたいそんな感じよ」
「帝国、大丈夫?」
「今のところは」
いいの、それで?
「そんなことより、どう?ジルベルト兄様を止められそう?」
そう言ってくるエレオノーレ殿下は、お腹が空いたのか、ポリポリとお菓子を食べている。
……初日に見た神秘的な美人皇女はどこ行ったんだろう?
まあ、いいんだけどさ。
「どう、と言われましても」
俺は帳面を閉じ、額を押さえた。
「明らかに女性関係から突っ込んだ方が早そうです」
「でしょうね」
記録の大半が女性絡みなので、読んでいて非常に疲れるのだ。
「ここまでわかりやすいと、逆に罠かと疑いたくなるんですが」
「兄様にそこまで高度な偽装工作ができると思う?」
「思いません」
だって資料を読めば読むほど、「好みの女性を見つける」「口説く」「懲りずにまた行く」の繰り返しなのである。
貴族の令嬢。
未亡人。
商家の若奥様。
他国から来た使節団の女性。
夜会で見かけた楽師。
花屋の娘。
王侯貴族から庶民まで、幅広く声をかけている。
ここまで真っ直ぐ女性に向かう皇子、逆に珍しいのではないか。
少なくとも王国にはいなかった。
……たぶん。
「でも、逆に言えばそこしかないのよねぇ」
リズが帳面をぱらぱらめくる。
「金の流れは派手だけど、皇子だからで通る範囲だし、交友関係も広いけど軽すぎて弱みとしてまとまりにくい」
「軽いからこそ、ちゃんとした弱みがないんだよな」
「そゆこと。だから今までちゃんと仕返し出来なかったわけで」
「嫌な相手だなぁ……」
悪意が濃い相手なら、逆に読みやすい。
だが、ジルベルト殿下はたぶん、深く考えていない。
深く考えていない人間の方が、時に対処は難しい。
でも。
「これだけ数があると、なんとなく好みが見えるのが嫌ですね」
「兄が好きな女のタイプ分析を第三者から聞くとか、ちょっと面白いわね」
なぜか、殿下はちょっとワクワクした顔をしている。
いや、俺も分析したくてしてるわけじゃないんだけど。
「まず、傾向として年上好きですね」
「昔からそうよ」
「それから、綺麗な女性が好き」
「男ってだいたいそうじゃないの?」
「まあ、それはそうなんですが」
「あなたはちがうの?」
「殿下、今俺は関係ありません」
「えー」
えーじゃないんですよ。
どんどん適当になっていくな、この皇女。
「ジルベルト殿下の場合、もう一つ特徴があって」
残念ながら読み取れてしまう情報があった。
「……既婚者への接触が多いです」
「人妻好きね」
リズがあっさり言ってのけた。
……せっかく言い回し考えたのに。
「ただ、それでも普通の愛人関係程度では弱みにはなりません」
「まあ、それはそうね」
「はい。多少の火遊びは、貴族たちも笑って流すでしょう。むしろジルベルト殿下なら『いつものこと』になる」
「腹立つわね」
「腹立ちますね」
ここは素直に同意できる。
おいしいごはんを邪魔された身としては、なおさら腹が立つ。
「なので、狙うなら普通の相手ではない方がいい」
「例えば?」
資料にあった何人かの名前を考える。
伯爵夫人。
第五皇女の侍女。
劇場の歌姫。
どれも面倒そうだ。
だが、決定打には少し弱い。
ジルベルト殿下なら誤魔化せる。
もしくは、周囲が勝手に処理する。
なら。
「……外国の使節、外交関係者、あるいは他国の貴族あたりですね」
エレオノーレ殿下が、少しだけ目を細める。
「理由は?」
「表沙汰になった時、揉み消す範囲が広がるからです。国内なら力で押せても、相手が外国関係者だと話が変わる」
「続けて」
「しかも、相手が既婚者なら最悪です。相手の夫の立場次第では、外交問題になります」
こういう話は、かつて父上と兄上がしていた。
どこの国の王女が誰と踊った。
どこの貴族夫人がどこの大使と親しくしている。
どこの誰がどこの未亡人に花を贈った。
当時の俺は、何をくだらないことで真面目な顔をしているのだろうと思っていた。
今なら分かる。
くだらないことが、くだらないまま終わらないのが宮廷なのだ。
父上。
兄上。
あなたたちの教育は、帝国皇子を追い詰めるために活用されています。
たぶん、あまり喜ばないだろうな。
いや、兄上は爆笑しながら「まだ甘い」って言って小突いてくるかもしれない。
「リズ、ジルベルト兄様が最近接触した外賓は?」
殿下がリズに聞くと、既に別の帳面が用意されていた。
準備がいいなぁ。
「最近だと、東方諸侯連合の魔導技師団。南方商会都市の代表。それから、北方連合国使節団ですね」
リズの発言に合わせて資料を確認する。
……ん?
「リズ」
「何?」
「北方連合国の使節団、滞在長くない?」
北方連合国。
帝国とは表向き友好関係にあるが、実際には緊張もある。
まあ、帝国と接している国はだいたい緊張している。
理由は簡単。
帝国が大きすぎるからだ。
ただ……なんか嫌な予感がしてきた。
「ああ、それね。王妃殿下が療養と親善の名目で来ているのよ」
「それにしても三か月は長くない?」
そう、いくらなんでも日数が長すぎる気がして目についたのだ。
「実際、体が弱いらしいわよ。ただ、三か月は確かに長いわね」
リズも「そういえば」という顔で資料を確認する。
「……訪問時に会ったけど、すごい美人だったわよ」
そのとき、殿下が思い出すように言ってから、「あ」という顔になる。
俺は黙った。
リズも黙った。
エレオノーレ殿下も、考え込むように黙った。
沈黙。
とても嫌な沈黙だった。
いや、さすがにない。
いくらなんでも、他国の王妃は駄目だ。
駄目に決まっている。
「……さすがに、でしょう」
俺は思わず言った。
「いくらなんでもねぇ?」
リズも苦笑する。
そうだ。
いくらなんでも、だ。
年上好き。
人妻好き。
綺麗な女性好き。
だからといって、他国の王妃に手を出す人間はいない。
いないはずだ。
「でも、ジルベルト兄様よ?」
エレオノーレ殿下がぼそっと言った一言があまりにも強すぎる。
三人の視線が机の上の資料に集まる。
……。
…………。
「……まさか、ね」
三人の声が、ほぼ同時に重なった。
俺はそっと資料を閉じた。
リズもそっと別の帳面を閉じた。
「まあ、今日のところはここまでにしましょう」
ぱん、とエレオノーレ殿下が軽く手を叩いた。
「まずは昼ご飯にしましょ。午後からは通常業務よ」
「はい」
ありがたい。
正直朝から皇子の女性関係を読み続けるのは、心がすり減った。
早く普通の書類を読みたい。
……普通の書類って何だっけ。
「ジルベルト兄様対策作戦……オペレーション“兄様いい加減にしてください”は、まあ大至急ってわけじゃないしね」
「名前」
リズが微妙な顔をする。
「だめ?」
「いえ、分かりやすいとは思います」
「でしょう?」
「ただ、作戦名としての威厳はゼロです」
「威厳で兄様の悪戯は止まらないわ」
「それはそうですね」
納得するんだ、リズ。
いや、俺も否定しきれないけど。
「作戦遂行目安は?」
「兄様が次の悪戯を思いつくまで」
あまりにもわかりやすい期限設定だった。
静かに資料を閉じる。
「……できるだけ早めですね」
なぜなら、ジルベルト殿下は暇そうだからだ。
「そういうこと」
……うん。
今日は残業して資料読み込もう。
本日の特殊業務。
第六皇子の嫌がらせ対策、および第七皇女宮の諜報機関運用補助。
――下級官吏って、何だっけ?




