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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原詩荻
第一章 第六皇子 ジルベルト殿下

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第11話 亡国の王子、丸投げされる。

「というわけで、いい加減ジルベルト兄様からの嫌がらせを本格的に止めましょうか」


 朝一番で聞く話題としては重すぎる。


 もう少しこう、天気の話とか。


 朝食の話とか。


 使用人宿舎はよく寝れた?とか。


 そういう穏やかな話題から始めてほしかった。


 でも、昨日宿を失った人間としては、是非にもお願いしたい話題でもあった。


「何か具体的な案がおありで?」


 さすが頼りになるなぁと思って聞いてみると、殿下がこちらを見返した。


 リズもこちらを見た。


 どうして二人とも、そんな「え、こいつ何言ってるの?」みたいな顔をしてるの?


「それはあなたがこれから考えるのよ」


「丸投げ!?」


 思わず声が出た。


 仕方ないと思う。


「丸投げではないわ、仕事よ」


「仕事という言葉で丸投げを包まないでください」


「包めば形は分からないわ」


「分かりますよ!」


 良い笑顔ですね、殿下。


 俺は全然楽しくないです。


「まあ、ジルベルト殿下は脇が甘いし、うちの資料と予算を好きに使っていいから」


 横からリズがしれっと追撃してくる。


「えぇ……」


 そんな気の抜けた声しか出なかった。


 皇族の嫌がらせ対策に、皇族の宮の資料と予算を使っていい。


 下級官吏に言っていい台詞なのかそれ。


「殿下」


「なに?」


「私は下級官吏です」


「知っているわ」


「しかも、先日採用されたばかりです」


「そうね」


「一方で、ジルベルト殿下は皇族でいらっしゃいます」


「そうよ」


「無理では?」


「やる前から諦めるのはよくないわ」


「いい言葉ですが、使いどころがおかしい」


 殿下は頬杖をついたまま、少しだけ目を細めた。


 それまでのふざけた空気が、ほんの少しだけ変わる。


「……平穏な生活がしたいんでしょう?」


「はい」


 ……それはそのとおり。


「なら、ここで平穏な生活を手に入れればいいじゃない」


「なるほど?」


「私とあなた自身の環境を整えるのも、仕事のうちよ」


 言われてみれば、その通りではある。


 仕事環境が悪いなら、改善する。


 嫌がらせで宿を追い出されるなら、嫌がらせを止める。


 平穏を望むなら、平穏を守る努力をする。


 理屈としては分かる。


 分かるけど。


「殿下」


「何?」


「普通、平穏な生活を得るために皇子殿下対策をする人間はいません」


「あなたは普通が好きね」


「普通になりたいので」


「無理ね」


 やめてほしい。


 まだ希望は捨てていない。


「……わかりました、やります」


 だが、結局、頷くしかない。


 ここで嫌だと言っても、嫌がらせが止むわけではない。


 むしろ、俺と殿下の両方にとって面倒な状況が続くだけだ。


 ――それに。


 個人的に、晩御飯分の恨みもある。


 それを晴らすのに上司が協力してくれると言うのだ。


「いい返事ね」


「半分くらい諦めてます」


「それもまたよし」


 エレオノーレ殿下が満足そうに頷いた。


 何がよしなんだ。


「というわけで」


 リズがにこやかに、数冊の分厚い帳面を俺の机に置いた。


 どん。


 どん。


 どん。


 音が重い。


 せっかく机の上、片づけたのに。


「これ、ジルベルト殿下関連資料一式ね」


「一式?」


「交友関係。出入りしている店。贈答品記録。過去三年の夜会同伴者。愛人の噂。外出傾向。出入り商人等」


 リズの笑顔が怖い。


「……リズ」


「何?」


「なにこれ?」


「第七皇女宮の内部資料」


「内部資料とは」


「内部で管理している資料」


「説明する気ないな?」


 そのやり取りを見ているエレオノーレ殿下が、非常に楽しそうな顔で言う。


「まあ、もう話した方が色々早いわよね」


「何をですか」


「うちの本当の人員構成」


 嫌な予感がした。


 とても嫌な予感がした。


 最近、俺の嫌な予感はよく当たる。


「表向き、第七皇女宮は予算が少なく、人員も少ない」


「はい」


「でも、裏方は結構いるの」


「裏方」


「侍女、侍従、下働き、庭師、御者、写字係、仕立屋、外部協力者、商会の連絡役、町の情報屋」


「待ってください」


「待たない」


 待ってくれなかった。


「私が個人的に抱えている情報網があるのよ」


 もぐ。


 お菓子を食べながら言うことじゃないです、殿下。


「諜報機関ですか?」


「言い方が物々しいわね」


「実態は?」


「諜報機関ね」


「認めた」


「現在の取りまとめはリズよ」


「でしょうね!」


 納得しかなかった。


 だってリズだもん。


 むしろ、違ったらそっちの方が怖い。


「正式名称はあるんですか?」


「ないわ」


「ないの!?」


 どうせならカッコいい名前を付けていてほしかった。


「名前がない方が目立たないわ」


「なるほど?」


 分かるような、分かりたくないような。


「一応、内部では何て呼んでるの?」


 俺がリズを見ると、リズは少し考えてから言った。


「裏方」


「普通」


「普通が一番よ」


「裏方という名の諜報機関」


「何か問題が?」


「問題しかない気がする」


 殿下がすごく楽しそうな顔でこちらを見ている。


 ……まあ、いいんだけど。


「うちの予算の大半は、その裏方に回しているわ」


「では、表の事務方がカツカツなのは」


「裏方に使っているから」


「その金で文官増やしてくれません!?」


「ダメ。諜報もお金かかるのよ?」


 それは分かる。


 王族教育で嫌というほど習った。


 情報というものは金を食う。


 食って食って、それでも足りないのだ。


 でも。


「その結果、現場の文官が一人しかいないのはどうかと思うんですよ?」


「そこはあなたが来たから大丈夫」


「大丈夫ではないです」


「そう?」


「そうです」


 だが、エレオノーレ殿下もリズも、あまり困っている顔をしていない。


 むしろ、ようやく説明できてすっきりした、くらいの顔をしている。


 この人たち、たぶん今まで本当に二人で回してたんだな。


 リズが諜報の実務と統括。


 エレオノーレ殿下が判断と全体設計。


 そこに今回、文官兼雑務兼現場寄りの秘書官として俺が入った、と。


 なるほど。


 ……嫌だなぁ、この理解が進む感じ。


 理解すると逃げにくくなるんだよな。


「ま、その代わり、あなたが使える情報と人手は十分にあるってこと」


「諜報機関の力を使って皇子を嵌めるって、なかなか危険な響きなんですが」


「危険なのは今に始まったことじゃないわ」


 それはそう。


 机の上の資料をチラッと見る。


 人間関係。


 金の流れ。


 出入りの場所。


 たぶん、これらを繋げれば何かは見える。


 見えるだろう。


 こういう資料の読み方も習ってはいる。


 相手の弱点を探せ。


 味方にできる相手を探せ。


 潰すべき線と、残すべき線を見極めろ。


 父上も兄上も、嫌なことを教えてくれたものだ。


 ただ、まさか帝国皇族をどうにかするために使うとは思わなかった。


「ロビン」


 リズがにこにこしながら言う。


「今の顔、ちょっと楽しそうよ」


「気のせい」


「そう?」


 俺はリズから目を逸らし、書類に視線を落とした。


 気のせいだ。


 絶対に気のせいだ。


 亡国の王子が、帝国皇子の弱点を探って楽しくなるわけがない。


 ないはずだ。


 たぶん。


「ちなみに、どこまでやっていいんですか?」


「潰すと面倒よ。ジルベルト兄様は迷惑だけど、敵に回すほど嫌いでもないわ」


「では?」


「今後、私たちに軽率な嫌がらせをしない程度に、痛い目を見てもらう」


「痛い目」


「それと、必要なら少し便利に使えるようにする」


「皇子を便利に使うという発想」


「兄妹だもの」


「兄妹って何でしたっけ」


「血の繋がった、利用可能な関係者?」


「定義が最悪ですね」


 ……ジルベルト殿下。


 俺のおいしいごはんを邪魔した恨み。


 思っていたより高くつくかもしれませんよ。

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