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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
最終章 あなたはだあれ?

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第100話 亡国の王子、情けは人の為ならず。

「さて」


 エレオノーレ殿下が、ハインリヒ殿下へ視線を戻した。


「ハインリヒ兄様。まだ何かありますか?」


「ぐ……」


 ハインリヒ殿下が、歯を食いしばってる。


 その表情は、悔しそうで、苦しそうで、それでもまだ目は死んでなかった。


 すごい、ちょっと尊敬しそうになる。


「み、皆の者!」


 ほら、諦めてない。


「よく考えろ!そこにいる男は亡国の王子なのだぞ!」


 ハインリヒ殿下が、会場に集まった貴族たちへ向き直り、叫ぶ。


「今は大人しくしているかもしれん!だが、いつ牙を剥くかわからん危険分子だ!そうだろう!?」


「…………」


 沈黙。


 誰も、すぐには口を開かなかった。


 まあ、当然だよね。


 シャーウッドの王子が、実は生きていて普通に皇城で働いていました。


 はい、どう思いますか?


 いや、無茶振りすぎるでしょ。


「ほら見ろ!」


 ハインリヒ殿下が勢いを取り戻す。


「皆も――」


「……いや」


 その時。


 会場のどこかから、小さな声が上がった。


「ロビンくんが危険と言われてもなぁ」


 ……え?


 声の方を見る。


 どこかで見たことのある年配の貴族だった。


「先日、うちにアップルパイを持ってきてくれたのはロビンくんで……」


「私も先日、逃げ出した猫を捕まえてもらったのよ」


「うちの娘など、つい先日一緒に観劇へ行ったぞ」


「私は、書類の山に埋もれて泣きそうになっている姿しか印象にないな」


「困った時に聞けば、なんだかんだ教えてくれるぞ」


「そうそう。断る顔をしながら結局やってくれる」


「第七皇女宮へ持っていく書類について聞いた時も、随分丁寧だったな」


 ぽつり。


 ぽつり。


 最初は遠慮がちだった声が、少しずつ増えていく。


「そんなことが何になる!」


 ハインリヒ殿下が叫んだ。


 ごもっともです。


 猫捕まえたから反乱しないとは限らないですよね。


「そいつが何者なのかという話をしているのだぞ!」


「まあ、それはそうなのですが……」


 一人の老貴族が髭を撫でる。


「少なくとも、テルシア教会が身元を保証する程度には大人しく暮らしていたのでしょう?」


「エレオノーレ殿下も知っていて、これまで問題が起きていないわけで」


「グスタフ殿下も、あそこまで庇っておられる」


「ドロテア殿下も、法的にはただちに罪に問えないと仰った」


「ジルベルト殿下の話も無視できん」


「カミラ殿下も止めておられぬしな」


「オスカー殿下へ本を貸す仲だという噂も聞いたぞ」


 なんでそんな噂まで流れてるの!?


 というか。


 なんだ…………これ。


「ぐ、ぐぬぬ……!」


 ハインリヒ殿下の顔が、赤くなったり青くなったりしている。


 みんなが、俺を完全に信用してくれているわけではないだろう。


 それでも。


 少なくとも今。


 俺を即座に捕らえろ、と言う人間はいなかった。


「ち、父上!」


 ハインリヒ殿下が、勢いよく皇帝へ振り返った。


「良いのですか、これで!?」


 あ。


 そっち行っちゃった。


 それはたぶん悪手ですよ、ハインリヒ殿下。


 ほら、貴族の皆さんも何人か目を逸らしてる。


「……はぁ」


 皇帝陛下が、それはもう深いため息をついた。


「ハインリヒよ」


「はい!」


「言い返せなくなって親を頼るなど、情けない」


「う」


 ですよね。


 そう言われる気はしていました。


 ハインリヒ殿下の肩が、分かりやすく落ちる。


「せっかく、お前達が仕込んだ魔導具も、ぎりぎりまで放置しておいてやったというのに」


「……は?」


 やっぱり。


 オスカー殿下がくれたヒントはそういうことだったのだ。


 いや、わかりにくい。


 ……ところで皇帝陛下。


 あの日、聞かれてるってわかった上で俺の正体口にしたってことですよね?


 ホントに最悪だな。


「き、気付いておいでだったのですか!?」


「儂の城で使われている魔導具を、儂が知らんとでも思ったか」


 皇帝陛下が、呆れたように鼻を鳴らす。


「なぜお前もオスカーも、相手が気付かない前提で動くのだ」


「う……」


「そこのシャーウッドの残り火の正体を知ったのも、その魔導具からであろう」


「……はい」


 ハインリヒ殿下がどんどん落ち込んでいく。


 ――というか。


 今、さらっと「皇帝陛下も俺の正体を知っていた」って公表しましたよね?


 あちこちで「陛下もご存じだった?」「では、黙認を?」「魔導具とは?」って囁かれてますよ?


「ハインリヒ」


「はい」


「周りを見ろ」


「……え?」


「いいから見ろ」


 ハインリヒ殿下が、ゆっくりと周囲を見回す。


 多くの貴族が、目を逸らす。


 夜会の始まりには、我先にと近寄っていた貴族たちですら。


「今、この場でお前を認めている者と、エレオノーレとその所有物を認めている者。どちらが多いか、見れば分かるだろう」


 ……。


 所有物。


 備品とどっちがマシかな……


「お前は元々、支持する貴族が多い。長子であり、治安当局を動かし、皇族として大きな失態もない」


「……はい」


「極端な話、何も言わず、自信ありげに最後まで立っておれば勝てる場に近かった」


 それはそう。


 今回の夜会に向けた準備で、俺たちが一番どうにかしなきゃと思っていたのはハインリヒ殿下だった。


「それすらわからぬようではな」


 ハインリヒ殿下は、俯いたまま何も言わない。


 ……もしかしたら、この人は。


 黙っていれば、それで済んだかもしれないのに。


 妹を……エレオノーレ殿下を守ろうとしたのだろうか。


「一方で」


 皇帝陛下の視線が、エレオノーレ殿下へ移る。


「エレオノーレも、今のままで皇帝の座に相応しいとは、間違っても言えん」


 ……おっと。


「経験も足らん。実績も足らん。人も足らん。そもそも昼行燈の真似事をしておったせいで、お前自身をよく知らん者も多い」


 辛辣。


 エレオノーレ殿下は黙って聞いているが、少しくらい悔しそうにしてもいいんですよ?


「今日とて、見方によっては何もせずに周りが勝手に脱落しただけだ」


 それは。


 まあ。


 ……否定しづらい。


「だが」


 皇帝陛下が、ほんのわずかに口元を緩めた。


「今夜この場で、兄弟と貴族どもを味方につけたことは評価できる」


 会場が、静まり返る。


「周りに何を置くか。それをどう使うかこそが、器だ」


 どうも。


 置かれて、使われた側です。


「故に」


 皇帝陛下が、会場全体を見渡す。


「次代の皇帝は、エレオノーレとする」


 ――。


 一瞬、音が消えた。


「皆、異論はないな?」


 沈黙。


 代わりに。


 ぱち。


 ぱち。


 カミラ殿下がゆっくり手を叩く。


 それを皮切りに、拍手が、波のように広がっていく。


 ジルベルト殿下が、楽しそうに。


 グスタフ殿下が、勢いよく。


 ドロテア殿下が、どうでもよさそうに。


 ……ハインリヒ殿下が、悔しそうに、でも称えるように。


 そこへ。


 もう一つ。


 さらに一つ。


 音が重なる。


 やがて。


 それは、会場全体を埋め尽くす大きな拍手へ変わっていった。


 その中心で、エレオノーレ殿下は、静かに、深く頭を下げた。


 昼行燈と呼ばれた、第七皇女。


 無口で、無表情で、無害だと思われていた人が。


「謹んで、お受けいたします」


 ……次代の皇帝になっちゃった。

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