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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
最終章 あなたはだあれ?

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第99話 亡国の王子、正座の結果を見る。

「ということで」


 エレオノーレ殿下が、すごくドヤ顔でハインリヒ殿下へ視線を戻す。


「衛兵を引いていただけますか?」


 殿下、隣のドロテア殿下が呆れた顔してますよ。


 たぶん、あとでまたお説教ですよ。


「ぐ……」


 ハインリヒ殿下が言葉に詰まる。


「だ、だが!」


 ハインリヒ殿下が、まだ諦めずに声を上げた。


 ……この人、折れないなぁ。


 それは美徳だと思う。


「仮に!反逆罪には問えないとしてもだ!」


 この状況で粘れるのは、一種の才能だと思う。


 味方だったら、ちょっと尊敬してたかもしれない。


「亡国の王子だぞ!」


 ハインリヒ殿下が、また俺を指差す。


 だから人を指差しちゃ駄目ですって。


「シャーウッド王国を滅ぼした帝国を恨んでいても、何の不思議もない!」


 それは否定できない。


 帝国は嫌いだ。


 恨みが全くないとは言えない。


「亡国の王子が生きている。それだけで旗になる!担ぎ上げられれば反乱は起きる!」


 うーん、否定しづらい。


 その可能性は、実際にローラントと話した時にも出たし。


「王子が一言『立て』と言えば、剣を取る者がいる!王子が何も言わずとも、勝手にその名を掲げる者すらいる!」


 ローラントは、俺が復讐を望むなら剣になると言った。


 あいつだけじゃない。


 俺が生きていると知っただけで、勝手に希望を見る人間だっているかもしれない。


「つまり、そいつを野放しにしておくこと自体が反乱の芽を放置することに等しい!」


 俺が一歩、いや半歩だけでも。


 帝国への恨みを優先する側に揺れれば、反乱の旗になる可能性は十分にある。


 故に、そんな一個人を放置するのは危険だ。


「どこの誰が、そこのアルバートが反乱を起こさないと保証する!?否!そんなことはできない以上、捕らえて処するべきだ!」


 つまり、『アルバート』という一個人がそのようなことをしないと信頼できない以上、斬ってしまった方が話が早い。


 教会の身分保証も、そこまで保証してくれるものではない。


 というか、普通はそんなこと保証することは想定されてない。


「まして、エルは素性を知った上で匿っていた以上、帝国への反乱の芽を自ら育てていたと言われても仕方あるまい!」


 理屈はわかる。


 正体がバレたらエレオノーレ殿下に迷惑かかるだろうと思ってたのってそういう理屈だよね……


「ドロテア姉様」


 エレオノーレ殿下が、横を見る。


「……なに?」


「その辺りは?」


 そうだった!


 今の俺たちには、最強の理論家ドロシーさんがついてたんだ!


「知らないわよ」


「え」


「反逆罪が成立しないってのは言ってあげたけど」


 ドロテア殿下が、本当にどうでもよさそうに言う。


「その男が反乱の旗になるかどうか、なんて話は法律じゃなくて政治か戦争の話でしょ」


 ドロシーさん!?


 助けてくれるのでは!?


「公的に死亡扱いの男をどう扱うのか、という問題は残るけど、今の話だけならハインリヒ兄様の主張にも一理はあるわね」


 そうなんだけどさぁ!


 少しくらい庇ってくれてもいいのでは!?


「ははは!そうだ!」


 ハインリヒ殿下が、勢いを取り戻した。


「ドロテアもそう言っている!やはり捕えてしまえ!」


 言ってない。


 ドロテア殿下は「知らない」って言っただけで、捕えろとは一言も言ってない。


 でも、困ったなぁ。


 このまま、グスタフ殿下に守り続けてもらうわけにもいかないし――


「ハインリヒ兄さん」


 その時。


 どこか気の抜けた、柔らかい声が割り込んだ。


 振り返ると、令嬢たちの輪からするりと抜け出したジルベルト殿下が、杯を片手にこちらへ歩いてきていた。


「おお、ジルベルト!」


 ハインリヒ殿下が、すごく嬉しそうに振り返る。


「いや、ちょっと気になったんだけどさ」


 あ、まずい。


 あれ、麦穂亭でよく見た面白がってる時の顔だから、たぶんハインリヒ殿下の味方ではない。


 ――問題は、こっちの味方でもない可能性があることだ。


「ハインリヒ兄さんは、どうやってロビンくんがアルバートだと知ったんだい?」


「……え?」


 ハインリヒ殿下が、きょとんとした。


 いや、その反応はちょっと分かる。


 今そこ聞く?


「いや、実はさ?俺もロビンくんが何者なのか気になったから、調べてたけどわかんなかったんだよね」


 ジルベルト殿下が、ちらりとこっちを見る。


 調べてたの!?


 もしかして、麦穂亭で飲んでたのって!?


 ……いや、普通にアンナちゃんナンパして、飲みすぎで吐いてたから絶対素だな、あれは。


「カミラ姉さんも調べてたっぽいけど、知ってたの?」


「予想の一つではあったけど、確信はしてなかったわねぇ」


 ジルベルト殿下が、振り返りながら聞くが、カミラ殿下は楽しそうな表情を隠さないまま否定する。


 予想の一つではあったんですね。


 さらっと怖い事言わないでほしい。


 というか、もしかしてケイに調べさせてた?


 ……俺の周り普通の人どこ!?


「うんうん。じゃあ、兄さんはどこからその情報を得たのかな?」


「そ、それは」


 ハインリヒ殿下が一瞬だけ言葉に詰まる。


 そうですよね。


 皇帝陛下の私室に監視装置仕掛けてました、なんてこの場では口が裂けても言えませんよね。


「て、帝都内にシャーウッド王国の残党がいて、アルバートがそれと接触したことを掴んだのだ!」


 ……。


 あ、それは。


 まあ。


 事実と言えば事実なんだよな。


 ローラントに会ったし。


 背中に、じわっと汗が出る。


「ブブー、ハズレー」


 ジルベルト殿下が、両手で小さくバツを作った。


 ――は?


 麦穂亭で、賭けに外れた客を囃し立てる時の声ですよね、それ。


 皇族が夜会で、第一皇子に向けて出していい声じゃないですよ。


 ほら、見てくださいよ。


 皇帝の野郎、口元を手で隠してますけど、あれ絶対笑ってますよ。


「ハ、ハズレ!?」


 ハインリヒ殿下の声が裏返る。


「帝都内の外国勢力に接触してたのは、ハインリヒ兄さんの部下でしょ?」


 ジルベルト殿下の声は、ずっと軽いままだった。


「……は?」


「シャーウッドだけじゃないよね。ナバラとか、アーデンとか……」


 ――あ。


 そっか、黒幕って。


「な、なぜそれを……」


「最近仲良くなったご婦人が、色々教えてくれてね」


「ジルベルト!また人妻か!?」


「『また』は傷つくなぁ。ご主人の周りに、急に景気のいい話をする人が増えたって、心配して泣いててさ。話を聞いてあげただけだよ」


 ジルベルト殿下が、爽やかに笑う。


 ……ご婦人。


 なるほど、アーデン連邦の元公爵夫人ですね。


「武器や情報を流して、一斉蜂起させようとしていたんでしょ?」


「あ、あくまで帝都内の治安維持の一環だ!」


 ハインリヒ殿下が、必死に声を張る。


「不穏分子を炙り出して、まとめて処理する!帝都の民を守るためだ!」


 ……この人、本気で悪い人ではない。


 帝都を守りたいのも、たぶん本当だ。


 ただ。


 その「処理」される側に、今は文句を言いながら走り込みをしてる人たちがいることは、たぶん考えていない。


「うんうん。その理屈自体はわかるけどさ、兄さん」


「な、なんだ」


「『反乱の芽を自ら育てる』のは問題なんじゃないの?」


「…………」


 うわあ。


 ハインリヒ殿下が、口を開けたまま固まってる。


 綺麗なブーメランが刺さってる。


「アルバートくん……いいや、ロビンくんが危険だって言う兄さんの主張はよくわかったけど、反乱の芽を育ててたのってロビンくんとエルじゃないじゃん」


「それとこれとは――」


「しかも、今この場で、帝国中の貴族の前で『王子は生きている』って反乱の旗を一番高く掲げたのは兄さんだよね?」


「は?」


 あ、それは確かに。


「これまでロビンくんは誰にもバレずに『ロビン』をやってたし、知ってたエルも黙ってた。なのに、『アルバート』を表に出した兄さんこそ問題じゃないの?」


「ジルベルト!う、裏切ったな!?」


「裏切った覚えはないよ。俺、どこの派閥にも入ってないし」


「では、なぜだ!」


「エルには借りがあるんだよね」


 借り。


 ……ああ、正座か。


 北方連合国の王妃様との件、殿下は結局表に出さなかったもんな。


「ジルベルト兄様……」


 エレオノーレ殿下が、驚いたように兄を見る。


 殿下も、この援軍は予想してなかったらしい。


 ジルベルト殿下が、いつもの軽い笑顔でエレオノーレ殿下に振り返る。


「エル、これで借りは返したってことでいいかい?」


 おお。


 ちょっと格好いい。


 ギルさん、見直しました。


 今度の麦穂亭、一杯くらいなら奢ってもいいです。


「私から協力をお願いしたわけではないので、関係ないです」


「厳しいね!?」


 即答だった。


 ジルベルト殿下の綺麗な顔が本気で崩れて、会場のあちこちから笑いが漏れる。


「じゃ、じゃあ!半分!」


「何がですか?」


「借り半分返したことにしない!?」


「なりません」


「エル!?」


 かわいそう。


 でも、ちょっと面白い。


 お二人とも、次代の皇帝を決めるために帝国中の貴族が集まった夜会ですよ?


 もう少し緊張感とか……


「ジルベルト!貴様、そんな軽口で――」


 放置されたハインリヒ殿下が慌てたように口を挟むが。


「軽口で済ませてあげてるんだよ、兄さん」


 ジルベルト殿下の声が、急に低くなった。


「ここで本気で掘ると……何人かの貴族も大変なことになるでしょ?」


 その瞬間。


 会場の一部が、本当に静かになり、誰かが息を呑んだ音まで聞こえた気がした。


「ね?だからみんな、色々と聞かなかったことにしようよ」


 ジルベルト殿下の表情が、いつもの笑顔に戻る。


「……ジルベルト。お前、どこまで……」


「さあ?美しい女性との会話で聞いた話は、いちいち数えてないからね」


 怖い。


 この人、怖い。


 麦穂亭で平穏に生きろとか言ってたくせに、全然平穏じゃない。

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