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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
最終章 あなたはだあれ?

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第98話 亡国の王子、反逆罪!

「……反逆罪、ですか」


 エレオノーレ殿下が、小さく繰り返した。


 そのまま、ゆっくりと会場を見回す。


「ドロテア姉様」


 目的の人物を見つけた、エレオノーレ殿下の声が飛ぶ。


 人混みから半歩離れ、できるだけ巻き込まれない位置を確保していた銀髪碧眼の眼鏡美女は、露骨に嫌そうな顔をした。


「……なに?」


 声が冷たい。


 その声だけで、周囲の貴族が少し怯んだ気がした。


 この空気の中で、その温度で返せるのはすごいと思う。


「助けてください」


 その声に会場全体が、ざわついた。


 当然だ。


 昼行燈と呼ばれ、誰にも頼らず、誰とも組まず、ただ静かにそこにいるだけだった第七皇女。


 その人が、帝国中の貴族の前で、姉に「助けて」と言ったのだ。


 誰でも驚く。


「なんで」


 うわ、容赦がない。


 ドロテア殿下は驚いてなかったですね。


 でも、妹から助けを求められた時の返事じゃないですよね?


 そういうところですよ、ドロシーさん。


「一回だけの、お願いです」


 エレオノーレ殿下が静かに頭を下げる。


 ……ああ。


 この人は、いつからこの盤面を考えていたんだろう。


 ドロテア殿下は眉間に皺を寄せ、しばらくエレオノーレ殿下を見てから、ちらりと俺を見た。


 ……すみません。


 ものすごく面倒なことになってます。


 できれば助けてください。


「……はぁ、仕方ないわね」


 ドロテア殿下が、深く深くため息をついて、指先で眼鏡の位置を直す。


 助けてくれるんですか!?


 ありがとうございます!


「ドロテア?」


 ハインリヒ殿下が、困惑した声を出すが、気持ちはわかる。


 意外ですよね。


「ハインリヒ兄様」


 ドロテア殿下は、黒いドレスの裾をわずかに揺らしながら、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。


 その足取りに迷いはないが、ものすごく不機嫌そうではある。


「な、なんだ!?」


 ハインリヒ殿下が、なぜか半歩下がった。


 普段の力関係が透けて見える。


 もしかして、ハインリヒ殿下も正座させられたことあります?


「確認します」


 ドロテア殿下が、カツン、と音を立ててエレオノーレ殿下の横に立つ。


「ハインリヒ兄様は、そこの秘書官が反逆罪に該当すると仰るのですね?」


「そ、そうだ!」


「理由は?」


「理由など明白だろう!」


 ハインリヒ殿下が俺を指差す。


 やめてください。


 人を指差してはいけないと親に……教わってなさそうだな。


「そいつは!シャーウッド王国の第二王子、アルバートなのだぞ!」


「それだけですか?」


「それだけ!?」


 ……なんだろう。


 グスタフ殿下とは違う意味で安心感が凄い。


「反逆罪を適用するためには、ライヘンバッハ帝国の存続を脅かす行為、または国家機密を外国の勢力に漏洩する行為が必要となります」


「う、うむ?」


「『怪しい』というだけで反逆罪が成立するのであれば、帝国中の貴族の半分くらいは捕まえられますね」


 怖いこと言わないで。


 何人か目を逸らした貴族いたけど。


「そ、それは極論だ!」


「極論ではなく、法律の話です。即ち、亡国の王子だろうとなんだろうと、『怪しい』だけでは罪には問えないということです」


「ぐ」


 会場が、ざわつく。


 終わりだと思っていた空気が、少しだけ揺れる。


「また、そこの秘書官が仮にシャーウッド王国の第二王子だったとしても、それだけで罪に問うことは難しいでしょうね」


「敵国の王族だぞ!?」


「シャーウッド王国との戦争は、五年前に終結しています」


「だ、だが!」


「加えて、帝国の公的記録上、シャーウッド第二王子アルバートは死亡しています」


「そこにいるではないか!?」


 はい。


 います。


 すみません。


「ええ。ですから面倒なのです」


 ドロテア殿下が、とても嫌そうに言う。


 ……ドロシーさん、今、俺の存在を面倒扱いしませんでした?


 ひどい。


「現在そこにいる人物は、テルシア教会による身元保証を受け、帝国の採用試験を通過し、官吏として登録されている『ロビン』という個人です」


「ば、馬鹿な……!」


 ハインリヒ殿下が、信じられないものを見るようにドロテア殿下を見る。


「第七皇女宮を監査した際に、採用時の提出書類も確認済みです。記載内容に問題は確認できませんでした」


 やっぱり見られてたか。


 でも、嘘は一つも書いてない。


 書いてないことはいっぱいあったけど。


「採用時の確認書類に『元王族か否か』を問う項目はありません。今後、付け加えるとよいかもしれませんね」


 なんでだよ。


 書類に『元王族ですか? □はい □いいえ』ってあって、誰が「はい」にチェックするんだよ。


 俺か。


「では、その男は何の罪にも問われないというのか!?」


「そんなことは言っていません」


 ドロテア殿下が淡々と答える。


「ロビン個人が何かしらの罪を犯していた場合は、この限りではありません」


「おお、さすがドロテアだ!」


「はい、食い逃げや泥棒、国家施設への不法侵入等の罪があった場合には別途検討が必要ですね」


 裏切られた!?


 結局、俺捕まる!?


「ただし、身分詐称の観点から考える場合は、ロビン個人とテルシア教会の関係です」


「ぬ?」


「テルシア教会が発行した身分証明自体に確認不足があると異議を申し立てるのであれば、法国を敵に回す可能性がありますね」


「……ぐ、む」


 つえぇ。


 ドロテア殿下、こういう言い争いさせると本当に強いな。


「ガハハ!」


 俺の前で、グスタフ殿下が豪快に笑った。


「よくわからんが、ロビンでいいということだな!」


「そういう意味ではありません」


 ドロテア殿下が即座に切り捨てるが、グスタフ殿下はまったく気にしない。


「そうか!でもロビンなんだろう!」


「……書類上は」


「ならいい!」


 いいのか。


 ドロテア殿下もすごく深いため息を吐いてるけど、いいの?


 助かったってこと?


 周囲の貴族たちも、また顔を見合わせてざわめき始めた。


「たしかに、法の上では……」


「第五皇女殿下がそう仰るなら……」


「ロビンくん、書類上はロビンくんなのか」


「よく分からんが、ロビンくんでいいらしい」


 最後の人、たぶん分かってない。


 でも、ありがとう。


 ……書類って、すごいな。


 就職してから毎日書類に追いかけ回されて、書類に埋もれて、書類に夢の中まで追いかけられてきたけど。


 まさか、瀬戸際で書類に助けられるとは思わなかった。


「ドロテア殿下……」


 感動して、思わず声が漏れた。


 ありがとうございます。


 ――ちょっと泣きそう。


「気安く話しかけないでもらえるかしら?」


「ごめんなさい」


 はい。


 そうですよね。


 俺とドロテア殿下に個人的な面識がありそうな雰囲気がバレたら、色々まずいですもんね。


 なんで助けてもらった直後に怒られてるんだろう。


 いや。


 ある意味、いつも通りのドロシーさんか。


 なら……いいや。

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