第97話 亡国の王子、助けを求める。
「い、いや、しかしだな、エル……?」
エレオノーレ殿下の発言から、最初に立ち直ったのはハインリヒ殿下だった。
えらい。
まだ、会場の大半は静かだし、俺は混乱してる。
「はい」
対するエレオノーレ殿下は平然としている。
なんでそんな平然としてるんですか?
エレオノーレ殿下が知ってたって?
なんで?
いつから?
どうやって?
リズも知ってるの?
というか、だったらなんでさっさと拘束するか追放してないの?
馬鹿なの?
「いや、そうか!」
ハインリヒ殿下が、何かに気付いたように目を見開いた。
何ですか。
俺にも教えてください。
今、一番事情を知りたいのたぶん俺です。
「その男に何か弱みを握られて、そう言わされているんだな!」
違います。
いや、そう考えるのが普通かもしれないけど。
殿下の弱みなんて、お菓子の隠し場所くらいしか知りませんよ?
「ハインリヒ兄様、まずはお話を――」
「いいや!」
聞いてくれない。
話を聞かないのは、皇族共通のスキルなのかもしれない。
「敵国の王子が!皇女を騙し!あまつさえ父上の私室にまで侵入しているとあっては捨て置けん!」
侵入はしてません。
呼ばれたんです。
「いえ、ですからお話を――」
「衛兵!」
話を聞いてあげてください、ハインリヒ殿下。
妹さん、二回もお話ししようとしてますよ。
「この男を捕らえろ!」
……まあ、ある意味当然の反応だと思うけど。
さて。
俺としては、そもそも正体がバレたら逃げるつもりだったんだけど。
……この状況では、まあ無理だよね。
気付けば、俺たちの周りだけ、ぽっかりと丸く空いている。
観客は、帝国中の貴族。
近づいてくるのは、屈強な衛兵たち。
こっから逃げ切れるのはローラントくらいだろ。
さすがに、こんな場でバレるとは思ってなかったなぁ。
「……はあ」
エレオノーレ殿下が、小さくため息をついた。
その横顔は、怒っているようにも、呆れているようにも見えた。
――死にたいわけでは絶対にない。
でも、抵抗すれば、エレオノーレ殿下の立場がさらに悪くなる。
場合によっては、付き合いのある他の人に累が及ぶ可能性もある。
ヘレナさんに迷惑がかかる可能性すらある。
エレオノーレ殿下の致命傷にもなる。
……仕方ない、か。
「あの、殿下」
「何?」
「騙してすみませんでした。後は――」
「うるさい」
「はい?」
え?
「今ちょっと考え事してるから、逃げずに、捕まらずに、でも大人しくしてて」
「む、むちゃくちゃな!?」
何言ってくれてんの、このワガママ上司!?
いや、たぶんクビだからもう上司じゃなくなるけど!
そういう丸投げやめてくださいよ!
「さあ!大人しくしろ!」
衛兵が左右から迫ってくるが、表情に困惑が見える。
そりゃそうだ。
こんな状況、想定してないだろう。
ごめんね。
でも、どうしよう!
なにか……なにか手は……。
……あ。
いや、でももうちょっと格好いい使い方……そんな場合じゃないか。
「グスタフ殿下!」
何か食べてるところすみません!
というか、もうちょっとこっちに興味持って!?
「なんだ!?」
でも、ちゃんと大声で返事してくれた。
ありがとうございます。
「助けてください!」
ダメかなぁ!?
やっぱりダメかも!
「具体的に言え!」
ぐ、具体的に!?
えーと、えーと……!
「す、少しの間、俺が捕まらないようにしてください!」
「なんだ、そんなことでいいのか」
グスタフ殿下はニヤリと笑って残った肉を口に放り込む。
そして、そのまま堂々と歩き――なんのことはないかのように、衛兵と俺の間に立ってくれた。
「肉食うか!?」
「食べたいんですが、今はちょっと……」
「なんだ!食べられる時に食べるのが良い騎士の条件だぞ!」
俺、騎士じゃないです。
「グスタフ!?な、なにをしているんだ!?」
ハインリヒ殿下が裏返った声で叫ぶ。
気持ちはわかる。
「ガハハ、見てわかるだろ!少しだけ捕まらないように助けてやってる!」
「そうではない!なぜアルバートを庇うのだ!」
「む?」
グスタフ殿下が、首だけで振り返った。
「お前、ロビンじゃないのか?」
……。
この人は、あの日。
王子にでも、秘書官にでもなく。
ロビンに、約束をくれた。
だったら、正直に答えるのがせめてもの義理だ。
「アルバートですけど……ロビンです」
この場で、自分から「アルバート」を名乗ってよかったのかはわからない。
でも。
――この五年間で一番正直な自己紹介だった。
「兄貴!ロビンらしいぞ!」
「それで納得するな!」
ハインリヒ殿下が叫びながら地団太を踏んでますけど、グスタフ殿下ですし。
「エ、エレオノーレに付くということか!?」
「そんなことは知らん!」
即答。
知らんのかい。
この人は、考えていないのか、考えた上でこうなんだろうか。
「約束は守る!」
グスタフ殿下が、胸を張る。
「俺は『ロビン』という男を助けるだけだ!」
……ありがとうございます。
あまりにも真っ直ぐ。
だからこそ、ちょっと……いや、すごく嬉しい。
周囲の貴族たちが、やり取りを見てざわめいている。
「自分でアルバートと認めたぞ?」
「でも、グスタフ殿下が助けてるし……」
衛兵たちも、困ったように顔を見合わせている。
そりゃそうだ。
目の前にいるのは第三皇子グスタフ殿下。
しかも、帝国でも指折りの武人であり、普通に突っ込めばたぶん吹っ飛ばされる。
「ぐ……え、衛兵!」
おお、この状況で諦めないハインリヒ殿下。
すごい。
俺は正直そろそろ状況の変化について行けてません。
「アルバートを捕らえろ!!」
「無理です!」
衛兵の誰かが、悲鳴のような声で即答する。
正直な人だ。
あとで差し入れしてあげたい。
「……」
「……」
「それもそうか!」
納得しちゃった。
ハインリヒ殿下、あなた本当に正直な人ですね。
会場のどこかで誰かが思わず笑ってしまった声が聞こえ、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
「ハインリヒ兄様」
その隙間に、エレオノーレ殿下が静かな声を落とした。
「な、なんだ」
「これでお話が出来そうですね」
「は、話だと!?」
「はい」
エレオノーレ殿下が、一歩前へ出る。
「ハインリヒ兄様は、何を問題とされているのですか?」
「何を!?わかりきったことだろう!」
ハインリヒ殿下が、勢いを取り戻すように声を張る。
「亡国の王子が皇城にいるなど、それだけで反逆罪に問われても文句は言えまい!ましてやそれを庇うなど言語道断!」
反逆罪。
それは、冗談で済ませられる言葉ではない。
でも、エレオノーレ殿下は動じなかった。
「……反逆罪、ですか」




