第96話 亡国の王子、知られてた。
「父上、よろしいでしょうか」
よく通る声を上げながら、ハインリヒ殿下が一歩前に出てきた。
エレオノーレ殿下が次代の皇帝候補として正式に名前を挙げられた以上、ハインリヒ殿下が黙っているはずもない。
「言ってみよ」
皇帝陛下は、本当に楽しそうだった。
あの人、完全に観客席の顔してない?
一発殴っていい?
ダメ?
知ってる。
「エレオノーレ自身には、何も悪いことはないかもしれません」
……ん?
よくわかんない入り方をしてくるな。
てっきり、「実績が足りない」とか「政治経験が少ない」とか、そういう話を始めるのかと思った。
そういう話をされる可能性はあると思って、資料いっぱい用意してきたんだけど。
「エルは昔から、優しい子です。人を疑うことを知らず、頼まれれば断れない」
……そうかなぁ。
「幼い頃から大人しく、争いを好まず、兄姉にもよく懐く優しい子です」
……。
それ、何歳くらいのエレオノーレ殿下の話です?
俺の知ってる人と、微妙に違う気がするんだけど。
「ですが!」
ハインリヒ殿下の声が強くなり、身振りも大きくなる。
なんか、机があったら叩いてそう。
「エレオノーレは知らず知らずのうちに――とんでもないことをしてしまっているのです!」
エレオノーレ殿下、何かしちゃいました?
ラブホ買ったこと?
予算の使い方?
あ、魔導局への侵入?
周囲の貴族たちも、息を呑んで二人を見る。
「エル!」
「はい」
エレオノーレ殿下がすごく平然と返事をする。
二人の温度差がすごいな。
――なんて、他人事のように考えていたら。
「お前の横にいる秘書官は!」
ハインリヒ殿下の指が、まっすぐこちらを向いた。
え、俺?
……あ。
「五年前、我が帝国によって滅ぼされたシャーウッド王国!」
なぜ。
なぜわかった?
ローラント?
ありえない。
グスタフ殿下?
いや、あの人は気付いていた可能性はあるけど、言う人ではない。
カミラ殿下ですら辿り着けてなかった情報に、なぜ――
あ。
視界の端で、皇帝陛下の口元がほんのわずかに歪んでいる。
わかった。
あの日の、皇帝との会話を聞かれたのか。
オスカー殿下、ヒント分かりずらいですよ。
「その第二王子、アルバート本人なのだ!」
これが、彼の切り札なのだろう。
エレオノーレ殿下の横にいる秘書官は、ただの下級官吏ではない。
滅ぼされたシャーウッド王国の第二王子。
帝国にとっては、危険分子。
そんな男を側に置いていたと暴けば、エレオノーレ殿下の立場は大きく揺らぐ。
「なんだって……?」
最初に声を上げたのは、誰だったか。
それを皮切りに、会場全体がざわめきに飲み込まれる。
「ロビンくんが?」
「第七皇女宮の秘書官が、シャーウッドの?」
「死んだはずでは……」
「いや、しかし」
「嘘でしょう?」
「知らなかった……」
ざわめきが一気に膨らみ、何百もの視線が突き刺さってくる。
――ごめんなさい。
麦穂亭の、馬鹿みたいに騒がしい卓。
本から顔も上げない黒髪眼鏡や優しくしてくれた教会の人たち。
城で仲良くなった食堂のおっちゃんや門番さんや貴族の人たち。
……殿下とリズと約束したワインも飲めなくなったな。
「その男は、お前を騙していたのだ!」
ハインリヒ殿下が力強く言う。
「亡国の王族であることを隠し、帝国の官吏として潜り込み、よりにもよって皇族であるお前の傍にいた!」
ああ、そう見えるのか。
でも、騙していたのは本当だ。
ごめんなさい。
皇帝は嗤ってるし、貴族の皆さんは驚いている。
カミラ殿下とドロテア殿下は……なんですか、その納得したみたいな表情。
グスタフ殿下とジルベルト殿下は、なんかきょとんとした顔してますね。
エレオノーレ殿下がどんな表情をしているか、後ろからは見えないけど……傷ついてないといいな。
「それが?」
……。
え?
静かな声だった。
大きくもない。
なのに、会場のざわめきが、ぴたりと止まった。
――エレオノーレ殿下の声だった。
「それが!?」
ハインリヒ殿下が、目を剥いて叫ぶ。
「エル!まさかその男を庇うつもりか!?」
「庇う?」
あ、そうか。
俺は呆けている場合じゃなかった。
ここで俺を庇えば、殿下まで巻き込まれる。
今ならまだ間に合う。
俺のせいでエレオノーレ殿下まで立場を悪くするわけにはいかない。
「殿下、私は――」
「黙って」
「はい」
……。
振り返ることすらしてくれなかった。
怒ってます?
そりゃ怒るか。
「エル!それ以上庇うと、お前の立場が悪くなるぞ!」
ああ、ハインリヒ殿下。
あなた本当に善い人なんですね。
「庇うも何も」
エレオノーレ殿下の声色は変わらない。
「この人がアルバートだってことくらい知ってたけど?」
……。
…………。
「………………は?」
俺とハインリヒ殿下を含めた、会場全員の気持ちが一つになった気がした。
≪後書き≫
明日は、夜会が終わるまで全五話を19時から10分刻みで一気に投稿します。
最新話からお読みいただく方はご注意ください。




