第99話(閑話):頂点たちのバカンスと、絶対平等の楽園
第99話(閑話):頂点たちのバカンスと、絶対平等の楽園
大深緑の迷い森、その地下深くに築かれた迷宮国家。
新たに開通したVIP専用の巨大な転移ゲートが眩い光を放ち、この世界における最高位の権力者たちが次々と姿を現した。
「な、なんだここは……!? ここは本当に地下迷宮の中なのか!?」
聖王国の穏健派を束ねる大貴族が、空を見上げて素っ頓狂な声を上げた。
「信じられん。森の木々とは違う、この心地よい風と……どこまでも広がる青い水溜まり。塩の匂いがするぞ」
獣人連邦を統べる屈強な獣王が、鼻をヒクヒクとさせながら目を丸くする。
同盟国である獣人連邦の重鎮、エルフの長老たち、そして聖王国の貴族たち。彼らの背後には、さらに異様なオーラを放つ5人の集団が立っていた。
彼らこそ、この世界の裏の支配者とも言える『ダンジョンマスターの叡智の賢人会』の5柱である。
「……ほう。空間拡張と環境操作の究極系じゃな。これほどの魔力を『ただの風景』に注ぎ込むとは、狂気の沙汰じゃ」
長い髭を蓄えた堅物の老魔術師風のマスターが、感嘆の吐息を漏らす。
「最高じゃないの! あたしたちのじめじめした洞窟とは大違い! この開放感、ゾクゾクするわね!」
豪奢なドレスを纏った派手好きな女傑のマスターが、扇子を打ち鳴らして歓喜した。
「……悪くない」
巨大な戦斧を背負った無口な竜人のマスターも、心地よい潮風に目を細めている。
「ようこそ、俺の迷宮へ。長旅ご苦労だったな」
呆然とするVIPたちの前に、迷宮の主であるシンが、ミラージュやレオンハルトたち幹部を引き連れて悠然と歩み出た。
シンは同盟国の面々に軽く頷くと、賢人会の5人に向かって不敵な笑みを向けた。
「特に賢人会の爺さん婆さんたち。俺たちとは『五分の同盟』を結ぶ対等な関係だ。わざわざ足を運んでくれて感謝する」
「フン、生意気な若造じゃ。お主が『絶対に退屈させない』などと大言壮語を吐くから、わざわざ来てやったのじゃぞ」
老魔術師が鼻を鳴らすが、その目は好奇心でギラギラと輝いている。
シンは全員を見渡し、よく響く声で宣言した。
「ここは第3都市『リゾート階層』。海、山、空の大自然を再現し、魔物の脅威を一切排除した『絶対安全の娯楽施設』だ。お前たちにはここで、ただ美味い飯を食い、遊び、日頃の重圧を忘れて心ゆくまで休暇を楽しんでもらう」
VIPたちの間に、どよめきが走った。「魔物のいない安全な迷宮」など、彼らの常識には存在しないからだ。
シンはさらに言葉を続ける。
「だが、一つだけ厳格なルールがある。ここは『絶対平等』の楽園だ。王族だろうが、大貴族だろうが、賢人会のマスターであろうと、ここでは等しく『一人の客』に過ぎない。特権階級を振りかざして他者の邪魔をする者があれば、誰であろうと叩き出す。……この条件が飲める者だけ、この先の砂浜へ進んでくれ」
一瞬の静寂。世界最高峰の権力者たちに向かって「平等のルールに従え」と強制する異常な事態。
しかし、激怒する者は誰もいなかった。むしろ、彼らの顔には「重い冠を外していい」という安堵と、かつてないワクワク感が浮かんでいた。
「ガハハハ! 面白い! 王という立場を忘れて遊べるなら、これほど贅沢なことはない!」
獣王が真っ先に高笑いし、豪華なマントをその場に脱ぎ捨てた。
それを合図に、最高位の客人たちによる、常識外れのバカンスが幕を開けた。
「おおおっ……! なんだこの美味さは! 海の魚とやらを直火で焼き、この『醤油』という調味料を垂らすだけで、我々が普段食っている獣の肉とは比べ物にならん深い味わいになるぞ!」
海岸の屋台で、獣人連邦の重鎮たちがドワーフの焼く海鮮串に群がり、感涙にむせいでいた。
「見よ、この木々の配置と川のせせらぎ……。我々エルフの森よりも美しいかもしれん。しかも、魔獣の気配に怯えずに野営ができるとは。この星空の下で飲む酒は格別じゃ」
山のキャンプ場エリアでは、エルフの長老たちが焚き火を囲み、極上のワインを片手に至福の笑みを浮かべている。
そして、最もこのリゾートを満喫していたのは、他でもない賢人会の5人だった。
「ひゃっほう! この『海水浴』っていうの、最高に気持ちいいわね! シンのところで用意してくれたこの水着、動きやすくてセクシーで完璧だわ!」
女傑のマスターが、大胆なビキニ姿で波打ち際ではしゃぎ、聖王国の貴族たちを赤面させている。
「……信じられん。一本の糸で、水中の魚との駆け引きを楽しむだと? 魔法で一網打尽にするのとは違う、この『釣り』という行為……あまりにも奥が深い! わしは今日から釣り師になるぞ!」
老魔術師は、防波堤で麦わら帽子を被り、真剣な眼差しでウキを見つめていた。その横では、無口な竜人のマスターが、大きなパラソルの下でかき氷を山盛りに頬張り、「……美味い」と静かに感動の涙を流している。
「……空を、魔獣に乗らず、風の力だけで優雅に滑空できるとは。この『パラグライダー』という遊具、我が国にも導入できないだろうか」
空のエリアでは、高貴なエルフ風のマスターとドワーフ風の巨漢マスターが、鳥のように空を舞いながら少年のような声を上げていた。
誰の顔にも、国家を背負う重圧や、迷宮を統べる冷徹さはない。
ただ、純粋に新しい遊びに目を輝かせる「客」の顔があった。
「大成功ですね、マスター」
少し離れた高台のテラス席。冷たいトロピカルジュースを傾けながら、ミラージュが微笑んだ。
「ああ。五分の同盟を結ぶ賢人会も、これですっかり俺たちの『娯楽の虜』だ。これからは、美味い飯と安全なバカンスをダシにすれば、いくらでも有利に交渉が進められるな」
シンが極悪人顔負けの笑みを浮かべると、横に座っていたルリが「えへへ、皆楽しそうです!」と無邪気に笑った。
絶対平等のルールがもたらした、最高の笑顔と熱狂。
シンの創り上げた「リゾート階層」は、武力や恐怖ではなく、「圧倒的な豊かさ」によって世界の頂点たちを完全に骨抜きにし、魅了してしまったのだった。




