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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第100話(閑話):愚者の代償と、絶対ルールの鉄槌

第100話(閑話):愚者の代償と、絶対ルールの鉄槌

抜けるような青空と、エメラルドグリーンの海。

絶賛稼働中の第3都市『リゾート階層』は、今日も身分や種族の壁を越えた多くの人々で賑わっていた。

砂浜に並ぶ屋台からは香ばしい海鮮焼きの匂いが漂い、色とりどりのパラソルの下では、冒険者も、商人たちも、等しく冷えたエールグラスを傾けて談笑している。

だが、そんな平和な空気を無惨に引き裂く、甲高い怒声が響き渡った。

「ええい、どけ! どかんか下民ども! このガルダル王国のザバン伯爵の御前であるぞ!」

屋台の大行列に強引に割り込み、周囲の客を扇子で小突いて喚き散らしているのは、同盟関係にない人間の国・ガルダル王国から「視察」という名目でやってきた太った貴族、ザバン伯爵だった。

彼は、周囲が水着や軽装でくつろぐ中、一人だけ暑苦しい豪奢な貴族服を着込み、額に脂汗を浮かべている。その後ろには、威圧感を放つ高ランクとおぼしき護衛の冒険者が三人、剣の柄に手をかけて睨みを利かせていた。

「おい、そこのドワーフ! この私を誰だと思っている! 貴族である私を並ばせるとは言語道断! 今すぐその海鮮串とやらをすべて包み、最も眺めの良い特等席を用意しろ!」

「……お客さん。ここはそういう場所じゃねぇんだ。順番に並んでくれ」

「なんだと!? たかが迷宮の住人風情が、人間の貴族に逆らう気か!」

ザバン伯爵が顔を真っ赤にして叫ぶと、護衛の一人が大剣を抜き放ち、チャキッと不穏な音を立てた。

「伯爵様の命令が聞こえねぇのか? 痛い目を見たくなきゃ、さっさと席と飯を用意――」

護衛が屋台を蹴り飛ばそうと足を上げた、その瞬間だった。

――ゴッ!!

鈍い衝撃音が響き、大剣を構えていた護衛の体が、まるで弾き飛ばされた小石のように宙を舞い、数十メートル先の海面へと激しく水飛沫を上げて墜落した。

「……な、に?」

ザバン伯爵が呆然と目を見開く。

いつの間にか、屋台の前に一人の大男が立っていた。

全身から圧倒的な覇気を放つ、迷宮騎士団長・レオンハルトである。彼は、剣を抜くことすらなく、ただ分厚い盾の腹で護衛を軽く『弾いた』だけだった。

「……リゾート階層における絶対治安維持法、第一条違反」

レオンハルトの氷のように冷たい声が、騒ぎを聞きつけて静まり返った砂浜に響き渡る。

「き、貴様! 我が国のAランク冒険者を……! や、やれ! こいつを斬り捨てろ!」

パニックに陥ったザバン伯爵が残りの護衛に命じるが、彼らが動くより早く、砂浜の影からヌルリと黒装束の集団――ミラージュ直属の暗部部隊が湧き出した。

「ひっ!?」

暗部たちは音もなく護衛たちの背後に回り込み、一瞬で首筋に手刀を叩き込んで昏倒させ、そのまま引きずって魔法の袋へと放り込んでいく。手際が良すぎて、もはや芸術的ですらあった。

「な、なんだお前たちは! 私をガルダル王国の貴族と知っての狼藉か! こんなことをして、タダで済むと――」

「タダで済むわけがないでしょう? ……あなた方が、ね」

日傘を優雅に回しながら、ミラージュが冷たい微笑を浮かべて歩み寄ってきた。

彼女の放つ、背筋が凍るような殺気に当てられ、ザバン伯爵は砂浜に無様に尻餅をつく。

「入場の際、誓約書にサインをしましたよね? 『この階層において身分特権は一切認められない。他客への迷惑行為、および暴力行為には厳極なる処罰を下す』と」

「そ、そんなものはただの建前だろうが! 私は王国の伯爵だぞ! 国際問題になれば、お前たちの迷宮など人間の軍隊で――」

「ええ、ええ。どうぞ軍隊でも何でも送ってきなさいな。うちの『古代種』たちの良い腹ごなしになるでしょうから」

ミラージュが指を鳴らすと、屈強なオークの警備兵たちが木製の巨大な『荷箱』を運んできた。

そこにはデカデカと『粗大ゴミ(着払い)』と書かれた札が貼られている。

「な、何を……や、やめろぉぉっ!」

抵抗するザバン伯爵の手足をオークたちが軽々と掴み、身分を示すマントや宝飾品を次々と剥ぎ取っていく。

そして、豚のような悲鳴を上げる伯爵を、そのまま木箱の中へ乱暴に放り込み、釘を打ち付けて完全に封印してしまったのだ。

「レオンハルト殿、この『荷物』の発送をお願いします」

「承知した。直ちにガルダル王国の王城前へ転移ゲートを開き、放り出してこよう」

ミラージュは箱の上からポンポンと叩きながら、冷徹な声で宣告した。

「ああ、そうそう。今回の騒動の『慰謝料』ならびに『営業妨害の賠償金』として、ガルダル王国には白金貨一万枚を請求させていただきます。期日までに支払いがなければ、貴国へのポーションや魔力結晶の輸出を全面凍結し、国境周辺の魔物誘導装置をオフにしますので、せいぜい王に泣きついて国庫をひっくり返して集めてくださいね」

木箱の中から「ひぃぃぃっ!」という情けない悲鳴が響き、そのままオークたちに担がれて転移ゲートの向こうへと消えていった。

騒ぎが収束するまで、わずか三分。

圧倒的かつ容赦のない「ルールの執行」を目の当たりにした周囲の客たちは、一瞬の静寂の後――。

「「「うおおおおおっ!! すげえええっ!!」」」

「本当に貴族を箱詰めにして蹴っ飛ばしやがった!!」

「最高だぜ! マスター万歳! 騎士団長万歳!!」

割れんばかりの大歓声と拍手が沸き起こった。

この瞬間、リゾートにいる全ての者が確信したのだ。ここは本当に、どんな権力者であってもルールを守らねばならない、誰にとっても「絶対安全で平等な楽園」なのだと。

「……フハハハッ! 見事じゃ! あの生意気な小太り、良い気味じゃわい!」

「まったくだ。あんな安い挑発に乗る護衛も三流だな」

少し離れた高級パラソルの下では、賢人会の老魔術師や獣王たちが、その一部始終を極上の酒の肴にして大爆笑していた。

彼らのような「本物の権力者」からすれば、ルールを弁えずに粋がる小悪党が成敗される様は、最高のエキサイティングなショーでしかなかったのだ。

こうして、愚かな貴族の犠牲(?)によって、迷宮国家の「絶対ルールの恐ろしさと頼もしさ」はより一層強固なものとなり、リゾート階層はさらなる熱狂と平和の波に包まれていくのであった。

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