第94話:黄金の循環と、溢れかえる嬉しい悲鳴
第94話:黄金の循環と、溢れかえる嬉しい悲鳴
第2都市――新たに『迷宮街・フロンティア』と名付けられたその街は、開門の鐘が鳴り響くと同時に、未曾有の熱狂に包み込まれた。
「おいおいおい! なんだよこの街! 地下だってのに、地上の王都より明るくて空気が綺麗じゃねぇか!」
「すげえ! 見ろよあの防具屋! ミスリル混じりの胸当てが、信じられないくらい良心的な値段で並んでるぞ!」
噂を聞きつけて怒涛の勢いで雪崩れ込んできた冒険者や傭兵、そして目ざとい商人たちは、一様に目を見開き、歓喜の声を上げていた。
広く整備された石畳の大通りには、第1都市から太い連絡通路を通って次々と運び込まれる新鮮な野菜、肉、そしてドワーフ工房謹製の武具や高品質なポーションが並び、飛ぶように売れていく。
そして何より彼らを熱狂させたのは、街に隣接して口を開ける『全5階層・冒険者用修練ダンジョン』だった。
「ひぃぃっ! 死ぬ! 死ぬかと思った!」
「バカ野郎、笑え! 生きてるぞ! あのバケモンみたいな竜の尻尾攻撃を盾でいなしたら、奥の宝箱を開けさせてくれたんだ!」
「見ろこれ! 純度100パーセントの魔力結晶だ! これで一気にランクアップできるぞ!」
ダンジョンの入り口付近では、ボロボロになりながらも満面の笑みを浮かべる冒険者たちの姿が絶えなかった。
最下層で待ち受ける古代種たちは、俺の厳命通り、絶妙な「手加減」で冒険者たちを蹂躙していた。圧倒的な力の差を前に絶望を味わわせつつも、決して命は奪わず、知恵と勇気を示した者には気前よく宝箱をポンと与えて帰還させる。
結果として、冒険者たちは己の未熟さを痛感しながらも、確実な成長と極上の報酬を手に入れ、「次こそはもっと上手く立ち回ってやる」と闘志を燃やして再びダンジョンへと潜っていくのだ。
街で美味い飯を食い、良質な武具を整え、ダンジョンで安全に腕を磨き、得た素材をまた街で売る。
冒険者たちにとって、ここはまさに理想郷だった。
一方、第1都市で暮らす俺の配下や初期からの領民たちにとっても、この状況は最高のWin-Winをもたらしていた。
冒険者たちが狩り尽くす魔物の素材は、巨大な物流網に乗って第1都市へと運ばれ、職人たちの手によって新たな商品へと生まれ変わる。自分たちが作ったものが飛ぶように売れ、街が豊かになっていく様は、かつて迫害され日陰で生きてきた彼らに強い誇りと生きがいを与えていた。
完璧な循環。まさに黄金のサイクルが完成したのだ。
だが――。
『マ、マスター! た、大変ですぅぅぅっ!』
俺の玉座の間であるマスターズ・チェンバーに、ダンジョンコアであるルリの悲鳴のような念話が響き渡った。
「どうしたルリ! 敵襲か!?」
俺が玉座から立ち上がると、台座の上のルリはパニックを起こしたように赤や青に激しく明滅していた。
『違います! DPが……DPがぁぁっ!』
「DPがどうした! 第2都市の建設とダンジョンの維持で、あれだけ大量に消費したんだ。まさか、もう底をついたのか!?」
『逆です! 逆ぅ! 貯まりすぎて、もうすぐ上限突破して、器から溢れ出しちゃいますーっ!!』
「……はい?」
俺は間の抜けた声を出し、空間に浮かび上がったステータス画面を二度見した。
そこには、かつて「残高ゼロ」で震えていた頃が嘘のように、文字通り桁違いの数字が目まぐるしい速度でカウントアップされ続けている光景があった。
「な、なんだこの増え方は……バグか!?」
不意に、影から現れたミラージュが、どこか呆れたような、それでいて誇らしげな微笑を浮かべて口を開いた。
「バグではありません、マスター。……人間の感情と欲望のエネルギーですよ」
「感情と欲望?」
「はい。ダンジョンというものは本来、侵入者の生命力や恐怖からDPを搾取します。しかし、マスターが創り上げたこの循環システムは、『歓喜』『興奮』『達成感』といった極めてポジティブで強大な感情エネルギーを、数万の冒険者たちから絶え間なく生み出しているのです。加えて、莫大な経済活動による魔力の還流……私たちが消費したDPなど、あっという間にペイしてしまいました」
ミラージュの説明に、俺はこめかみを揉んだ。
まさか、善政と経済の活性化が、巡り巡ってダンジョンのエネルギー問題すらもカンストさせるとは。
「マスター、このままでは本当にルリちゃんの許容量を超えて、周囲の魔力濃度が異常上昇し、最悪の場合は暴走や空間の歪みを生み出しかねません。至急、この膨大なDPの『使い道』を決める必要があります」
「マジかよ……」
俺はため息をつきつつも、どこか笑い出しそうになるのをこらえた。
かつては明日のスライム一匹を召喚するDPにすら困窮していた俺が、今や「貯まりすぎた金(DP)の使い道に困って会議を開く」ことになるとは。
「わかった。幹部たちを招集しろ。至急、次の方針会議を開く」
数十分後、再び円卓に集結した迷宮の最高幹部たち。
彼らは俺から状況を聞かされると、一様に目を丸くした後、次々と不敵な笑みを浮かべた。
「ククク……素晴らしい! ならばマスター、その溢れるDPを使って、かねてより私が提案していた『機巧魔神』の残骸を保管・解析するための、超巨大な専用研究所をですね……!」
「却下だファウスト。お前の趣味に全振りして爆発でもされたらたまらん」
白衣の学者をなだめつつ、俺は皆の顔を見渡した。
「さあ、嬉しい悲鳴を上げている暇はないぞ。俺たちの迷宮国家をさらに強固にし、この莫大なエネルギーを正しく消費するための『次の一手』。最高のアイデアを出してくれ」
溢れんばかりの力と、それを支える仲間たち。
迷宮の大規模拡張という新たなるフェーズへ向けて、俺たちの熱を帯びた会議が再び幕を開けたのだった。




