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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第89話:幻影の出迎えと、王の引っ越し

第89話:幻影の出迎えと、王の引っ越し

 ザッ、ザザッ……!

 木々の枝を蹴り、闇夜の森を駆け抜ける一陣の影があった。

 『隠形の鬼人族』の若き戦士、ジンである。

(急げ……! もっと早く! 俺の足に、一族と子供たちの命が懸かっているんだ!)

 心臓が早鐘のように打ち鳴り、肺が焼けるように熱い。隠密の魔法を全開にして三日三晩、一睡もせずに走り続けてきた彼の体力は、すでに限界をとうに超えていた。

 それでも、立ち止まるわけにはいかない。子供たちが絶望の涙を流している姿を想像するだけで、足に無理やり力がこもった。

 ——だが、その悲壮な疾走は、突如として前方の空間が「グニャリ」と歪んだことで強制終了させられた。

「なっ……!?」

 ジンは咄嗟に身を翻し、短刀を構えて着地した。

 空間の歪みから音もなく姿を現したのは、灰色の外套を羽織った一人の男。

「お見事な身のこなしです。ですが、もう急ぐ必要はありませんよ、若き戦士殿」

「貴様は……数日前に集落に現れた、行商人!?」

 ジンは鋭い警戒心を露わにした。

「いかにも。そして私の真の姿は、北の森を統べる『深緑の無名奈落』の諜報長官、ミラージュ」

 ミラージュは淡々と一礼し、懐から一つの通信用魔石を取り出して地面に置いた。

『——ジン! 聞こえるか、ジン! 俺だ、族長のゴウラだ!』

「ぞ、族長!? なぜ行商人の魔道具から……まさか、集落が襲われたのか!?」

 ジンが顔面を蒼白にさせたその時、魔石の向こうから複数の弾けるような声が聞こえてきた。

『ジンお兄ちゃん!』

『あたしたち、助かったの! 黒いお兄ちゃんたちが助けてくれたの!』

『ジン、もう無理をして走らなくていい。シン様の圧倒的なお力により、子供たちは無傷で救出され、我々一族三百人もすべて、迷宮の安全な場所へ避難させていただいたのだ!』

「…………え?」

 ジンの頭から、一切の思考が抜け落ちた。

 自分が決死の覚悟で走り出し、まだ北の森の半分も到達していないというのに。

 あの大国の奴隷商人を潰し、子供を奪還し、さらには賢人会の目を盗んで一族三百人を丸ごと避難させただと? たったこれだけの時間の間に?

「我らが主の御心は、貴方方の想像よりも遥かに早く、そして深く行き届くのですよ」

 ミラージュの言葉に、ジンは手から短刀を取り落とし、張り詰めていた糸が切れたようにその場にへたり込んだ。

「あ、ああ……よかった。本当によかった……っ!」

 安堵のあまり、ジンの目からボロボロと涙が溢れ出す。

「長旅、大儀でした。まずはこれを飲んで落ち着きなさい」

 ミラージュが差し出したのは、美しい青色の液体が入った小瓶だった。迷宮の水精アクアが精製した『霊水』に、ルリのDPをわずかに溶かし込んだ特製の回復薬である。

 ジンがそれを一口飲んだ瞬間、焼けるようだった肺の痛みと全身の疲労が嘘のように消え去り、魔力が体の隅々まで満ちていくのを感じた。

「さあ、皆が待つ『黄金の理想郷』へご案内しましょう」

 ミラージュの指先が鳴ると同時に、二人の体は光に包まれ、夜の森から完全に姿を消した。

 ***

 空間転移の光が収まった先は、暖かな魔力の光に包まれた迷宮の巨大な広場であった。

「ジン!!」

「族長……! みんな……!」

 ジンは駆け寄ってきたゴウラや子供たちと抱き合い、無事を確かめ合って再び涙を流した。そこには、絶望の影など微塵もない、心からの安堵に包まれた一族三百人の姿があった。

「お揃いのようだな」

 その時、広場の奥から、レオンハルトやセレンといった幹部たちを引き連れて、一人の黒髪の青年が歩み出てきた。

 彼が姿を見せた瞬間、鬼人族全員が本能で理解した。この若者こそが、自分たちを絶望の淵から救い上げた『理ある覇王』であると。

「我らが命の恩人であり、偉大なる主よ……! この御恩、天地がひっくり返ろうとも忘れません!」

 族長のゴウラを筆頭に、三百人の鬼人たちが一斉に地面に額を擦り付けて平伏した。

「おいおい、堅苦しいのは抜きだ。顔を上げてくれ」

 シンは苦笑いしながら手を振った。

「理不尽に泣く子供を助けるのは当然のことだ。……それより、お前らこれからどうするんだ? うちの国で暮らしていくなら、住む場所を用意してやらなきゃならない」

 シンは気さくな態度で、ゴウラに尋ねた。

「お前ら、どんな環境に住みたい? 都市部で他の種族と一緒に暮らすか? それとも、静かな森がいいか?」

「め、滅相もございません!!」

 ゴウラは慌てて首を振った。

「我らは闇に生きる日陰者。このような黄金の都市に住まうなど、おこがましいにも程があります! どうか、迷宮の浅い階層の、暗い洞窟の隅でもお貸しいただければ、そこで静かに暮らし、侵入者の首を刈る防衛の任に就きますゆえ……!」

 数百年も身を隠してきた彼らにとって、これ以上の贅沢を望むことなど考えられなかった。

 しかし、シンは腕を組み、ふっと笑った。

「洞窟の隅? 馬鹿言え。これから俺の『身内』になる奴らに、そんな惨めな思いをさせるわけないだろ」

「シ、シン様……?」

「気にすんな。家を用意するのは主の役目だ」

 シンはそう言うと、背後の空中に浮かぶルリに向かって声をかけた。

「ルリ! 現在の第7層(神話の三柱の階層)を、まるごと第8層に押し下げろ。……そして、空いた間に新しい『第7層』を増設する!」

「えっ」

 ゴウラをはじめとする鬼人族の思考が停止した。

「……マスター。また無茶苦茶なことを言いますね」

 レオンハルトが額を押さえるが、その顔は「また始まった」と楽しそうに笑っていた。

「いいだろ? ちょうど無限迷路で稼いだDPが有り余ってるんだ。階層の引っ越しなんか造作もねえよ」

『了解ですマスター! 階層の空間スライド、および新規階層の構築を開始します!』

 ズズズズズズッ……!!

 迷宮全体が心地よい地鳴りを上げ、文字通り「世界そのものが拡張される」途方もない魔力の奔流が巻き起こった。

 超巨大な火山と海と空島を持つ規格外の神話階層が、一切の環境を崩すことなく下の階層へとスライドし、その空いた空間に、莫大なDPが新たな世界を創り出していく。

「お前ら『隠形の鬼人族』は、影に潜み、地形を利用する戦いが得意なんだろ? なら、それが一番活きる環境がいい」

 シンの言葉と共に広場のモニターに映し出されたのは、新設された『新・第7層』の光景だった。

 そこは、永遠の夜と、深い霧に包まれた広大な『暗夜の峡谷と森』であった。

 彼らがかつて住んでいた隠れ里の環境を完璧に再現し、さらに魔力濃度と自然の豊かさを数千倍に跳ね上げた、まさに鬼人族のための「最高の箱庭」。

「ここを、お前たち一族の新しい『隠れふるさと』にしてやる」

 シンは、呆然としているゴウラたちに向かってニヤリと笑った。

「お前らの隠密技術とこの環境が合わされば、ここは最強の『暗殺結界』になる。下にいる神話のバカ騒ぎ階層(第8層)に侵入者が降りる前に、この霧の中で静かに狩ってくれ。……お前たちの平穏な暮らしを約束する代わりに、俺の迷宮の『見えざる刃』になってくれるか?」

 圧倒的な気遣い。

 一族の特性を完璧に理解し、最大の能力を発揮させつつ、一番心が安らぐ環境を「階層を一つ創り出す」という規格外の手法で与えてみせたのだ。

「ああ……ああ……!」

 族長ゴウラは、あまりの感動に震え上がり、床に額を打ち付ける勢いで再び平伏した。

「この命に代えても……! 我ら隠形の鬼人族、シン様の『見えざる刃』となり、この暗夜の森に一歩踏み入った敵の首を、決して生かしては帰しませぬ……!!」

「「「我らが魂のすべてを、シン様に!!」」」

 三百人の鬼人たちの、決死の、そして心からの忠誠の叫びが広場に響き渡る。

 かつて賢人会に怯え、闇の中で息を潜めることしかできなかった彼らは、ついに『最も仕えがいのある最強の覇王』と出会った。

 シンの迷宮は、新たな階層と最強の暗殺部隊を手に入れ、また一つ、誰も到達不可能な「完全無欠の絶対領域」へと進化を遂げたのであった。

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