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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第87話:闇の鉄槌と、深緑の絶対布告

第87話:闇の鉄槌と、深緑の絶対布告

 大陸中央部に位置する、活気あふれる巨大商業都市『ザイグ』。

 しかし、表向きの華やかさとは裏腹に、その都市の地下深くには、人間の底なしの欲望が煮詰まったような「巨大な不法奴隷の収容所」が存在していた。

「ヒッヒッヒ。素晴らしい、実に素晴らしい! まさか伝説の『隠形の鬼人族』のガキどもを生け捕りにできるとは!」

 肥え太った悪徳商人バッカスは、特注の魔封石の檻に入れられ、怯えて身を寄せ合う五人の鬼人の子供たちを見て、下劣な笑い声を上げた。

「よくやったぞバッカス。こいつらは数百年も姿を消していた希少種だ。各国の王侯貴族や裏社会の好事家どもにオークションで競わせれば、国が一つ買えるほどの金になるぞ」

 隣でワイングラスを揺らしているのは、この収容所の裏スポンサーであり、都市の司法を牛耳る悪徳貴族のゴードン男爵である。

「ええ、ええ! 男爵様の後ろ盾があってこその成果にございますとも!」

 二人の悪党が醜い高笑いを上げる中、薄暗い地下牢のさらに奥には、数十個もの錆びた檻が並んでいた。

 そこには、鬼人の子供たちだけでなく、借金のカタに売られた人間の平民の子供、森で攫われたエルフの女性、獣人の少女などが、ボロ布を纏い、絶望に光を失った瞳で繋がれていた。彼らは皆、法を無視して暴力で集められた「違法奴隷」たちである。

「……なぁ、クロウ。あいつらの顔、胸糞悪りぃと思わねえか」

『キキッ。同感だぜ、ザイードの旦那。今すぐあの脂肪の塊どもをミンチにしてやりてえ』

 彼らは全く気づいていなかった。

 自分たちの頭上の暗がり——影の空間の歪みの中に、死神たちがすでに潜んでいることに。

 シンの命を受け、一足先にこの地下牢に到達していたザイードとクロウは、眼下に広がる地獄のような光景を冷徹に、しかし静かな怒りを持って見下ろしていた。

 任務の第一目標は「鬼人の子供たち五人の奪還」である。だが、ザイードの視線は、奥で絶望に沈む他の種族の奴隷たちにも向けられていた。

「おいクロウ。俺たちのマスターなら、ああいう理不尽に泣いてる弱者を見て、どうすると思う?」

『決まってんだろ。まとめて迷宮うちに連れて帰って、腹いっぱい美味い飯を食わせてやるのさ』

「違いない。……よし、掃除の時間だ!」

 ザイードが双剣を抜いた瞬間、影が弾けた。

「おい、次のオークションの目玉は——」

 ゴードン男爵が言葉を発し終えるよりも早く、天井から音もなく降下したザイードが、凄まじい旋風となって室内を駆け抜けた。

 シュババババッ!!

 血飛沫が舞う。男爵とバッカスを守っていた数十人の凄腕の傭兵たちは、武器を抜く暇すら与えられず、両手両足の筋を正確に斬り飛ばされ、一瞬にして全員が床に転がり悲鳴を上げた。

「な、なんだ貴様らァッ!? どこから入って——ヒッ!?」

 尻餅をついた男爵の喉元に、ザイードの冷たい双剣の刃がピタリと当てられた。少しでも動けば、頸動脈が両断される距離だ。

「よォ、豚野郎ども。ずいぶんと趣味の悪い商売をしてるじゃねえか」

 ザイードが獲物を狩る肉食獣の笑みを浮かべる。

「た、助けてくれ! 金ならいくらでも払う! だ、誰がてめえらを雇った! 俺はこの都市を牛耳る男爵だぞ!」

『キキキッ! 男爵ねえ。その肩書きがいつまで保つかな?』

 背後から現れた豹獣人のクロウが、片手に分厚い『革表紙の束』を放り投げながら笑った。

「なっ!? そ、それは俺の金庫の……!」

 バッカス商人が白目を剥く。それは、何重もの罠と鍵で守られていたはずの「違法奴隷の裏帳簿」と、男爵が裏で便宜を図っていたことを示す「署名入りの密書」であった。

「隠密と鍵開けなら、俺たち『深緑の無名奈落』の右に出る者はいねえよ。……さて、この真っ黒な証拠の山を、王家の監査局と大陸中のギルドにバラ撒いたら、お前ら一族はどうなると思う?」

「ひぃぃぃっ! お、おやめください! それだけは! 縛り首になってしまいますぅ!」

 物理的な死よりも恐ろしい『完膚なきまでの社会的抹殺』。

 自分たちの権力と財産が完全に消し飛ぶ未来を突きつけられ、二人の悪党は床に額を擦り付けて無様に泣き叫んだ。

「その証拠はもう、うちの諜報部隊(ミラージュの手下)が持ち出してコピーしてる頃だ。お前らの人生は今日で終わりだ。地獄の底で、自分たちが売った奴隷の絶望を味わいな」

 ザイードは双剣の峰で二人の後頭部を打ち据え、容赦なく気絶させた。

 静まり返った地下牢。

 ザイードは、傭兵の生き残りや、地下牢の隅でガタガタと震え上がっている裏社会のゴロツキたちに向かって、冷たく、しかし大陸全土に響き渡らせるような絶対的な声音で布告した。

「よく聞け、クズ共。俺たちは北の森を統べる『深緑の無名奈落』の者だ。俺たちのマスターは、てめえらのような、罪のない子供や女を金で売り飛ばす外道が大嫌いでな」

 ザイードは、気絶した男爵の顔を足で踏みつけながら続ける。

「今後、不当な奴隷狩りや違法売買を行えば……あるいは、今日の一件を知って『証拠隠滅』のために手持ちの奴隷を殺そうとすれば、俺たち暗殺部隊が闇に潜んでお前ら関係者の首を、親族の末端に至るまで根こそぎ刈り取りに行く」

「ひ、ひぃぃ……ッ!」

「命が惜しければ、お前らが抱えている不法な奴隷をすべて解放し、速やかに『北の迷宮』へ送り届けろ。……この噂を、お前らの口で裏社会の全土に広めろ。いいな?」

 ゴロツキたちは、狂ったように何度も首を縦に振り、這いつくばって逃げ出していった。

 この日を境に、大陸の裏社会において「不法奴隷の売買」は、手を出せば一族郎党が影の死神に消されるという『絶対の禁忌』として、すさまじい勢いで広まっていくことになる。

「キキッ! マスターの言う通りの脅し文句、バッチリ決まったな!」

「ああ。これで少しは、理不尽に泣く奴らが減るだろ」

 ザイードとクロウは双剣と爪で、地下牢のすべての檻の鍵を瞬く間に破壊していった。

 鬼人の子供たち五人が、そして人間の子供やエルフの女性たちが、恐る恐る檻の中から這い出してくる。

「も、もう……誰も叩かない? お腹、すいた……」

 鬼人の小さな女の子が、涙声で呟いた。

「ああ、もう大丈夫だ。誰も痛いことはしねえ」

 ザイードは血塗れの双剣を納め、しゃがみ込んで彼女の頭を優しく撫でた。

「俺たちのマスターが、お前たちを待ってる。……腹いっぱい、美味い飯を食わせてやるよ。さあ、一緒に帰ろうぜ」

 その言葉を合図にするように、彼らの足元の大地が青く輝き出した。

 迷宮から遥か遠く離れたこの場所へ、結界師セレンがルリの莫大なDPを使って展開した『超広域・絶対安全転送陣』である。

 泣きじゃくる子供たちと、希望を取り戻した女性たちを光が優しく包み込む。

 圧倒的な暴力による悪党への鉄槌と、弱き者への底知れぬ慈愛。シンの意志を完璧に代行した暗殺部隊は、救い出したすべての命と共に、誇り高く黄金の理想郷へと帰還していくのであった。

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