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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第74話(閑話):六脚の円卓と、規格外の度量

第74話(閑話):六脚の円卓と、規格外の度量

 物理的な実体を持たない、純粋な魔力によってのみ構築された亜空間の会議場。

 『悠久の賢人会』のトップである五人の古きマスターたちと、六人目の同盟者であるシンは、この日も定期的な情報共有のために円卓を囲んでいた。

『——さて。本日の議題だが、ここ数日の大陸の情勢があまりにも「静かすぎる」ことについてだ』

 上座に座る古竜の議長が、重低音の声で切り出した。

『聖王国が滅亡し、連合軍の共同管理下に入ったことは先の会議で共有した通りだが……問題はその他の勢力だ。軍を半壊させたはずの魔導帝国が、なぜか国境の警備すら放棄して完全に沈黙している。さらに、息を潜めていた「暴食の狂宴」の生き残りどもが放っていた禍々しい魔力反応が、昨日を境に大陸から【完全に消滅】した』

 古竜の言葉に、他の四人のマスターたちも険しい顔で頷いた。

『嵐の前の静けさというやつか。奴らが裏で結託でもしていなければ良いが……』と、土塊の巨人が懸念を口にする。

「ああ、その件なんだけどさ」

 円卓の空気を読まない、極めて軽いトーンの声。

 シンは腕を組んだまま、まるで「昨日の夕飯のメニュー」でも語るかのように、あっけらかんと口を開いた。

「帝国は古代兵器『機巧魔神』を掘り起こして一発逆転を狙ってて、狂宴の残党はその兵器のコアを横取りしようとしてたんだ。だから、どっちも邪魔だったから俺がまとめて片付けてきた」

『…………は?』

 五人の古き王たちの思考が、一瞬完全に停止した。

「帝国の連中が兵器に魔力を注いで、狂宴の総帥が突撃しようとした瞬間に、うちのファウストのジャミングで全部の魔力を切断してやった。で、連中がパニックになってる隙にセレンの結界でコアだけを丸ごと転送・回収して、残った連中をレオンハルトたちで残さずブチのめしたってわけだ。だからもう、狂宴の連中はこの世に一人も残ってないぞ」

 ——完全なる沈黙。

 亜空間の円卓に、言葉という概念が消え去ったかのような静寂が降りた。

『ま、待て……待ってくれ、シン殿』

 やがて、夢魔のマスターが震える手で額を押さえながら口を開いた。

『帝国が禁忌の古代兵器を掘り起こしていたという「極秘情報」を完全に把握し……さらに狂宴の強奪計画すらも事前に読み切り……その両陣営の魔力が集中する一瞬の隙を突いて、一切の被害を出さずにコアだけを奪い去った……と、そういうことか?』

「ざっくり言えばそうなるな。ミラージュの諜報網のおかげだよ。ま、おかげで死の谷の帝国軍は戦意喪失して引き上げていったし、狂宴の残党は全員俺の迷宮の地下牢で石を砕かせてる。これで大陸はしばらく平和だろ?」

『…………』

 五人のマスターたちは、顔を見合わせ、そして同時に——冷や汗を拭った。

(……恐ろしい。恐ろしすぎる……!)

 森を統べる古代エルフのマスターは、内心で激しく戦慄していた。

 武力、技術、そして他国の極秘情報を完全に筒抜けにする情報網。もし自分たちがシンの標的になっていれば、自らの迷宮で強力な魔法を練り上げている最中に、その術式を無力化され、心臓部であるダンジョンコアを音もなく奪い去られていたということだ。

 五百年の時を生きる彼らでさえ、シンの圧倒的で完璧な「蹂躙」を前にしては、赤子のようにひねり潰される未来しか見えなかった。同盟を結んでいて心底良かったと、彼らは魂の底から安堵した。

『ふ、ふははははっ! 見事! 見事としか言いようがないぞ、シン殿!』

 沈黙を破り、不死者のリッチがカラカラと顎骨を鳴らして大笑いした。

『これで、大陸の煩わしい火種はすべて消え去ったというわけだ。……ところで、シン殿よ。その古代兵器から奪い取ったという神話級のコアだが、さぞや莫大な魔力(DP)を秘めていたことだろう。貴殿はその力で、どのような恐るべき防衛兵器を作ったのだ? 十万の軍勢か? それとも新たな絶対防壁か?』

 リッチの問いに、他のマスターたちも興味津々に身を乗り出した。

 ダンジョンマスターにとって、DP(魔力)とは己の血液であり、命そのものである。それをいかに効率よく武力や防衛設備に変換するかが、マスターとしての力量を測る絶対の基準であった。神話級のコアともなれば、一国を易々と滅ぼせるほどの軍事力を生み出せるはずだ。

「ああ、コアの魔力か。あれは全部、うちのルリに使ったよ」

 シンは柔らかな笑みを浮かべ、事も無げに言った。

「全部ルリに吸収させて、その莫大なDPを使って『受肉(実体化)』の魔法をかけたんだ。おかげでルリは可愛い人間の女の子になってな。一昨日、迷宮の住人全員を集めて、ルリが自分の足で歩けるようになったお祝いの大宴会をやったんだよ」

『…………え?』

 再び、円卓が凍りついた。

 今度は「恐怖」や「驚愕」ではなく、純粋な「理解不能」による硬直であった。

『……じゅ、受肉……だと?』

 土塊の巨人が、信じられないものを見る目でシンを凝視した。

『シン殿……貴殿は、一国を滅ぼせるほどの莫大な神話級の魔力を、武力の強化ではなく、ただダンジョンコアに肉体を与え、歩かせるため【だけ】に使ったというのか!?』

「ああ。だって、俺の迷宮(国)があれだけ豊かで楽しい街になったのに、最初からずっと俺を支えてくれた相棒が、石っころのままで街を歩けないなんて不公平だろ?」

 シンは当然のことのように肩をすくめた。

「力なんてのは、必要な時に必要な分だけあればいい。身内を笑顔にできないような力なら、そんなもん持ってても意味がないからな」

 その言葉を聞いた瞬間——。

 五人の古き王たちは、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 歴代のダンジョンマスターたちは、常に他者からの侵略に怯え、1DPたりとも無駄にすまいと効率を求め、己の迷宮の武力を高めることだけに執着してきた。コアの受肉などという、莫大なDPを消費するくせに直接的な戦闘力向上には一切繋がらない「究極の無駄遣い(贅沢)」など、誰一人として考えもしなかったし、実行する度量もなかったのだ。

『……負けたな』

 古竜の議長が、深く、深く息を吐き出しながら呟いた。

『我々は五百年もの間、力を蓄えることばかりに執着し、迷宮を真の意味で「国」にすることはできなかった。……だが貴殿は、手に入れた神話の力を惜しげもなく「身内の幸福」のために使い切ってみせた』

 古竜の瞳には、かつてないほどの深い敬意が宿っていた。

『力に溺れず、身内を何よりも慈しむ。その底知れぬ度量と優しさこそが、貴殿の周りに類まれなる天才たちを惹きつけ、誰も到達できなかった「理想の国」を創り上げたのだな』

『ええ……。我々は今日、真の「王の器」というものを目の当たりにしました』

 夢魔のマスターも、うっとりとした溜息を漏らす。

 世界の裏側を支配する古き賢人たちは、シンの規格外の武力や知略以上に、その「人間としての底知れぬ器の大きさ」に完全に魅了され、白旗を上げた。

 いかなる神話の兵器よりも尊い『絆』を何より重んじる若き覇王を前に、六脚の円卓は、これまでにない温かな感嘆の空気に包まれながら幕を閉じるのであった。

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