第73話:神話の回収と、始まりの3人による祝杯
第73話:神話の回収と、始まりの3人による祝杯
「——今だッ! 全魔力を注ぎ込み、機巧魔神を再起動させろォォッ!」
「——行けェェッ! 人間どもが隙を見せたぞ! コアを奪い取れェェッ!」
猛吹雪の『死の谷』。
帝国軍の指揮官と、『暴食の狂宴』の総帥であるミノタウロスの怒号が、全く同時に雪原に響き渡った。
帝国軍の数千の魔導師が古代兵器に向けて再起動の魔力を放ち、狂宴の狂戦士たちが雪崩のように突撃を開始した、まさにその絶対的な「瞬間」——。
「ふはははは! 遅い、遅すぎるぞ時代遅れの愚か者ども! 『広域電磁・魔力撹乱』起動!!」
上空に浮遊していたファウストが、科学と魔法を融合させたジャミング術式を展開した。
カアァァァッ!! という不可視の波動が谷全域を包み込んだ瞬間、帝国軍の再起動術式は完全に霧散し、狂宴のマスターたちが繋いでいた念話(通信)もノイズに掻き消された。
「な、魔力が……練れない!? 機巧魔神への接続が切断されただと!?」
「通信が繋がらねえ! 伏兵か!?」
両陣営が突然の事態にパニックに陥り、足並みを完全に崩した。
その隙を、シンの陣営が見逃すはずがなかった。
「セレン! 今だ!」
「はい! 『無謬の聖域』、転送指定——古代兵器心臓部!」
盲目の天才結界師セレンが杖を振るうと、泥と雪に半分埋まっていた機巧魔神の胸部装甲が薄青い結界に包まれた。そして次の瞬間、内部にあった神話級の動力炉『ジェネシス・コア』だけが、周囲の空間ごとスッポリと抉り取られるように消失し、完全に回収されたのである。
「こ、コアが……! 我々の至宝が消えたァァッ!?」
「俺たちの神話級コアがァァァッ!!」
絶望に白目を剥く帝国の指揮官と、戦斧を取り落とすミノタウロスの総帥。
そこに、トドメとばかりに絶望の死神たちが舞い降りた。
「キキッ! よそ見してる場合じゃねえぜ!」
「さあ、お掃除の時間だ。塵一つ残さず綺麗にしてやるよ!」
黒豹のクロウと、双剣を構えたザイード。そして漆黒の重装甲を纏ったレオンハルト率いる『深緑の無名奈落』の強襲部隊が、手足を縛られたも同然の両陣営のど真ん中へと突撃した。
——それは、戦いというよりも「無慈悲な蹂躙」であった。
作戦開始からわずか数十分。機巧魔神のコアを完璧に強奪し、帝国軍と狂宴の残党を一人残らず制圧・捕縛したシンの精鋭部隊は、自軍に「一滴の血」も流させることなく、圧倒的な勝利を収めて死の谷を後にした。
***
数時間後。『深緑の無名奈落』第6層、マスターズ・チェンバー。
「マスター! 作戦完了です。これが神話の遺物……『ジェネシス・コア』です!」
レオンハルトが恭しく差し出したのは、脈打つように七色の光を放つ、巨大で純度の高い魔力結晶であった。
それを見た瞬間、円卓の中央に浮遊していたダンジョンコアの『ルリ』が、歓喜するようにピリピリと震えた。
「よくやった、皆。……さあルリ、遠慮せずに全部食っちまえ」
シンが促すと、ルリの放つ青い光がジェネシス・コアを包み込んだ。
『ピピ……! 神話級魔力の吸収を開始します!』
シュゴオォォォォォンッ!!
莫大なエネルギーがルリに吸い込まれていく。その瞬間、迷宮全体が温かく心地よい魔力の波動に包まれ、農地の作物はさらに実り、地下湖の水はより一層の清らかさを増した。神話の力を取り込んだことで、迷宮の地脈そのものが「神の領域」へと進化したのだ。
『マスター! 吸収完了しました! 私の処理能力と魔力保有量が、これまでの数百倍に跳ね上がりました!』
ルリの思念が、誇らしげにシンの脳内に響く。
「ああ、すごい力だ」
シンは満足げに頷くと、足元で「キュイッ!」と鳴いた白兎のテトを抱き上げ、優しく撫でた。
「……思えば、遠いところまで来たもんだな」
シンはテトの柔らかな毛並みを撫でながら、マスターズ・チェンバーの天井を見上げた。
「俺がこの世界に落ちてきて、右も左も分からなかった時……あの薄暗くて小さな洞窟には、俺と、ルリと、テト。……俺たち『3人』しかいなかった」
『マスター……』
「それが今じゃ、エルフや獣人の同盟国ができて、こんなに優秀で頼もしい幹部たちがいて、数十万の民が笑って暮らす大国家になっちまった。……全部、最初から俺を信じて力を貸してくれた、お前たちのおかげだ」
シンの言葉に、レオンハルトやガストン、ファウストたち幹部も、温かい眼差しで彼らを見守った。
「だからこそ、俺はずっと考えていたことがあるんだ。迷宮がこんなに豊かで綺麗な街になったのに、ルリだけが『コア』という石っころのままで、この街を歩けないのは不公平だろ?」
シンはそう言うと、立ち上がり、浮遊するルリの正面に立った。
「ルリ。ジェネシス・コアを吸収して莫大に膨れ上がった今のDP(魔力)と、俺の全魔力を使えば……今の俺たちなら、不可能を可能にできるはずだ」
『マスター、まさか……!』
「ああ。——『受肉』だ。俺たちの街を、お前の足で歩いてみろ!」
シンが両手をルリにかざし、蓄積された規格外のDPを一気に解放した。
カアァァァァァッ!!
マスターズ・チェンバーが、目を眩ませるほどの光に包まれる。純粋な魔力が物理的な『質量』と『細胞』を構築していく奇跡のプロセス。
やがて光が収まると——そこには、青い水晶の代わりに、一人の『少女』が立っていた。
夜空のように深い瑠璃色の髪。宝石のように透き通る青い瞳。神秘的でありながら、どこかあどけなさを残した、精霊のように美しい少女。
「……あ、れ……? 私、手がある……足が……ある?」
少女——受肉を果たしたルリは、自分の小さな両手を見つめ、パチパチと瞬きをした。
「きゅいっ!」
テトが喜んでルリの足元に飛びつくと、ルリはその温もりを『物理的な感触』として確かに感じ取り、ハッと息を呑んだ。
「ルリ」
シンが優しく微笑み、手を差し出した。
ルリは震える手でシンの手を取り——その大きくて温かい「主の体温」を初めて直接感じ取った瞬間、彼女の青い瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「マスター……! マスターぁぁぁっ!!」
ルリはシンの胸に飛び込み、子どものように声を上げて泣きじゃくった。シンは苦笑しながら、その小さな背中を力強く抱きしめた。
「おおおおおッ! ルリ殿が……ルリ殿が人間の姿に!!」
「奇跡だ……! 神話の力を兵器としてではなく、身内の受肉に使うとは! やはり我が師は最高だァァッ!」
その光景を見ていた幹部たちからも、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
***
その夜。
新第6層の都市区画は、かつてない規模の『超・大宴会』の狂騒に包まれていた。
「そぉれ! ドワーフ特製のエールだ! 砂漠の皆もたらふく飲んでくれ!」
「エルダー・トレント殿の育てた麦と野菜、最高に美味しいですわ!」
ドラン率いるドワーフたちが樽酒を次々と運び込み、砂漠から移住してきた民衆たちが歓喜の歌を歌い踊る。水精のアクアが美しい水柱のイルミネーションを作り出し、キュウビが夜空に色鮮やかな幻術の花火を打ち上げた。
レオンハルトやザイードは酒瓶を片手に肩を組み、ファウストはミラージュを捕まえて何やら熱く科学の講義をぶっている。
種族も、国境も、過去の身分も関係ない。
すべての人々が心の底から笑い合い、幸福を分かち合う、まさに完璧な「理想郷」の風景がそこにあった。
「……マスター。お肉、美味しいです。お酒、甘いです!」
特等席のテラス。人間の姿になったルリは、テトと一緒にご馳走を頬張りながら、満面の笑顔でシンに笑いかけた。
「ははっ、焦らなくてもメシは逃げないぞ。……でも、美味いか? 自分で食べるメシは」
「はいっ! 世界で一番、最高です!」
ルリの弾けるような笑顔と、眼下に広がる黄金のような都市の熱気。
それを眺めながら、シンは手にした杯を夜空の幻術花火に向けて軽く掲げた。
「……まだまだ、俺たちの国は面白くなるぞ」
たった3人で始まった暗い洞窟は、今や大陸全土を揺るがす圧倒的な力と、無数の笑顔に満ちた「世界最高の国」へと成長した。
しかし、シンの野望に底はない。新たなる肉体を得た相棒と共に、覇王はさらなる高みと未知なるワクワクを求め、止まることなく歩み続けるのであった。




