第72話:三つ巴の死谷、 shadowは嗤う
第72話:三つ巴の死谷、 shadowは嗤う
【帝国目線】:神話の遺物と、迫り来る影
大陸中西部、『死の谷』。
一年中、猛吹雪と魔力が乱気流のように吹き荒れるこの未開の渓谷は今、帝国の数万の労働力と重魔導機械によって、巨大な採掘場と化していた。
「——第1層、第2層の岩盤除去完了! これより、第3層……古代兵器の外殻(装甲)へのアプローチを開始する!」
泥と雪にまみれた発掘現場に、指揮官の怒号が響く。
彼らの目の前には、天を衝くように歪に、しかし圧倒的な威容をもって、古代の超大型大量破壊兵器『機巧魔神』の、まだ半分ほどしか掘り起こされていない「人型」がそびえ立っていた。
聖王国の滅亡に危機感を抱いた帝国上層部が、国法を破ってでも再起動を命じた禁忌の遺物。
発掘は順調に進み、あと数日、第3層を掘り進めば、この兵器の心臓部であり、神話級のコア(動力炉)である『ジェネシス・コア』へ到達できるところまで来ていた。
「……しかし、どうにも胸騒ぎがするな」
指揮官は、凍える手で片眼鏡を調整しながら、谷の周辺を睨んだ。
「昨日から、周辺の観測網が、不自然な魔力反応を何度も捉えている。それも、帝国の魔法体系とは全く違う、禍々しく、底なしの食欲を感じさせるような魔力だ。……何者かが、我々のこの『至宝』を、泥棒のように狙っている気がしてならん」
「指揮官。……谷の入り口の結界が、何者かによって『内側から』破られました」
報告に来た魔導師の言葉に、指揮官の顔が蒼白になる。
「何だと!? 内側だと!? ……ええい、構わん! 神話級コアの到達を最優先にしろ! それと同時に、残りの魔導兵を総動員して、兵器の周囲に多重結界を張れ! コアが手に入れば、帝国は再びこの大陸の覇者となるのだ! 誰にも、誰にも奪わせてはならんッ!!」
帝国は焦っていた。
彼らは自分たちの「至宝」を狙う影の正体を知らないまま、しかし確実な「脅威」の接近を感じ、残された魔力のすべてを結界の強化とコアへの到達に注ぎ込み、自らを「巨大な檻」の中に追い込みつつあった。
【暴食の狂宴目線】:漁夫の利と、強奪の時
一方、帝国の発掘現場を一望できる、谷の断崖の洞窟内。
「……チッ。帝国(人間)の連中、随分と殺気立ってやがるな。結界を何重にも張り巡らせて、まるで自分たちが『罠の中のネズミ』だということに気づいていねえ」
同士討ちで壊滅したと思われていた『暴食の狂宴』。その生き残りである総帥は、苛立たしげに巨大な戦斧を床に叩きつけた。
彼の背後には、数名の、しかしそれぞれが特化した能力を持つ生き残りのマスターたちが控えている。彼らは迷宮を捨て、自らの力と欲望を完全復活させるための「神話級のコア」を求め、この死の谷に潜伏していたのだ。
「総帥。帝国の発掘は進んでいますが、あの兵器、起動するには莫大な魔力を流し込む必要がありますわ。……おそらく、コアへ到達した瞬間、帝国軍のすべての魔導師が、兵器の再起動(洗脳)に魔力を集中させるはず」
隠密魔法に特化した女性のマスターが、水晶を眺めながら報告する。
「その『瞬間』こそが、我々の狙い目だ」
ミノタウロスの総帥が、獰猛な牙を見せてニヤリと笑った。
「帝国軍が兵器の再起動に魔力を注ぎ込み、防衛が疎かになった瞬間、俺が正面から狂戦士部隊を率いて突撃を仕掛ける! 人間どもが混乱している隙に、お前(隠密特化)が影に紛れて現場に潜入し、兵器の心臓部から『ジェネシス・コア』だけを奪い取る! コアさえ手に入れば、帝国軍も、そしてあの憎き新参者も、この俺の足元にひれ伏すことになるのだッ!!」
「「「おおおおおッ!!」」」
彼らは、帝国とシンが潰し合うことを前提とした、完璧な『漁夫の利・強奪計画』を練り上げていた。
自らの欲望を叶えるための「神話級のコア」。それを手に入れるための、唯一無二のチャンス。彼らは執念に燃える瞳で、帝国軍の魔力が最高潮に達する「その時」を、今か今かと待ち構えていた。
【シン陣営目線】:完璧な盤面と、一網打尽の策
帝国の焦りと、狂宴の執念。
二つの勢力が「死の谷」で殺気立ち、爆発寸前の緊張状態にある、まさにその「すべて」を——。
『……以上が、帝国軍の結界構築状況、ならびに「暴食の狂宴」の残党たちの、潜伏位置と強奪計画の全貌です、我が主』
『深緑の無名奈落』マスターズ・チェンバー。
灰色の外套を羽織った諜報長官・ミラージュは、鼻歌を歌うような平然とした態度で、山のような傍受記録と、死の谷の完璧な魔力マップを円卓に広げてみせた。
彼が大陸中に放った「狐」とスパイ網は、帝国の暗号通信も、狂宴の隠密魔法の周波数も、すべてを完璧に傍受・解析していた。
両陣営は、自分たちだけが知ると思っていた「極秘計画」が、シンの陣営にとっては「今日の天気を語るような顔」で共有されているとは、微塵も思っていなかっただろう。
「……ふはっ。完璧すぎるな、ミラージュ。お前の『眼』のおかげで、俺は剣を振るう前から、この戦いの結末が視えているよ」
報告を聞いたシンは、腹を抱えて大爆笑した。
「よし、幹部たちよ! 作戦は決まったな!」
シンは立ち上がり、円卓の立体マップを力強く叩いた。
「帝国は兵器の再起動に、狂宴は強奪に、それぞれの魔力を集中させる。……これ以上ない、最高のタイミングだ」
シンが悪魔のような笑みを浮かべる。
「まず、帝国がコアに到達し、魔力を注ぎ込んだ『瞬間』。ファウスト、お前の科学魔法による『ジャミング装置』で、帝国の再起動術式と、狂宴の連携(通信)を完全に切り裂く!」
「ふははは! お任せを我が師! 古代兵器の魔力回路など、私の科学の前じゃガラクタ同然ですわ!」
「連携が切れて混乱している隙に、セレン、お前の『絶対防壁』で、兵器の心臓部……ジェネシス・コアだけを、帝国と狂宴の手が届かない『次元の彼方』へ、ピンポイントに奪い、完全転送しろ!」
「……はい。マスターの望むものなら、何があっても、必ず私の結界で守り抜いてご覧に入れます」
「コアを失って発狂するであろう狂宴の総帥と、帝国の生き残りの軍勢は、レオンハルト、ザイード、ザイード、お前たちの強襲部隊で挟撃し、一人残らずこの盤上(大陸)から排除しろ!」
「「「御意!!」」」
「帝国が掘り起こした神話級のコアは俺たちが頂き、帝国と狂宴の残党はまとめてブチのめす。……これで、大陸の煩わしい火種はすべて消える」
シンは絶対的な支配力と、誰も抗うことのできない覇王の笑みを浮かべ、円卓の「死の谷」のマーカーを、チェスの駒を指で弾くように、力強く弾き飛ばした。
「教えてやろうぜ。時代遅れのガラクタや過去の栄光にすがる愚か者たちに、俺たち『深緑の無名奈落』の本当の恐ろしさをな!」
シンの完璧な一網打尽の作戦が、またたく間に組み上げられていく。
帝国の焦りも、狂宴の執念も、そして神話級のコアさえも、すべてはシンの掌の上で転がされる「盤上の駒」に過ぎなかった。
灼熱の「死の谷」へと向けて、迷宮の精鋭たちは、世界を根底からひっくり返すための究極の狩りへと、意気揚々と足を踏み出すのであった。




