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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第67話:贅沢な空箱と、砂漠の難民

第67話:贅沢な空箱と、砂漠の難民

 あれから数ヶ月の時が流れた。

 『異端の魔導学者ファウスト』をはじめとする各分野の天才たちを迎え入れた『深緑の無名奈落』新第6層・都市区画は、シンの想定すらも軽く飛び越える「異常なスピード」で劇的な進化を遂げていた。

 大通りには、ドラン率いるドワーフたちが敷き詰めた美しい石畳が広がり、等間隔に設置されたファウスト考案の『魔導街灯(光魔法と科学の蓄電池を組み合わせた半永久照明)』が、地下世界を昼間のように明るく照らし出している。

 エルダー・トレントが管理する広大な農地では、自動で水を撒く魔導スプリンクラーが稼働し、黄金色の麦が地平線の彼方まで波打っていた。上空には結界師セレンの『無謬の聖域』が広がり、天候すらも完璧に制御されている。

 それはまさに、地上世界のどの王都よりも美しく、豊かで、高度なインフラを備えた「未来の理想郷ユートピア」であった。

 ——だが、その完璧すぎる都市の風景には、たった一つだけ『致命的な問題』が存在していた。

「……人が、いない」

 高台のテラスから眼下の都市を見下ろし、シンはポツリと呟いた。

 そう。道は広く綺麗で、家屋は無数に立ち並んでいるのに、そこを行き交う人影が圧倒的に「まばら」なのだ。まるで巨大な映画のセットに迷い込んだかのように、都市全体がガランと静まり返っているのである。

「ええ……。おっしゃる通りです、マスター」

 隣に立つ内務卿のガストンが、胃のあたりを押さえながら深い溜息をついた。

「天才たちの手によって、この都市区画のインフラと居住スペースは、すでに『十万人以上』を余裕で収容できる規模にまで拡張されました。しかし、現在の我が国の人口は、魔物や獣人たちをすべて合わせても五千人に満たない。……完全なオーバースペック、いわゆる『贅沢な空箱』状態です」

 箱ばかりが大きくなり、中身が圧倒的に足りない。

 農地では作物が実りすぎているのに収穫する手が足りず、ドワーフたちが日用品を大量生産しても使う人間がいないのだ。

「作れば勝手に来るってもんじゃないからな……。よし、緊急会議を開こう」

 ***

 数十分後、マスターズ・チェンバー。

 円卓を囲む幹部たちを前に、シンは「圧倒的住民不足」という贅沢な悩みを議題に上げた。

「というわけで、これからの我が国に必要なのは『労働力』であり、この広大な都市を埋めてくれる『大量の住民』だ。これまでは有能な個人をピンポイントでスカウトしてきたが、ここからは方針を変える。……数千、数万規模の『大移民』を丸ごと受け入れるぞ」

 シンの大胆な提案に、幹部たちは「おおっ」とどよめいた。

「大移民ですか。確かに、それなら一気に都市が活気づきますね」

 レオンハルトが頷く。

「しかしマスター、どこからそれだけの人間を連れてくるのです?」ガストンが懸念を口にする。「現在、帝国は軍の半壊で戒厳令が敷かれ、聖王国も暴動の鎮圧で国境を完全に封鎖しています。あそこから数万単位の人間を強引に引き抜けば、さすがに泥沼の全面戦争に発展しかねません」

「ああ、分かってる。だからこそ、今回は今まで俺たちが干渉してこなかった『別の国』にターゲットを絞りたい」

 シンは円卓の奥で静かに控えていた、灰色の外套の人物に視線を向けた。

「ミラージュ。お前の情報網で、今この大陸で『国を捨ててでも移住したい』と切実に願っているような、まとまった数の民衆がいる国はないか?」

 水を向けられた諜報長官ミラージュは、待っていましたとばかりに音もなく立ち上がり、円卓の中央に大陸全土の立体マップを投影した。

「……ご期待に沿える情報が、一つございます」

 ミラージュが指し示したのは、シンの森からずっと南東に位置する、広大な砂漠地帯であった。

「はるか南東、『砂漠の商業国カディス』。国土の九割が砂に覆われ、点在するオアシスを繋いで交易を行う部族国家群です。……現在、この国は極度の魔力枯渇による異常気象に見舞われ、国内のオアシスのほとんどが完全に干上がってしまいました」

「水が枯れただと……? 砂漠の国でそれは致命的だな」

 ザイードが顔をしかめる。

「はい。当然、民衆は飢えと渇きに苦しんでいます。しかし、この国の王族と一部の大商人は、唯一枯れずに残っている『王都の大オアシス』を武力で独占し、水を盾にして民衆から法外な重税を搾り取っているのです」

 ミラージュは淡々とした口調で、しかし残酷な事実を紡いでいく。

「王都に入れない数十万の民衆は、砂漠のオアシス跡地にスラムを形成し、毎日何百人もの餓死者と渇水による死者を出しています。……彼らの中には、農耕の知識を持つ者や、砂漠の過酷な環境を生き抜く強靭な肉体を持つ部族も多数含まれています。彼らに『水』と『安全な土地』を提示できれば、数万規模の移民など容易く引き入れることができるでしょう」

 その報告を聞いた瞬間、円卓の空気がガラリと変わった。

 水不足に苦しみ、王族に搾取される数十万の難民。

「……水、ね」

 シンは、隣の席で静かに話を聞いていた水精の歌姫アクアに視線を向け、ニヤリと悪党のような笑みを浮かべた。

「アクア。うちの地下湖の水は、あと何十万人分くらい余裕がある?」

「ふふっ。マスターったら愚問ですわ」

 アクアは優雅に微笑み、胸を張った。

「我がウンディーネ一族と、マスターのDPによる浄化システムを舐めないでくださいな。何十万どころか、百万人増えようと、迷宮中の民が毎日お風呂で泳ごうと、一滴たりとも枯れさせることはありませんわ」

「聞いたな、お前ら」

 シンはバンッと円卓を叩き、立ち上がった。

「次のターゲットは南東の砂漠国カディスだ! 水に飢えた民衆たちを、この『水と食料が死ぬほど余ってる空箱ユートピア』へごっそり招待してやろうぜ!」

「「「おおおおおッ!!」」」

 幹部たちから、熱狂的な歓声が上がる。

 強欲な王族が支配する砂漠の国から、労働力となる民衆を根こそぎ奪い去る前代未聞の「国家規模の救出作戦」。

 持て余すほどの豊かさを手に入れたシンの迷宮は、いよいよ数万の命を丸ごと飲み込むべく、灼熱の砂漠へとその巨大な手を伸ばそうとしていた。

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